◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店8「作っても作ってもカレー(前編)」
おばあちゃん「もーだめ! 勘弁してちょうだい!」
このは「おばあちゃん、どうしたの!?」
おばあちゃん「作っても作っても、作っても作ってもカレー……作っても作ってもカレー……」
このは「おばあちゃん!?」
おばあちゃん「こんなことがしたくてお店を始めたんじゃないのあたしは!」
このは「おばあちゃん、落ち着いてぇーー!」
はなび「なに、なんの騒ぎ」
はなびが居住スペースから顔を出す。
営業を終えた店内に、絶望の眼差しで天を仰ぐおばあちゃんの姿。
はなび「どったの、これ……?」
おばあちゃん「カレーが……」
はなび「カレーが?」
おばあちゃん「売り切れて……しまったの」
はなび「やったじゃん」
おばあちゃん「うわああああああああああん!!」
このは「バカ! はなび! なんてこと言うの! バカ!」
はなび「どゆことどゆこと、えっちょっ、オレが悪いの!?」
このは「わからないなら教えてあげる! おばあちゃんはね。これから、カレーの仕込みをしなきゃなんないのよ!」
はなび「な、なんだってーーーっ!」
三人の表情が絶望に染まる。
口と目を見開いたまま、このはとはなびは顔を見合わせた。
はなび「えらいこっちゃ!」
このは「えらいこっちゃだよ!」
はなび「夕飯どうすんの!?」
このは「……ウーバーイーツ」
はなび「あっ、うっ、うん……それはそれで」
おばあちゃん「あたしはどうしたらいいのよおおおおーーーっ!」
このは「おばあちゃーーーーん!」
はなび「うわあああああああん!」
さなえ「なにこれ、地獄絵図……」
いつの間にか店内に来ていたさなえ。
口もとを手で覆い、怪訝な表情で様子を見ている。
このは「さなえ、違うの! これは違うの!」
さなえ「ひっ、ちょっ! なに、こわいっ!」
はなび「お前にオレらの気持ちがわかんのかよぉーっ!」
さなえ「全員ムッキーしてるよ! やばい、ムッキーしてる!」
このは「ちょっ! ちょっ! ちょ、落ち着こう! 現実を見よう! みんな、死にゃしないよ! 大丈夫だよ!」
はなび「命どぅ宝(ぬちどぅたから)っ! 命どぅ宝っ!」
さなえ「なにそれ聞いたことある! なにそれ、なんだっけ!」
おばあちゃん「はぁー! はぁー!」
このは「お、落ち着いた……」
おばあちゃん「おばあちゃん、いつかこういう風に死ぬと思うの。その時はごめんね」
このは「おばあちゃーーーん!!」
はなび「うわああああああん!!」
さなえ「まだだった! 落ち着いて! 大丈夫! ヌチドゥタカラ!」
三人「命どぅ宝、命どぅ宝、命どぅ宝……」
さなえ「こわいこわいこわいこわい……!」
おばあちゃん「はぁー、はぁー……。カレーの話をしましょう」
おばあちゃんは呼吸を整えながら、カウンターの中にある椅子に腰を下ろした。
こどもたちは不安そうにその様子を見ている。
おばあちゃん「今から話すことは、誰にも言ってはいけません。
ここにいるみんなの秘密です……いいですね?」
こくんと頷くこどもたち。
おばあちゃん「まず最初に、その他の食材を切ります」
さなえ「いきなり謎が深まったんですけど」
このは「さなえ、今大事な話してるから」
はなび「聞く気がないなら帰っていいぞ」
おばあちゃん「その他と言うのは、たまねぎ以外の食材という意味です。
にんじん、にんにく、レーズン、あとは企業秘密」
はなび「へー、レーズンなんか入ってたんだ」
おばあちゃん「去年から入れるようになったのよ。テレビでやってたの」
さなえ「料理番組とか参考にしてるんですね」
おばあちゃん「違うわよ。なんか、マンガで見たの」
このは「おばあちゃんはアニメのことをマンガと言います」
おばあちゃん「なんだったかしら、えーっと……」
はなび「食戟のソーマ?」
おばあちゃん「ちがう」
はなび「幸腹グラフィティ?」
おばあちゃん「ちがう」
はなび「異世界食堂?」
このは「はなび、ちょっと黙ってて」
さなえ「アニオタってすぐムッキーするんだよね」
はなび「はぁあーーっ!? 何言ってんのーーっ!? 今してなかっただろーーっ!」
このは「ムッキーするなら出てってください」
おばあちゃん「思い出せない……。バラバラの悪戯、みたいな、そういうタイトルだったわ」
はなび「甘々と稲妻?」
おばあちゃん「それ!」
このは「はなびお前、すごいけどきめぇな」
おばあちゃん「そのマンガでカレーにレーズンを入れてたんだけど、あっ、レーズン! そういう発想があったのねって思ったの。
うちのカレーは、コクを重視してるから。
コクっていうのは、なんていうのかしら……。
人間の舌って、味を感じる順番があるのね。
まず甘みを感じ、旨み、塩(えん)み、酸み、苦み、最後に辛み。
色んな味を順ぐりに感じさせて複雑な味を作る、それをコクと言います。
このコクをバランスよく整えることが、うちのカレーには大切だと考えてるの」
おばあちゃんは、帳簿や書類の入ってる棚からノートを持ってきた。
ぱらぱらとめくってカレーの項目を開いて見せる。
そこには六角形のグラフが書かれていた。
おばあちゃん「これが、レーズンを入れる前のうちのカレー。
基本的には上側の甘・旨・塩がおいしい味。
下側の苦・辛・酸は刺激的な味。
なぜかわからないけど、舌は上の『おいしさ』を早めに感じ、下の『刺激』はやや遅めに感じる傾向があるみたいです。
あと、刺激は強すぎると本能的に『食べちゃいけないものだ』って判断しちゃうの。
大人なら割と大丈夫なんだけど、こどもは刺激に慣れてないから余計にびっくりしちゃう。そういうのをこども舌って言うわね。
かといって、上側を強くすればいいってものでもない。
例えばこんなのだと『味が濃い!』っていう方のマズさになっちゃう」
はなび「ちょっと念能力っぽい感じするな」
おばあちゃん「上側を3~4程度ずつ確保しつつ、下側でアクセントをつけていく。
これがおばあちゃんの目指してる至高のカレー。
人間の舌っていうのは飽きっぽくて、すぐに味に慣れちゃうのね。
食べ物を飲み込んだ後もまだ口の中に味は残ってるんだけど、それにすらなかなか気が付かないくらい。
その状態で同じものを食べると、最初よりもその食べ物に対する味覚が鈍ってしまうの。
だから、大抵の食べ物は一口目が一番おいしい」
このは「あ、福神漬」
おばあちゃん「そう。カレーには福神漬を添えてるわね。
カレーの合間に食べることによって、味覚をリセットする効果があるの。
カレーじゃなくても、ごはん、おかず、お味噌汁を交互に食べたり、箸休めにたくわんをつまんだり。それは、味覚をリセットし、できるだけ味を新鮮に感じるための工夫。
そして、ここからが本題」
さなえ「ここから!?」
はなび「前置きで既にお腹いっぱいなんだが」
おばあちゃん「ちょっとお茶を入れましょう」
おばあちゃんはカウンターの内側に入り、水差しからやかんに水を注ぐ。
換気扇をつけてコンロに火をつけ、お湯を沸かしながらお茶の準備を始めた。
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