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ねがいましては

2024年を振り返る。(代表弦巻による個人的記録も含む)

代表の弦巻です。
クリスマスの近いある日、現場にいると妻からLINEが。

「体調悪シ。帰宅シナイホウガ良イ気ガスル。シバラク実家デ、生活セヨ。」

メッセージを受け取り、万一感染があると年内の現場に支障があるので急遽自宅ではなく、札幌市内にある実家で生活することに。生活用品を買い込み実家に向かいました。

「お邪魔します。ただいま。」

自分で鍵を開け、家の中にそう声をかけます。窓を開け、換気をし、簡易的に備え付けられた祭壇の蝋燭に火をつけ、線香を上げます。父の遺影に手を合わせました。カミさんが風邪かも知れないから、しばらくこっちに泊めさせてもらうよ。と、心の中で語りかけて。

今年、父が亡くなりました。
10月5日のことでした。色々あって9月、10月は怒涛でした。身体はどんどん弱ってましたが、頭は非常に明晰で、テキパキとやるべきことをこなし、医者にも看護師にもケアマネージャーさんにも几帳面でしっかりしてると評された父は、亡くなる十日前まで一人暮らしを全うしました。
「人に迷惑をかけるな」
が信条の父は、最後の最後まで全てのことを自分でしようとしました。
自分(僕)が演劇の道に進むことを決して認めなかった父でした。



あっという間に大晦日です。
ひとつ前の記事で「秋の大文化祭!」を振り返ったばかりですが、一年のまとめを改めて。

弦巻楽団の公演活動としては

1月
#39『ピース・ピース』 札幌演劇シーズン2024-冬 参加

3月
演技講座「舞台に立つ」『ロミオとジュリエット』
『ピース・ピース』置戸町公演

6月
#39 1/2『出停記念日』札幌・沖縄ツアー

11月
「秋の大文化祭!2024」開催
【上演作品】#40『ファーンズワース・インヴェンション』
【招聘作品】劇団5454『ねもはも』、PANCETTA『声』

これとは別に劇団員自主企画公演“間奏曲”として『四月になれば彼女は彼は』を1~3月に。
大きなワークショップでは5月に3回目となる「演出ワークショップ」を開催しました。

弦巻個人としては上記の他に立命館慶祥中学演劇部の活動、公演に携わり、クラーク高校大通キャンパス演劇部として高文連石狩支部大会に参加、久々に自作『火星から来た女の子』を上演しました。ワークショップを今年もあちこちでやらせていただきました。小学校、中学校、高校、大学、社会人、市民劇団…。

自分にとって大きかったのは『出停記念日』沖縄公演で、ついに原作者の島元要さんとお会いできたことです。作品の透明感そのままの、純粋な、暖かい方でした。沖縄の空のように広くおおらかで、僕たちの『出停記念日』を誰よりも楽しみ、賞賛し、出演者一人一人に声をかけてくれました。終演後の打ち上げではメンバーと線香花火に興じ、バーベキューを楽しんでくれました。


島元先生と弦巻


また、島元さんだけじゃなく劇場である銘苅ベースの皆さんにも大変お世話になりました。
数年に一度ある、“ご褒美のような”公演でした。本当に楽しかった。
何より、作品が誕生した地で『出停記念日』ができたことで、作品への理解が一段と深まった気がします。

島元先生からは、北海道を舞台にした『出停記念日』を作ってください、と言われました。考えたこともなかったのですが、そして最初はとてもとてもと思っていたのですが、段々、北海道の高校を舞台にした『出停記念日』の可能性にときめいてる自分もいます。いつか、作れたら良いなあ。


島元先生と出演のみんな
打ち上げはバーベキュー


2004年に初めて出会った『出停記念日』との旅がひとつ、ゴールに辿り着いた気がしました。今年はこうしたこれまでの活動の結実、と言えるような出来事が多かった気がします。大団円というより、決算というか。

『ファーンズワース・インヴェンション』も勿論そうでした。ここまで何度も書いているように生前、青井陽治氏から渡された戯曲をどう形にするか。その課題にようやく答えを出せた気がします。「優」をもらえるかどうかは分かりませんが…。
公演自体もこれまで弦巻楽団に関わってくれた面々が一堂に集結する総力戦でした。


バイオリンを見事に弾くフィロ・ファーンズワース


さらに、12月には中学生の頃から憧れ、駆け出しの演劇少年だった弦巻に多大な影響を与えた鴻上尚史さんと対面を果たしました。サインをもらい、お話を聞き、ワークショップで共に時間を過ごしたことは、まさにこれまでの演劇活動のご褒美のような出来事でした。そして、自分はかつて憧れた演劇を本当に卒業した(できた)んだな、ということも身に染みて理解しました。これも決算と言えるかもしれません。


そう考えると、5月には2年連続で弦巻による戯曲『君は素敵』が台湾大学日本語学科の演劇公演の上演テキストに選ばれたこと、これもここまでの活動の決算と言えるかもしれません。自分がその瞬間その瞬間、今を生きることを記録するのだと夢中に書き綴った作品が、時を超えて命を与えてもらえる。そのありがたさ。


台湾大学の皆さん
素晴らしい完成度のセット!
素晴らしいイラスト!


決算なので、これまでのものがまとまり、数字が出て、次に向かう一つの節目になります。
今回の決算の結果を前にして、今自分はこれからのことを考えています。
何が残っていて、何がもう底を尽きていて、何が今後見込めるのか。
あまり明るくはない様相ですが、なんとかやっていこうと思います。

今年、もう一つ始まった大きな動きは「楽団サポーターズ」です。こちらに参加してくださった皆さん、本当にありがとう。早速大きな力になってます。弦巻楽団は本当にお客様に恵まれた団体だと思います。
ひとつひとつ、誠実な舞台でお返しして参ります。


2025年の計画ももう始動しています。
まずは「舞台に立つ」でシェイクスピア。今年度取り組む作品は『タイタス・アンドロニカス』です。シェイクスピア作品の中でも随一の残虐性を持つこの作品に、中学生含む総勢20名で臨みます。

そして8月には札幌演劇シーズンにトップバッターとして参加。作品は2008年の名作(?!)『ローリング・サンダー』!!
久々に派手にぶっ飛ばします。遊びたいのは若者だけじゃないぞ!というところを見せつけます。

そして11月には「秋の大文化祭!」を開催。来年もあっと驚く作品を準備中です。情報公開をお待ちください。
個人活動としては札幌以外の土地の皆さんに1作品書き下ろす予定です。こちらもお楽しみに。2025年唯一の書き下ろし新作になる予定です。

劇団としても、演劇人としても、やりたいことがまだまだあります。焦りもありますが、やるべきことがある幸福を大切にしていきます。


出停記念日札幌公演でいただいたお花


 

父が他界し、初めて体験することが目白押しでやってきました。

施設で療養生活をする母に代わり「施主」として葬儀を執り行いました。その後様々な手続きをしに区役所、年金事務所を行ったり来たり。保険の手続きをしたり父が入院した病院へ行って証明書の請求をしたり、父が使用していたレンタルの介護用品の返却手続きや引き渡し日程を設定し、行政書士の方に相続の手続きについてお願い&相談したり…。
葬儀の直後、高校演劇部の大会があり、それが終わったら秋の大文化祭!に向けて動いたりで、満足に父に関する手続きをこなせず、実はまだ全て完了はしていません。


妻は回復しましたが、念のために五日間隔離生活を行いました。クリスマスも一人実家で迎えました。勝手知ったる家とはいえ、食材を買い込むのもあとあと勿体無い気がするので日々最低限の食事で済ませていました。カップ麺や、出来合いのお惣菜などです。
昨年、母の身体が不自由となり、療養施設で暮らすことになりました。父はそこで人生で(ほぼ)初めての一人暮らしとなりました。僕が最初にしたことはカップ麺の作り方や、冷凍食品をレンジでチンして食べる方法を父に伝授することでした。
父はその後、親戚の手を借りながらも基本自炊の一人暮らしを続けました。1年4ヶ月。自分で凝った料理をするようなことはなく、時々僕がきんぴらごぼう(合格でした)や豚肉の生姜焼き(しょっぱすぎでした)を作りに行きました。

一人実家でクリスマスを迎えながら、気づきました。
これは、父が過ごした最後の日々だということに。
母のいない自宅に帰り、一人自分の食事の準備をし食べ、身支度を整え就寝する。
僕はいつの間にか父になっていました。

もっと、何かできたような気がします。
でももう何もできません。
それも自分にとって一つの決算でした。父と自分にとっての。



というわけで喪中です。
2025年は静かに明けていくようです。
反対もなく、憧れもなく、ここからは自分と戦うしかない地平が広がっています。少しワクワクしています。

皆さん、本年はありがとうございました。本当に本当に。
2025年もどうぞよろしくお願いします。


お気に入りになった北大近くの「ゴビー」。
沖縄の夢のような日々
2024美味かった大賞。旭川の鈴木商店の七福弁当
富良野の夜


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