【#白4企画】きびだんごはいかが?
とんと昔、おじいさんとおばあさんがおりました。
川で洗濯をしていたおばあさんはある日、拾った桃から男の子を授かりました。その話は瞬く間に広まり、おばあさんは村一番の果報者として評判になりました。きっと前世でとてもよい行いをしたのだろうと褒めたたえられ、おばあさんは幸せでした。
彼女のもとには講演の依頼が殺到し、子どもがほしい夫婦は川にひしめき、八百屋から桃が消えました。
しかし、おばあさんの幸福は長くは続きませんでした。
どれほど人々が待っても川から桃が流れてくることはなかったし、赤子入りの桃はそれから一つも見つからなかったのです。
やがて人々は飽きました。おばあさんと、彼女の拾った桃から生まれた、桃太郎という少年に。けれどおばあさんは、村じゅうの注目を一身に集めた快感が忘れられません。なんとかしてあの栄光を取り戻そうと、おばあさんはあがきました。
神様に祈ったり、『桃から生まれた奇跡 ~なぜ私はあの日、川へ行ったのか~』を出版したり、桃が流れてきたあの川の水を販売してみたり。
思いつく限りの挑戦をしてみたけれど、努力はなかなか報われません。
妻の過剰さに恐れおののいたおじいさんは、家にいたくない一心でより一層芝刈りに精を出すようになりました。一日のほとんどを山で過ごし、家族が寝静まってから家に帰るおじいさんをおばあさんは憐れみました。
早く私が、もう一山当てなくては。
実際、貯蓄は尽きかけていました。
次、当てられなかったら終わりだ。
おばあさんは知恵を絞りに絞りました。
ずっと目を背けてきた、「世間はもう桃太郎に飽きている」という事実にも冷静に向き合いました。
そうしてしばらく考えた結果、おばあさんは自分の一番の得意料理である、きびだんごに照準を定めました。
いままでとは打って変わって地道な商売を始めたおばあさんを見て、桃太郎は思いました。
いまこそ実家を出るべきだ、と。
おばあさんの本に自分の日記や絵を無断で載せられたり、日に何度も川に水を汲みに行かされたりした彼は、おばあさんの思いつきに巻き込まれる生活にほとほと嫌気が差していたのです。
きびだんごの出張販売をすると申し出れば、おばあさんと離れて暮らすことができるかもしれません。そういえば、遠い鬼が島には大きくて強い鬼が何人も住んでいるといいます。彼らにきびだんごを売りつけることができたら、おばあさんも満足するでしょう。
極悪非道で邪智暴虐ともっぱらの噂の鬼たちだって、きびだんごをお腹いっぱい食べればおとなしくなるかもしれません。満腹では、人は怒っていられませんから。
思うようにきびだんごが売れず、ため息を吐くおばあさんに、ある日桃太郎は言いました。
「おばあさん、おばあさん。ぼくがきびだんごを売ってきます。鬼が島の鬼たちに、おばあさんのきびだんごを売りさばいてきます」
それまで嫌々おばあさんの事業を手伝っているように見えていた桃太郎からの熱意ある申し出に、おばあさんは喜びました。
そして桃太郎が背負って歩くのも大変なほど、たくさんのきびだんごを持たせて送り出しました。
意気揚々と家を出た桃太郎ではありましたが、この先のことはまったく考えていませんでした。
とりあえずこのずっしりと重いだんごを、少しでも軽くしたい。
「おーい、きびだんごはいらんかね」
小声で呼びかけながら歩いてみたけれど、もともとおじいさんとおばあさんくらいとしか話したことのない桃太郎。なかなか動物たちの輪に入ることができません。
うさぎとたぬきに声をかけようとしたものの、あまりにも険悪な雰囲気で揉めていたのでそそくさと退散しました。
ねずみの巣穴を訪ねてみましたが、みな突然住処に転がり込んできたおむすびに夢中で、誰にも気づいてもらえませんでした。
困り果てた桃太郎のもとに、一匹の犬が寄ってきました。
「へい旦那、お困りかね」
桃太郎は犬に自分の身の上を話しました。
きびだんごを食べながらその話を聞いた犬は、ハッとしました。
これは、とんだチャンスかもしれないぞ。
犬はかつて、欲張ったために高級な肉を川に落としてしまったことがありました。
川に落ちた肉と、川から流れてきた桃太郎。
何らかの因縁があるに違いありません。
この少年によくしてやったら、落とした肉以上の宝が手に入るかもしれない。
そう考えた犬は、桃太郎のきびだんご売りを手伝わせてほしいと尻尾を振りました。
「いらっしゃい!おばあさんのお手製きびだんごだよ!」
犬の大きな吠え声は、あたり一面に轟きました。
けれども動物たちは、ふたりを遠巻きに見ていました。
ふたりの売るきびだんごが、あまりおいしそうには見えなかったからです。
桃太郎がきびだんごを売りに鬼が島を目指しているという噂を聞いて、猿がやってきました。猿はかつてカニをいじめ、蜂と栗と臼に半殺しにされました。
蜂たちの幻影に怯える猿は、蜂と栗と臼のいない土地への高飛び資金を求めていました。
猿は桃太郎たちに、鬼たちに売るのを手伝うから、売り上げの何割かをもらえないかと打診しました。
「いいけれど、きみは何ができるんだい?」
桃太郎に問われた猿は、きびだんごを口に放り込んで叫びました。
「こんなにうまいきびだんごは食べたことがない!!!」
動物たちがこぞってやってきました。
誰かがおいしそうに食べているのを見ると、つい自分も食べてみたくなるものです。
きびだんごは猿が絶賛するほどおいしいわけではなかったけれど、お調子者の猿芝居には、どこか憎めない愛嬌がありました。
きびだんごを口にした動物たちは、口々に感想を言いました。
「もっとやわらかい方が食べやすいわ」と、舌を切られた雀。
「うちの乙姫のほっぺの方がもちもちしてらぁ」と、砂浜でたそがれていた亀。
「うんうん、なるほど」と、桃太郎は彼らの感想を丁寧に書き留めました。
感想が増えるにしたがって、きびだんごはどんどん減っていきました。
このままでは鬼が島に着く前にきびだんごがなくなってしまう。
誰かにおばあさんの家から、きびだんごを運んできてもらわなくてはなりません。
桃太郎は、たまたま通りかかったキジを呼び止めました。
「おばあさんのところへ飛んでいって、きびだんごを運んできてくれないか。それから、みんなの感想も伝えてほしい」
なぜ自分が選ばれたのだろうと思いながらも、キジは暇だったので引き受けました。
キジはおばあさんのもとへ飛び、きびだんごの補充と品質向上のための言伝に尽力しました。
おばあさんから送られてくるきびだんごはどんどんおいしくなってゆき、桃太郎は行く先々で歓迎されるようになりました。あまりにも忙しくなったおばあさんを手伝うために、おじいさんも山から下りてきたそうです。
桃太郎は、きびだんごを売ることに生きがいを見出している自分に気づきました。
熱い気持ちで、自分とともにきびだんごを売ってくれている仲間たちを見つめました。
「桃太郎がきたよ!きびだんごはいかが?」と広報して回る、犬。
「これほどうまいきびだんご、食べ逃したら損だよ!」と購買意欲を煽る、猿。
おばあさんへのフィードバックときびだんごの運搬を担当する、キジ。
彼らは最高のチームでした。
もはや桃太郎にとって、鬼が島は通過点の一つにすぎませんでした。
たとえ鬼が島で売れなくても、彼らはどこでもやっていけるでしょう。
おばあさんのきびだんごを、自分たちの手で日本一に。
桃太郎たちの冒険は、まだ始まったばかりです。
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白鉛筆さんの企画「#白4企画」に参加させていただきました!
白鉛筆さんの『桃太郎』はこちら。
白鉛筆さん、4周年おめでとうございます!
「自分以外、誰にも書けない『桃太郎』を」という熱い意気込みに心を打たれて、私の「自分以外に書けない桃太郎って何……?!?!」とめちゃくちゃ首をひねりながら書きました。
私のなかの桃太郎は、わりと苦労人みたいです。