とあるドキュメンタリー映画について

The Coveという映画がある。日本の和歌山県太地町におけるイルカ漁に関する自称ドキュメンタリー映画で、2009年にアメリカで発表され翌年にはアカデミー賞を受賞した。稚拙な正義感で闇を暴こうとするYouTuberみたいな動画の上位互換を楽しみたい方にオススメの一作である。お忙しい方はグーグル先生に評判を聞いてみるといいだろう。インテリを称する道化たちが批評と呼ぶことは愚かジョークと呼ぶことすらも憚られる文字の羅列を恥ずかしげもなく広大なネットの海にばら撒いている。抱腹絶倒必至である。しかし実際に視聴したところ、The Coveがある種の「感動」をもたらしたことも確かであった。ゆえに、ドキュメンタリーを冠するにはあまりにもナイーブな仕上がりであるにも関わらずその「映画的」クオリティによって多くの非専門家をイルカ保護運動に駆り立てたのも合点がいく。

太地町をまるでサンドバッグかのように叩いたThe Cove公開から6年後の2015年、その一方的批判に対抗すべく制作されたドキュメンタリー映画がBehind The Coveである。イルカ保護運動という名の下に諸外国からわざわざ集まった人々が度々映されるが、その数は小さな漁村で撮影されたとは思えないほど多く、The Coveの影響力が窺える。彼らのほとんどは、少なくともこのドキュメンタリーにおいては、インスタ映えしそうな写真の撮影で忙しい日々を送ったようだ。わざわざ極東の島国までやってきてよくわからない自撮りに時間を費やす様は消費社会の奇妙な変化を予見していた知識人たちですら流石に二度見するレベルである。Behind The Coveはドキュメンタリー的な視点においてThe Coveよりも優れていると思うが、映画的クオリティという点では圧倒的に劣ると言わざるを得ない。冒頭の数秒を見た瞬間はなにかの間違いではないかと思い、ディスクに傷がついていて正しく再生されていないのではないかと血眼になって確認しまくったほどだ。予算や制作体制を考慮すればそこまで攻めることはできないのだが、アカデミー賞という圧倒的ネームバリューによってその影響力を強靭にする自称ドキュメンタリーへのカウンターパンチを放つつもりだったのであれば作り方を工夫すべきだったと思う。映画らしさで勝負できないのは作る前からわかっていたはずだ。

それぞれの映画について詳細に述べたい気持ちは山々だが、これら2つの「ドキュメンタリー」に共通する点をひとつだけ書いておく。言語についてである。The Coveではとても流暢とは言えないどころかギリギリ伝わっている可能性が微粒子レベルで存在するかもしれない程度の英語力で日本人がインタビューに答えているが、そのぎこちなさとぶっきらぼうで断定的な表現は「この日本人にはやましさがある・なにかを隠そうとしている・排他的な野蛮人が議論の余地を与えないように威嚇している」という演出に一役買ってしまっているのではないだろうか。と、英語が堪能ではないなりに僕は考えた。Behind The Coveでも撮影者が英語でインタビューしたりしているが、こちらも戦略的に失敗している印象を受ける。The Coveで貶められたから貶めてやろうという態度が垣間見える質問が多いだけでなく、対話によって建設的な議論を築こうという意志が感じられなかった。そしてその原因は問いを立てる能力が著しく低いというよりは英語力が低いことに起因するのではないかと僕は思った。残念ながら前者もその原因を幾ばくか担っているのかもしれないが。

偉そうなことを書いてしまったが、Behind The Coveは稚拙さが目立つとはいえ有意義な取り組みの一つであったと僕は思う。それに対してThe Coveの方は問題提起こそ素晴らしいがその取り組み方に対しては毛ほども評価できないので白痴と書いてバカと読むシールを大学図書館にあったDVDにひっそりと貼っておきたいお気持ちである。

しかしまあこれらの映画を見たことは個人的にとても有意義だった。画像検索とかすると太地町は普通に穏やかで自然が綺麗な場所っぽいので今度行ってみようかな。自撮り棒を片手に。

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