毒液の前兆 -portent of venom -
随分長く殺しを専門にやってきたが、その日は唐突に訪れた。
大口のクライアントとして長年付き合いのあった男が何者かに薬殺されたのだ。
請負人の誰もが自分に足がつくことを恐れた。
それだけ多くの殺し屋を雇い、大勢を殺させてきた男だった。
現場は混沌としていたが、誰かがもたらした情報に不可解なモノが混じっていた。
〈男の死体の傍には無垢な卵が一つ添えられていた〉
§
「高度に進化した寄生者は寄主を殺さない」
「どうした。こんなときに家庭の悩みか。喩えとしては最悪の部類に入るが?」
「いや、そうじゃないんだ」
おれは相棒として組むことも多い同業者を掴まえ、穴蔵と呼ばれるバーに入り浸っていた。
「笑うなよ。これは例え話だが、或る種の蜂には巨大な蜘蛛に麻酔を注入し、殺さず麻痺した状態で巣まで運ぶのがいるそうだ。そして蜘蛛に卵をたった一つ産みつける。それで万事上手くいく。幼虫が育ち切るまで新鮮な餌を与えられるって寸法さ」
「飼い殺し型 捕食者ってわけだ。で、何が言いたい」
「おれたちを使って私腹を肥やしてきた奴がやられた。おれたちはその……麻酔として使われたんじゃないか、最近そう考えている」
「そんなわけな」
おれに肩を竦めてみせた男の頭が、爆ぜた。
生温かい血と脳漿をまともに浴び、おれは危うく反吐を戻しかけた。
「今動いたら、君も同じように自爆してこの部屋のシミになるよ。いいね」
おれはやっとのことで頷いた。
ゆっくりと振り返った先には幽けき美貌の女が座っていた。
甘い薫香。
「あなた方には既に毒薬を仕込んである。少しでも変な動きをすれば群れにとって障害になるとみなし自壊するよう組み立てた特効薬だ」
「おまえ、は、一体……」
女の薄い唇が禍々しく弧を描く。
その笑みは十分に毒気を孕んでいた。
「私はお腹に子どもを宿していてね。とても大きな、この国を食い潰すような危険で愛い子。でも、子育てには父親が必要だと気がついた」
【続く】