夕闇に 月見丼 出て見せる
母が夕方遅く掃除を始めた。
ゲームをしていた小寿郎は追い出されてしまった。小寿郎は手持ちぶたさに駅前の信号で振り返った。駅には黄茶色の電灯が灯っていた。昔、絵本で見たような駅だった。
駅に引きつられるように向かって行った。入り口には閉ざすものがない。誘われるようにホームに出た。滑り込むように蒸気列車が入ってきた。小寿郎は目の前に止まった車両に乗り込んだ。
ほどなく蒸気列車は駅に止まった。古い駅舎だった。出口には閉ざすものがない。駅を降りたつと、古いシュロが数本植え込みに植えられている。その間を通って駅前の食堂に入った。
食卓テーブルは黒っぽい。客が2人。それぞれに丼を食べている。テーブルに座ると、丼が出てきた。白い被り物を被っている。エプロンも白いが、少しシミで汚れている。
テーブルに置かれた丼には蓋がされていない。白いご飯に月見のような卵が浮いている。小寿郎は箸をとり、何気なしに月見卵を浮かしてみた。卵の下に黒茶色に味付けされた肉がこんもり。
小寿郎は思い直し、箸で月見を割ってみた。半熟の黄身が垂れて肉に馴染んでいく。小寿郎は潰れた黄身が肉に馴染んでいくところを箸で持ち上げ、口に運ぶ。甘辛い、なんぞこの味。何か昔を思い出す。
客が1人出て行った。(なんだ・・・あの表情)心ほどけて、情に満ち、穏やかな意欲が満ちている。次に出て行った客も、心ほどけて、情に満ち、穏やかな意欲が満ちている。
小寿郎は嘗めるように月見丼を食べ終えた。給仕婦が白いエプロンなびかせて、小寿郎の表情を見届ける。小寿郎にも、心ほどけて、情に満ち、穏やかな意欲が満ちている。
*
小寿郎は、大きくなったある満月の夜、あの日食べた月見丼を思い出した。それ以来、小寿郎は、折に触れ、月に祈りだした。月に祈った後は、小寿郎の心はほどけて、情に満ち、穏やかな意欲が満ちている。
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ごくう風「月見丼」※栄養は偏る。
・白ご飯を丼に用意しておく。
・こま切れ肉120~150グラム位、塩コショウしてまんべんなく焼く。
・肉の赤みが消える頃、砂糖+醤油+日本酒+ミリンで甘辛く味付け、炒める。卵を割って、肉にかぶせる。蓋をしてしばらく、卵は半熟ちょい過ぎ。中が見える蓋が良い。「なんとかお玉」ですくって白ご飯の上に。