見出し画像

Short Story:ごくうが行く:夕焼けに染まる父娘

ごくうの散歩コースは2通りのある。一つは団地から出て坂を下がっていくコース。一つは坂を登っていくコース。これらの散歩コースに、時にバリエーションをつけて散歩する。さらに、今まで行ったことがないコースを選び、思わぬ方向に向かうことがある。

だんだん空気が澄んでいく頃、ごくうはいつものように散歩に出かける。軽やかな足取りだ。散歩はごくうのペースに合わせて進む。坂を下がっていくコースを選んでいた。ごくうはお決まりのコースを軽やかに進む。もう秋といってもよい。地面が熱くないので、帰りも歩いて帰るだろう。

このまま行けば、お大師堂コース。お大師堂を過ぎると、橋を渡って左に迂回する。はず。(あれっ・・・)まっすぐに行く。始めてのコース。確かにごくうは年に1,2度思わぬ方向にコースを切る。ペースが幾分か速い。(ど、どうしたごくう)

ごくうが枯れかかったススキの間を摺り抜けて丘に出た。意外にも前の景色が西に広がっている。初めて見る景色だ。夕焼けが次第に赤みを帯びている。やや下り気味の坂をごくうが歩いて行く。(ごくう、何を急いでいる)

ごくうが尾を振りだした。ごくうの尾はベビーコーンのように短い。でも、尾は揺れる。前に父娘が並んで座っている。夕日を楽しんでいるようだ。ごくうに気がついて、娘が振り返る。

「あら、小さいワンちゃん。マールと同じくらい。」

ごくうは可愛がってくれる人を見極めるのが得意だ。娘はごくうを撫でに来た。父親も振り返り、娘と並んでごくうを撫でる。

「何歳ですか」

「8歳です」

「マールと同じくらい」

ごくうは身体をくねらせて応ずる。ひとしきり親子はごくうを撫でると、促す。

「さあ、お父さんと散歩にお行き」

用が終われば、ごくうはあっさりと踵を返す。さっさとコースに戻ろうとする。振り返れば、夕焼けの中に父と娘は佇んでいる。二言、三言、言葉を交わしているようだ。父親が赤く夕なずむ空を指さす。飛行機雲が夕焼けに向かって1本白い筋を伸ばしている。

親娘は立ち上がり、家路に向かい始めた。夕焼けを振り返った後、父親がポケットからあめ玉を取り出した。いつも持ち歩いているようだ。父親は娘にあめ玉を渡す。いつものように、娘はあめ玉を待っていたかのように包装を解き、あめ玉を口に運ぶ。いつもの懐かしい風味が口中(こうちゅう)に広がる。

「あれ、おとうさん、飛行雲」

飛行機雲が東北東に向かって飛んでいる。

「あれは東京便だな」

「ふーーん」

娘は頷く。

「あのワンちゃん、お家に帰ったかね」

「抱っこされとったり」

父娘は微笑み笑いを残して家路を辿る。夕焼けが二人の背中を赤く染めている。

ごくうは家に帰れば、四肢を洗い、お口を漱ぎ洗いし、身体を濡れタオルで拭いて、居間にもうダッシュ。ガムが飛んでくる。ガムが跳ね、ごくうが獲物を捕らえるように素早く前足で掴み、口に千切りながら運ぶ。

食事の後、ごくうはサマーベッドで休憩。「クフクフ・・・」と寝言を言っている。父娘の夢を見ているのだろうか。

Fin