もぐらと魔法の穴~第1話 緊張の糸が途切れた瞬間~
朝の通勤ラッシュ
「今日もまた、これか…」 30歳の銀行員、篠崎美沙(しのざき みさ)は、満員電車の中で押しつぶされながら小さくため息をついた。右手にはスマホ、左手にはテイクアウトのコーヒー。スマホ画面には、昨夜遅くまで対応した顧客からのメッセージが並んでいる。
「篠崎さん、昨日の書類、まだ確認してもらえますか?」 「明日の会議、資料準備できてる?」
「朝からこれじゃ、頭が休まる暇なんてないよ…」 美沙は無理やり画面を閉じ、イヤホンを耳に突っ込む。リラックス音楽のプレイリストを再生したものの、雑音混じりの電車のアナウンスが音楽に勝っていた。
職場でのプレッシャー
「篠崎さん、ちょっといい?」 職場に到着して間もなく、上司の藤井が声をかけてきた。
「あ、はい、何でしょう?」
「今月の融資目標、あと500万円だよね。顧客リストを再チェックして、可能性があるところにアプローチしてくれる?」
「わかりました。」
無機質な返答をしながら、美沙は心の中で叫んでいた。
「もう十分やってるのに…これ以上どうしろっていうの!」
デスクに戻り、冷えたコーヒーを一口飲む。疲れた表情を画面に映しながら、顧客リストを再び開いた。
「また同じ顔ぶれ…新規の案件なんて、そう簡単に見つからないんだから。」
同僚とのランチタイム
「ねぇ、美沙。最近ストレス溜まってない?」 隣のデスクに座る同期の沙織が声をかけてきた。ランチに誘われ、近くのカフェに向かう。
「まぁ、溜まってるよね。でも、みんな同じじゃない?」
「いやいや、美沙は頑張りすぎだよ。昨日も遅くまで残業してたでしょ?」
「仕方ないよ。誰かがやらないと回らないし。」
沙織は困ったように眉を寄せながら、美沙の顔をじっと見た。
「そういうとこだよ。ちゃんと休まないと、そのうち倒れるよ。」
美沙は苦笑しながらフォークでサラダをつついた。
「倒れたら、その時考えるよ。」
帰宅後の孤独
家に帰った美沙を迎えるのは、静まり返った1Kの部屋。
「疲れた…」
ジャケットを脱ぎ捨て、ソファに倒れ込む。スマホを手に取り、SNSをぼんやりと眺め始める。誰かが投稿した豪華なディナー写真や旅行の風景が次々と流れてくる。
「羨ましいなぁ…」
コンビニで買ったお菓子の袋を開け、無意識に手を伸ばす。塩味のスナックが口の中でパリッと音を立てる。
「こんな生活、何が楽しいんだろう…」
ため息をつきながら、美沙は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「せめて、これくらいは…」
テレビをつけ、バラエティ番組を眺めながらビールを流し込む。次第に瞼が重くなり、ソファでそのまま眠りに落ちた。
緊張の糸が切れた瞬間
翌朝、目覚ましの音で目を覚ました美沙は、昨日の疲れが全く取れていないことに気付いた。
「やばい、また遅刻しそう!」
急いで準備をして家を飛び出すが、駅のホームで足を止めた。頭痛がして、目の前がぼんやりとする。
「もう限界…」
その瞬間、緊張の糸がプツリと切れた。電車に乗る気力も起きず、その場にしゃがみ込んでしまう。
「これ以上、何を頑張ればいいの?」
ふと、視界の端に小さな穴が見えた。駅の端にぽっかりと開いたその穴から、小さなもぐらが顔を出していた。
「なんでこんなところに…?」
もぐらはじっと美沙を見つめると、すぐに穴の中へ引っ込んでしまった。
「追いかけてみようかな…」
美沙は吸い寄せられるようにその穴に近づき、もぐらの後を追って足を踏み入れた。
第2話