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海砂糖が微笑む
昔、昔、さらに昔、海では元素が結合し、物質が作り出されていました。作り出された物質は結晶となって塊になるものがありました。塊は次第に大きくなり、さらに大きくなっていきます。最初は粒のように小さかったのですが、リンゴくらいの大きさになっていきました。
地殻が動く度に、潮流が動きに合わせるかのように、その塊はさらに大きくなり、大きな岩礁の縁で重くなっていきました。もう大玉スイカ程の大きさになっていました。
ある日、地殻が今までになく大きく動きました。岩礁は揺れ、縁に付いていた塊は岩礁から離れてしまいました。岩礁から離れる時、塊の一部が別の塊となって、波に揺られ、長い時間を掛け、潮流に流されていきました。
小玉スイカよりも幾分小さい塊は波打ち際に押し上げられます。そこに通りがかった男がいました。麦を育てることが出来て、やっと麦粉を作り、焼くことを覚えた頃です。
その男は波打ち際で見つけた「白い塊」を大事そうに見つめ、首をかしげます。悪いものではなさそうだ、男の直感で住処に持って帰ることにしました。
村長(むらおさ)が白い塊を見て呟きます。
「塩に似ているな」
岩塩は近くで見つかっていました。
「神棚に」
皆は不思議がり、かわりばんこにやってきては見ていきます。中に悪ガキがいました。挑戦心のある子でした。「白い塊」を手で強く撫で、口に運びました。
「しょっぱ---」
悪ガキは思わず言葉を漏らします。でも、すぐに表情が変わります。
「ウン・・・」
仄かに甘みを感じていたのです。塩化ナトリウム以外にキシリトールに似た成分が付着していたのです。
数人が次々と舐めに掛かります。
「本当だ」「ちょっと甘みがする」
植物の甘みは知っていましたが、まだ砂糖はないときです。
子供達は誰となく、「海砂糖」と呟くように囃し立て始めました。
村長(むらおさ)がひらめきます。「そうだ、小麦粉に混ぜてみたら」
小麦粉をようやく焼くことを覚えた頃でした。
「白い塊」を持ち帰った男には妻がいました。サチといいます。
サチには料理する経験はありました。でも、小麦を焼くのはやったことはありません。しかし、サチも工夫することが好きでした。小麦を臼で挽いて小麦粉を作り、海砂糖を削って叩き、粉々にして、小麦粉に混ぜました。水で溶いて混ぜ合わせます。
皆は焼き上がるのを待っています。いくつかに焼き上がった平たいパンを切って皆に手渡るようにします。皆は一斉に口に運びます。今までにない味です。しっかりと食べた人の口に味を届けていたのです。皆の顔は笑顔にほころびます。
後に、菓子と呼ばれるようになるには道のりがありました。
岩礁の側に落ちた白い大きな塊は長い時間を掛けて削られていきました。イオンとなり世界の海際に到達します。
家族5人が波打ち際に遊びに来ています。子供3人は白く輝く波打ち際を素足で楽しんでいます。両親は子供達の遊ぶ姿を見て互いに笑顔を合わせます。
やがて、海は満潮に向かい、夕刻には茜色に染まりながら凪いでいきます。波打ち際がさらに静まり、月が、満潮を迎えて穏やかな海面を照らし、輝いています。
どこかに結婚30周年をむかえて月に祈る男がいるかもしれません。