【初演の感想】種村剛さん「これまでになかった表現形式の発明」|#39『ピース・ピース』札幌演劇シーズン2024-冬
種村剛さん(北海道大学・教員)
札幌演劇シーズン2024-冬で2022年の札幌劇場祭 Theater Go Round(以下、TGR)で大賞を受賞した『ピース・ピース』が再演されます。待ちきれなくなり、手元にある『ピース・ピース(小説版)』を読み直してみました。私が考えていた以上に小説として読みやすく面白い作品になっていました。
私は脚本を、演劇の骨だと捉えています。名作といわれるシェイクスピアの作品であっても脚本だけ読んで面白く感じることはほとんどありません(興味深い言い回しはありますが)。役者が脚本に書かれたセリフを語り、舞台に人が現れることで、骨に肉がついてきて、演劇は面白く味わい深いものになるのだと思っています。だから、小説版の『ピース・ピース』が演劇の脚本でもあり、また、同時にきちんと読み物として成立していることに驚きました。
小説形式の戯曲はこれまでもないわけではありません。例えば、太宰治の『駆込み訴え』はその代表作の一つといえるでしょう。しかし『駈込み訴え』と『ピース・ピース』は構造が全く違うのです。この点は『ピース・ピース』をとてもユニークな作品にしていると思います。
『駈込み訴え』は「ユダがイエスについて語る」ことで構成されています。ユダが彼自身の思い感じたことを、彼自身の言葉で饒舌に語り続ける中で、イエスを愛しながら憎悪している自分を見つけて身悶えていくところが面白い点です。そこでは、語り続けるユダが舞台上にいて、状況は領主の門前で固定され、時間は「ユダが話し始めて話終わるまで」の単線的なものです。
一方『ピース・ピース』は、「私が母について語る」ことで構成されています。他者、それも愛憎入り混じる相手についての語りが主題であることは『駈込み訴え』と同型です。しかし『ピース・ピース』の場合は『駈込み訴え』にある内面描写——例えば「気弱く肯定する僻んだ気持が頭をもたげ」「逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出した」など——が意識的に抑制され、あくまで、「私」によって「何がどうなっているか」が第三者の視点からであるかのように語られる形式になっています。
また『ピース・ピース』は「状況の語り」であるがゆえに、場面や時間をシンプルに転換することができます。ゆえに、人が成長する様子を、時間変化や場面転換を通じて表現できます。この時間と場面の転換に伴う「私と母の関係性の変化」の表現が、本作をより豊かなものにしていると感じました。
さて、先に『ピース・ピース』を「「私」によって「何がどうなっているか」が第三者の視点からであるかのように語られる形式」と説明しました。すらっと書き流しているのですが、「私」の語りにもかかわらず第三者視点のようでもありうるというところが本作の一番の核心だと感じています。舞台上には「私」が存在する一方で、それが一歩引かれて、自身によって語られている。そして、その第三者視点の語りは今の「私」の状況と共振しているという、不思議な状況が生み出されています。
この企ては、今年のTGRの大賞を受賞した劇団5454の『宿りして』の「「舞台の上を生きる人」を演じる人が演じられる」というメタ演劇の構造や、同じく優秀賞を受賞した劇団こふく劇場の『ロマンス』で展開された「状況が語られる」演出を徹底したものだともいえます。ですから、この二作品をTGRで鑑賞された方は、是非『ピース・ピース』をご覧になって、作品の異同を感じてみることをお勧めします。
弦巻氏の作品は「セリフ」のやりとりとテンポで舞台空間の密度を上げていくことに特長があると思っています。その意味で『ピース・ピース』は、セリフのやり取りは最小限に抑え、「状況についての語り」でお芝居を成立させていくことに挑戦しています。その試みは、弦巻氏のこれまでの作品の集積から生まれた、新しいチャレンジ、あるいはこれまでになかった表現形式の発明と感じています。
この試みを、初演の「ターミナルプラザことにパトス」から「生活支援型文化施設コンカリーニョ」に劇場を移して、どのように発展させていくのか。初演を観た方も、今回が初めてと言う方も『ピース・ピース』に足を運んで、本作のユニークな表現形式から、演劇の表現や演出の豊かさを感じていただけたらと思います。
弦巻楽団#39『ピース・ピース』
舞台には3人の女優。かわるがわるそれぞれが「母」について語り、少し奇妙な、しかしありふれた母と娘の姿が描かれる。
彼女たちの口から語られる「母」の姿は、『冷たい女』、『弱い女』、そして——。
「母」について語り、同時に「母」を演じる3人の女優。
母として、時に娘としてそこに現れる彼女たちの姿から、母から娘へ引き継がれる祈り、願い、あるいは呪縛を描きます。モノローグのような、ダイアローグのような、そこにあるのは不思議な心の安らぎ。
出演
赤川楓
佐久間優香
佐藤寧珠
日時
2024年1月27日(土)〜2月3日(土)
会場
生活支援型文化施設コンカリーニョ
札幌市西区八軒1条西1丁目 ザ・タワープレイス1F(JR琴似駅直結)
TEL 011-615-4859
→Googleマップを開く
料金
前売・当日ともに
一般:3,000円
U-25:2,000円
高校生以下:1,500円
その他お得な回数券もあり! 詳細は札幌演劇シーズン公式サイトをご確認ください。
スタッフ
作・演出:弦巻啓太
照明:手嶋浩二郎
音響:山口愛由美
舞台美術:藤沢レオ
楽曲提供:橋本啓一
宣伝美術:むらかみなお
制作:佐久間泉真 ほか
主催:札幌演劇シーズン実行委員会、演劇創造都市札幌プロジェクト、北海道演劇財団、コンカリーニョ、BLOCH、札幌市教育文化会館(札幌市芸術文化財団)、北海道立道民活動センター(道民活動振興センター)、北海道文化財団、ノヴェロ、札幌市
後援:札幌市教育委員会、北海道新聞社、朝日新聞北海道支社、毎日新聞北海道支社、読売新聞北海道支社、日本経済新聞社札幌支社、HBC北海道放送、STV札幌テレビ放送、HTB北海道テレビ、UHB北海道文化放送、TVhテレビ北海道、STVラジオ、AIR-G’エフエム北海道、FMノースウェーブ、FMアップル、三角山放送局、北海道
連携:札幌国際芸術祭実行委員会
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