ピーターを寄せ集めて、地球を救う
久しぶりにFacebookを開いたら、知らない外国人から友だち申請が来ていた。あまり深く考えずに承認したら、すぐにメッセージが来た。
「こんにちは、あなたの国ではコロナはどんな感じですか?」
「仕事は何をしていますか?」
そんな当たり障りのない話題で2、3回やりとりしたあと、彼から
「今回あなたに連絡した理由を説明したい。極秘事項なのでメールアドレスを教えてくれないか」
とメッセージがきた。
詐欺かナンパか。
出た出た、とげんなりする。
「日本語を勉強したい」と近づいてくる外国人に「私でよければできることはするので、興味のあることを教えてください」と言うと大抵「彼氏いるの?あなたは僕のタイプです」的な返事が英語でくる。
「おめえ日本語勉強したいって言ってたじゃんかよぉぉ!」と勢いに任せて日本語の長文を返すと「Thanks! See you!」とそっけない挨拶がきて終了することがほとんどだ。
あれ、マジでなんなんだろう。
最近英語の勉強を再開したという友だちに愚痴ったら、彼女が利用している勉強アプリでは日本人男性が外国の女の子に同様の手口で近づいていたらしい。
どいつもこいつもワールドワイドにナンパしてんじゃねえ!
さて、今回メッセージをくれた彼に話を戻そう。
「あなたのことを信用していないわけではないが、メールアドレスにコンピューターウイルスを添付して送る詐欺が流行っている。できればこのままメッセンジャーでやり取りしたい」と返した。
すると「OK」と短いメッセージがきたのち、間を空けずに長文の英語文章が届いた。かいつまんで書くと、遺産相続の誘いだった。
彼の話によれば、彼はemirates NBD bankに勤めている銀行員とのこと。
彼の顧客であり友人でもある「ピーター・ツル(仮名)」なる人物が2006年に起きた地震により出張先のジャワ島で亡くなった。しかしながら彼の死は他の銀行員には知られてはいない。
ピーターは3000万ドルの定期預金を遺しているが、彼には身内がいないため、このままでは彼の遺産は当銀行の上層部のものになってしまうだろう。
だからピーターと同じ姓を持つ私を彼の相続人ということにして、この遺産は私と彼の二人で半分ずつ分けようではないか。彼は世界をよくするために自分の会社を持ちたいと思っている。
という内容だった。冒頭から「ピーターと同じ姓を持つあなたに出会えたのはとてもラッキーだった」と異様にテンションが高い。
……いや、私べつにそこまで珍しい苗字じゃないんだけど。3000万ドルと言われてもまったく実感が湧かず、とりあえずこんな返事を出した。
「友人を亡くされたとのこと、誠にご愁傷様です。あなたのおっしゃっていることはわかりました。しかし、いきなり大金の話をされても私は貧乏のプロなので、ピーターの遺産をうまく活用する自信がありません。
私よりももっと、世の中のためにお金を使うことができて、かつあなたと手を組むのにふさわしい同姓の人間がいるはずです。他を当たってください。ところで、「ピーター・ツル」氏のことを知りたくてFacebookを検索しているのですが、見つかりません。生前の彼の写真やパスポートを見せてもらえませんか?」
その返事は「ピーターについて教えてほしい」という後半部をガン無視し、「あなたにはぜひ私との取引に応じてほしい。私はあなたを探すのに1ヶ月もかかった。私にはこの金が必要だ。貧しい人をたくさん助けたい。疑うなら私のパスポートを送る」というものだった。
いやあなたのパスポートじゃなくて、ピーターのを見せてほしいんだけど。
ていうか同じ苗字の人なんて、Facebookで検索すれば秒でわんさか出てくるのに。
なにか怪しいと思いつつ、こんな返事を出した。
「そもそもピーターのお金は私のものでもなく、あなたのものでもありません。起業したいのであれば自分でお金を貯めて会社を興した方が達成感があると思うのですが」
しかしながら返事は「あなたは私と組むべきだ。私には金が必要だ」の一点張り。そして彼は「あなたにだって夢があるだろう」と水を向けてきた。
「私は夢は自分の金で叶えたい派だ。というか私の夢は金よりも時間と努力を要するのだ」と返したら、やっと「OK、この取引は不成立だ。さよなら!」と返事がきて、やりとりが終わった。
やっぱり詐欺なのかと気になって「NBD 詐欺」で検索してみた。
すると、まったく同じ文面のメッセージがきたというブログがたくさん出てきた。「インドネシアの地震で死亡したピーター」と「3000万ドル」「自分の会社を立ち上げたい」まではテンプレートで、姓の部分だけカモの姓に変えているらしい。
詐欺と思いつつも実際に取引を進めた人の話も載っていた。最終的には「遺産を振り込むために手数料を先に振り込んで欲しい」と言われるらしく、その人は「ピーターの遺産の分け前から支払いたい。後払いにさせてくれ」と返した結果交渉決裂に至ったという。
ブログは2016〜2019年にかけて書かれたものが多く、使われている顔写真やメッセージ全文まで出回っている。
ドバイの日本総領事館にまで「こんなメッセージがきたんですけど詐欺ですよね?」と問い合わせが掲載されている始末だ。
私は再度メッセンジャーを開き、彼にメッセージを送った。こんなにブログに書かれていたら、彼の手口はもう日本では通用しないだろう。最初の文章こそテンプレートととはいえ、その後の迫真に満ちたやりとりはとてもスリリングだったし、思わず信じたくなるような心のくすぐり方をしてくる人だった。
その高いコミュニケーション能力を携えて、そろそろ違う道を歩んでもいいのではないか。
「あなたが送ってくれた文章とまったく同じ文面の連絡をもらったという人たちがブログを書いています。これを読むかぎりではあなたは詐欺師として疑われているようです。同じ取引を日本人に対して持ちかけるなら、あなたのことを信じてもらうために努力を要すると思います」
1分後に、「Okay ! Thanks!」と彼からの返事がきた。
すでにたくさん報告が届いているかもしれないとは思いつつも、彼が写真と名前を引っ張ってきたNBDの実在する人物にも、以下のようなメッセージと、彼の写真が使われているFacebookのアカウントのスクリーンショット、「この顔に注意」と彼の顔写真が使われているブログのURLを送った。
「あなたの名前や写真を使って、以下のメッセージを送ってくる人に出会いました。
端的に言えば、「私はNBD銀行の者だが、あなたと同じ苗字を持つ顧客が死んでしまったから、彼の預金(3000万ドル)を半額ずつ分けないか」という内容です。
同様のメールが複数人に送られているらしく、インターネットサイトに紹介されています。
もしこのアカウントがあなたのものでないならば、Facebookに連絡した方がよいかもしれません」
一連の作業を終えてからも、つい3000万ドルに思いを馳せてしまう。おそらく詐欺ではあるだろうけれど。
でも、もし本当だったら?
ピーター・ツルもピーター・モチヅキもピーター・ササカワも、その他無数のピーターたちも実在していて、各々莫大な資産を遺していたら。
各ピーターたちのかりそめの後継者となった者たちが分け前の1500万ドルを手に力(金?)を合わせたら、地球なんかいくらでも、何度だって救えてしまいそうな気がする。
本当なら、素晴らしく夢のある話だ。
お読みいただきありがとうございました😆