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シェイクスピア参上にて候第九章(ニ)


第九章 アメリカの混迷と未来

(二)五代佐吉さんの活躍は続く

 

五代さんが執り行ったデビッド・ヒルとダニエル・バレットとの会談で分かる通り、「中国」という十四億の人口を抱える国家の動向に神経を尖らせ始めた米国ですが、特に、中国の軍事的動向を厳しくチェックする体制を強化して、中国の軍事暴発を断じて許すことがあってはならないという姿勢をアメリカが取っていることは疑う余地がありません。

とりわけ、台湾を巡る中国とアメリカの軍事衝突が近いうちに起こるかもしれないという想定を米中両国はお互いに十分に計算に入れた上で国策を進めていると見られます。

五代さんが選んだ三人目と四人目の会見相手は、ピーター・ルイスとザカライア・コールドウェルです。

ピーターは国防総省で働いています。「アメリカミサイル防衛局」という部署ですから、これは大きな対談相手です。

ザカライア・コールドウェルはトラクルで働いていますが、本社のあるサンフランシスコから、わざわざ懐かしい親友の五代さんに会うため、ニューヨークにやってきてくれたのです。

ニューヨークでの重要なビジネスを取り結ぶために、有名な企業のCEOとの契約業務があったため、折よく、五代さんとの会見を快諾してくれたのです。

ピーターとザカライアは学生時代からとても仲が良かったので、三人で会ってはどうかという五代さんの提案に二人とも乗ってくれましたので、マンハッタンのウェストチェスター郡にある宿泊先の李龍彬会長宅まで来てもらいました。そこでゆっくりと話し合うことにしました。

「ピーター、そして、ザカライア、よく来てくれたね。二人とも、今、最も忙しいところで働いていると言ってもいいのではないかね。」

「ゴダイ、国防省がどういうところか分かっているよね。ぼくは君の顔を見るために来たのであって、今日は何もしゃべらないことにしたよ。ザカライアと大いに話し合ってくれ。今日のぼくは完全な聞き役だ。」

「おいおい、ぼくだって機密の多い仕事をしているんだよ。ピーター、君もしゃべることだな。

トラクルはオラクル(「神のお告げ」)に響きが似ている分、神のお告げと取ってもいいのだが、ぼくの言うことは神聖かつ厳粛な内容が多いぞ。ゴダイがペンタゴンのことを聞きたがっているのだぞ。話してやれよ。」

「ピーターとザカライアに訊ねたいことは、率直なところ、アメリカが今後どうなるのか、どこへ行くのか、その辺のところを知りたいと思っているのだ。

二人はいろいろとしゃべれないことも多いと思うが、できる限りの範囲でいいから話してもらえれば有難い。」

こういう切り出しから始まって、三人が打ち解けた雰囲気の中で、アメリカの抱える問題を話し合ったことは、三人にとって、大きな意義がありました。

その理由は、五代さんの突っ込みの観点に対して、ピーターとザカライアがはっと気づかされるものがいくつかあったことから、非常に議論が高度化したという効果が生まれたからです。

アメリカが今後どうなるかという議論は、取りも直さず、アメリカの絶対的な軍事優位を論じることと同義である、すなわち、米国の優位性を脅かすような挑戦をすべて退けることのできる米国の軍事力の実証性が示されることに他ならない、という五代さんの問いかけに対して、ピーターは静かに肯いて反応しただけでした。

そこで、ザカライアが、アメリカの軍事力を保障する軍事費は国家予算の確保にあるとして、アメリカはいかなる理由があろうとも、軍事予算の削減は行うべきではないと言いました。

その理由として、われわれは中国やロシア、あるいはイランや北朝鮮まで含めてもいいが、彼らを好意的に信じてあげたいとしても、アメリカの国力への反発から、彼らは約束を破り、アメリカを欺き、アメリカに挑戦し、秘密裏に、最先端のアメリカの軍事技術を盗んで、自国の軍事力を強化することに余念がないと指摘します。

事実、中国の軍事費の増加は止まず、ロシアもまた、軍事費だけは増やしていると付け加えました。

こういう事情を鑑みると、軍事力の基盤であるアメリカ経済はどんなことがあっても沈没するわけにはいかないというのがザカライアの断固たる主張です。軍事力と経済力が表裏一体の関係にあると指摘してくれたわけです。

世界の平和を語ることはいくらでもできるが、現実を見ろ、というのがアメリカのエリートの考えにあることがザカライアの発言で示されました。

彼は、ユダヤ系イギリス人ですから、生き残りをかけている故国イスラエルのことなどを思うと、こういった厳しい考え方が出てくるのも分からないではないという思いが五代さんの脳裏をかすめました。

次に、大きなテーマとなったのが、米国企業から知的財産の窃取をやっている中国の問題です。

中国がこれまで外資企業の導入を積極的に行い、その際、外資企業に対して知財の強制窃取を行ってきたという問題です。

鄧小平の南巡講話(1992年)以来、中国は本格的に改革開放路線を突っ走り、「世界の工場」として、中国に外資企業を呼び込みました。

それ以降の二十数年というもの、中国は米国その他の先進国家から奪える知財をほしいままに奪い、先進技術を誇る欧米や日本などの国家から知財という宝物を山のように手に入れたのです。この事実を中国自体も否定はできません。

ピーターが重い口を開き、差し障りのない範囲で語った内容は、一般企業の知財窃取に限らず、国防総省への中国からのサイバー攻撃、ハッキングなどは日常茶飯事となっているということです。

そして今や、国防に関わるすべての機関あるいは軍需に転用できそうなすべての米国企業が、中国による米国の機密情報及び先端技術の窃取に晒されていること、これらは由々しきことであると語りました。

特に、IT分野の産業などは、知らないうちに、扱っているIT商品、通信機器類の中に中国のスパイウェアが仕込まれて情報を盗み取られているといった事例が報告されており、ハッキングのための極小チップが埋め込まれたパソコンやスマホを知らないで使っていると、とんでもないことになってしまうということです。

先進的なアメリカ社会は、あらゆる重要なライフラインで人工衛星やコンピューターネットワークを利用し、さらに、軍事作戦や軍事実践においてもそれらが不可欠の役割を果たしている現状があります。

その点において、中国からのサイバー攻撃などでコンピューターネットワークが作動しなくなったりする虞があります。

そうなったら、中国は戦争の初期段階で、「戦わずして勝つ」(戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり)という孫子の兵法、すなわち、人工衛星やコンピューターネットワークの制御を不能にすることによって、米国軍事行動の混乱と機能麻痺状態を作り出すことに成功し、米中戦争を有利に展開することができます。

個々の兵器や戦艦、空母、戦闘機、ミサイルなどの性能が、たとえ米国に優位性があるとしても、サイバー攻撃でその高度な性能を活かせなくなれば、大きな問題です。

そのことについて、米国の対策はどうなのか、五代さんはピーターに訊ねました。

ピーターの語ったところによると、特に、人工衛星に搭載されたGPS機能などを破壊するために、米国の人工衛星(商業目的、軍事目的、探査目的など)が中国からの攻撃の対象になっており、今や宇宙戦争のような時代に突入しているということです。

米国はインターネット通信網、偵察、ミサイル防衛、兵器誘導などを人工衛星に依存しており、この人工衛星の破壊を中国が画策していることは許し難いとピーターは語ったのです。

中国はどこまでも米国の急所(GPS衛星など)を攻撃しようとしている態度ですから、米中戦争は覇権戦争になると言うのです。

米国が宇宙軍の創設に踏み込んだのもそういう背景だと考えれば、納得がいくはずだと語りました。

これからは、米中の間において、ますます、AI、ITなどの先端技術の開発と獲得を巡る熾烈な戦いが展開されることは必至であり、それゆえ、中国の知財窃取は断じて許さないという米国のトランプ大統領の姿勢は確固たるものがあると、ピーターは念を押しました。

大学時代の四人の仲間との会見を終えた五代佐吉さんは、余りにも四人に共通している「中国警戒感」「中国脅威論」といった共通性が、どこから来るのか、しばし、思い悩みました。

会うべき人選に偏りがあったのか、いや、これは明確に米国国民が持つ普遍的傾向なのか、考えました。

その結果、米国国民の中には、どうやら米国的文明史観である「明白なる運命(Manifest Destiny)」としてすりこまれてしまった潜在意識が作用しているのかもしれないと五代さんには思われるのでした。

ギリシア、ローマから始まり、イギリスへと渡った文明は、大西洋を越えて、北米大陸の東岸に到達して、それから西へ西へとアメリカ大陸を横断して太平洋に出ました。

西へ西へと移動し、最後には、アジアの東端に達するのが、アメリカの「明白な運命」であるとしたのです。

そして太平洋を横断して、江戸末期、日本の開国を迫り、朝鮮半島から中国大陸へと至った経緯の中で、アメリカは日本と一戦を交える第二次世界大戦を戦いました。

戦後、アメリカは日本を統治する占領政策を行い、日本が統治していた朝鮮半島においては南をアメリカが、北をソ連が分割統治するという分断が生まれました。

60年代、中ソの対立が激化する中、米ソ冷戦の戦いに活路を見出そうと考えたアメリカは、中国と手を結びソ連を牽制する戦略を取るようになり、それが、いわゆる、ニクソン・ショックと呼ばれる「米中接近」であったことは知られる通りです。

こうしてニクソン政権以降、本格的に中国と向き合うようになったアメリカは、ソ連崩壊後に本格化する米中対決、アメリカは中国に呑まれるか、中国を呑み込むかの最終決戦に一歩一歩近付いていたと見ることができます。

なぜ、そういうことができるのかと言えば、中国自身は中国共産党による共産主義体制、ソ連に代わって世界支配を目指す共産党政権を継続させたままであったからです。米中対決は時間の問題であったのです。

しかし、面子と虚栄、権勢意識に固まった中国が米国に簡単に屈するはずはなく、政治工作や外交に「したたかさ」を発揮する中国に翻弄されつつも、アメリカはやっと中国共産党が支配する中国の欺瞞的体質と世界支配への覇権的野心に目覚めたところなのだと、五代さんは結論するに至りました。

言い換えれば、中国の欺瞞にアメリカが目覚めるまでは、アメリカは、完全に中国に騙されていたということであり、やがて米国に牙を剝くことになる中国は、仮面をかぶり続け、相手を欺く天才であったことを、アメリカは気付いてしまったのです。

それがトランプ大統領の激しい怒りになって、中国に向けられているという現実を世界はまざまざと見せられているのだ。これが五代さんの最終的なまとめです。

アメリカが中国に対して抱く「警戒感」「脅威論」の意味は何かと言えば、ふてぶてしいその傲慢さと自己中心性が中国共産党の指導者の中にはあり、中国国内の権力闘争で鍛えたその「したたかさとふてぶてしさ」です。

やがて、アメリカを相手にして覇権闘争を繰り広げる段階においても、同様の「したたかさとふてぶてしさ」がアメリカに対しても遺憾なく示されるようになったことです。

米中対立は世界を支配するという覇権闘争であるがゆえに、世界一を決める戦いにならざるを得ない必然的構図を孕むということ、ここにアメリカ側の警戒と脅威の種があるのだと、五代さんは自身の考えを明確に整理しました。

この手強い現代中国の脅威は、「共産主義」、「共産党」という戦闘的無神論、好戦的唯物論がもたらす主義と政治の害悪であり、歴史的な唐や宋、明などに見られる中国とは異質の非人間的全体主義であり、妥協なき覇権的軍事主義であると五代さんは認識を新たにしました。

こういう驕慢で強欲な野望を抱く中国共産党政権が、この体制のままで続く保証はないと思いました。

四人との会見から見えてきた米国人のスピリットというものが「マニフェスト・デスティニー(明白なる運命)」なるものであるということです。

それは東洋的精神、厳密に言えば、本当の歴史的な東洋的精神ではなく、共産主義に捻じ曲げられた屈折した東洋精神(中華思想)、その牙城である北京の中国共産党政権を完全屈服させずにはおかないないのが、米国精神そのものであると感じたのです。

ここに、米国の怖さがあると同時に偉大さもあると感じたのでした。米国を怒らせたら怖いというのが結論です。

行き過ぎたことも多く、戦争に明け暮れてきた米国ですが、共産主義という大義をどれほど中国が振りかざしても、民主主義が敗北するわけにはいかないというアメリカが抱く「より大きな大義」のためにアメリカは中国を屈服させるという最終的な聖戦を断行する、こういうことなのだと、五代さんはあらためて納得した次第です。

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