【架空の話】・其の13

【架空の話】

案の定、この講義室は、さきほどのK101号室の半分程度の広さであり、普段使用している机・椅子は端に片付けられていたが、そのうち3つの机と椅子が私の前に並び、それぞれに面接者が座り、こちらを見ていた。ともあれ、そこで面白いと思ったことは、彼等全員が白衣を着ていることであり、私はこれまで、こうした面接の場に立ったことがなかったため、そうした光景が著しく新鮮であったのだと思う・・。

さて、こうして3対1の面接が始まったわけであるが、先ず私が受験番号と氏名を名乗り、先方からの許可を得て、着席した。すると、私から見て左側に座っている細身で背の高い教員が「**さんですね。試験の出来はどうでしたか?」と割に気軽な感じで訊ねてきたため「はい、あまり自信はありませんが、出来る限りは頑張りました。」と当り障りのない返事をした。

すると同じ方が「ええと、君の履歴書を見てみると、現在、A大学大学院のヨーロッパ文化専攻の修士課程に在籍しているとのことですね・・。それで、そこの院は無事修了できそうなのですか?」とさらに訊ねてきたことから「ええ、この分野は自分の好きな分野であるため、研究自体は面倒なところもありますが、全体的には楽しいと云えますので、特に問題なく修士論文は通ると思います。また、他の履修科目については、すでに所定の単位数は満たしていますので、おそらく大丈夫であると思います。」といった事実を述べた。

すると、真中に座った少し恰幅が良くて、目の大きな教員が「・・しかしねえ、それであれば、そのままの専攻分野の博士課程にでも進めば良いのに何故、わざわざ、この大学の編入試験を受けようと思ったのですか?」と本質的とも云える質問をしてきた。

そこで「はい、たしかに博士課程に進むのも良いと考えていましたが、同時に、かねてより何か手に職を着けたいとも考えていました。そうした時に偶然、D先生の診療を受けまして、こちらの大学のことを紹介して頂き、興味を持ち、今回の学士編入試験を受験させて頂いている次第です。」と、これまでの経緯を述べた。すると、右側に座っているこの中で一番若手に見え、おそらく、私とあまり年齢が変わらないであろう立派な頤をした教員がしばし履歴書を注視してから「ああ、君はK出身者ではなくて、首都圏の出身ですか?」と何やら気が付いたように訊ねてきた。すると、さきほどの目の大きな教員が、この若手教員に向かい、持参資料の一部分を示した。すると、この若手教員は、自分の資料を見てから二、三回小さく頷き真中の教員の方を見た。そして、さらに「うん、君の**という姓は、こちらの特徴的な姓なので、元々はこちらの出身で、大学だけ首都圏の方に行った人だと思いました。・・それでもお父さんか御祖父さんはやはりこちらのご出身なのですか?」と、なおも訊ねてきた。

これに対して「はい、私の高祖父がこのK出身でして、それ以降は代々、首都圏の方に住んでいます。こちらにも遠い親戚がいるとは聞いていますが、随分と遠い親戚であり、実際にお目に掛かったことはありませんが・・。」と返事をした。すると3名とも、少し顔を見合わせて、左側にいるさきほどの長身の教員が「ふうん、まあ事情は分かりましたが、もしも、この編入試験に合格出来たら、本当に入学しますか?」と、これまたフランクな調子で訊ねてきたため「ええ、おそらく学費などの費用については大丈夫だと思いますが、生活費に関しては、おそらくアルバイトをすることになると思います・・。それと出来れば、無利子の奨学金を頂ければとも思っています。」と正直に答えた。すると「・・そうですか。分かりました。では、逆に君の方から、こちらに何か聞いておきたいことはありますか。」と訊ねてきたため、少し考えてから「すみません。私は根っからの文系人間であると思っているのですが、このような私でも歯科技工士にはなることが出来るのでしょうか?」と、これまで一番不安に思っていたことを訊ねてみた。

すると真中の目の大きな教員が「・・うーん、たしかに一般的に歯科技工士は、理系的な職種だと思われているかれども、正直なところあまり関係ないと思うね・・。もちろん、今後は更に色々な機会や材料が進化して、それに対応するために多くの知識が必要になってくるとは思うけれども、本質的な部分は大きく変わりはしないと思うよ。」とのことであった。また、右の若手教員からは「うん、そういったこともあって、この後には実技試験があるのだが、これは、そこまで器用でなくとも多分、大丈夫だよ。」と至極現実的な返事が来た。

左側の教員からは「まあ、学士編入だから全学科で見ると色々な人が受験しに来てはいるけれど、君みたいな文系の院生が受けに来ているケースはこれまででも多分初めてかもしれないな・・。でも、口腔保健工学科の講義や実習も、これまでの勉強や研究と同じように取組めば大丈夫だと思うよ。それとD先生には是非よろしく伝えてください。それでは面接はこれで終了です。次は実技試験で消しゴムをナイフでカービングしてもらうのだけれど、指を切らないように気を付けて、頑張ってください。」と云って他の教員と顔を見合わせ、二人が無言の同意をするのを見てから私は「今回はどうもありがとうございました。」と最後に言ってお辞儀をして席を立った。

そして廊下に置いてある荷物を持って、次の実技試験会場まで再度、大学スタッフに案内してもらった。今度の会場は実習に用いる講義室であり、部屋の壁に設置された収納棚には、歯科技工に用いると思しき器具、実習時の見本となる、さまざまな模型が置かれていた。私の方は、そういった器具や模型の方に対して興味を持ったが、気を取り直して、机上に作業マットが敷かれた指定の席に座り、次の指示を待った。とはいえ、そこで不図、気が付いたことは、現段階で、口腔保健工学科の私以外の受験者が見当たらないということである・・。そして「もしかすると、今回の当学科の学士編入志願者は私一人かもしれない・・。」と、この時思った。

さて、実技試験であるが、これはさきほどの説明にもあったように技工用ナイフを用いて消しゴムをカービングしてオベリスクの先端部を作るようなものであり、どちらかと云えば器用な私は、特に問題ないものを作成することが出来たのではないかと思われる。ともあれ、この実技試験も終えて大学を後にしたのは14:30過ぎであり、試験結果は一週間以内に郵送されるとのことであった。とはいえ、このようにして、思ったよりも少し早く試験は終わったのだが、帰りの飛行機が20:00少し前発であることから、再度、昨日見て回ったK中央駅とTの街並みを見ておこうと思い。市電に乗りK中央駅まで出て、そこからは昨日同様、徒歩にてTまで行った。この時はあまり街の人出は多くなく、近在の旧藩主を祀った神社の参道沿いにある全国展開のコーヒー店に16:30頃入り、その二階席でコーヒーを飲みつつしばらく休んだ。編入試験も無事に終えたことから多少安心したようで、少し眠くなってきたが、18:00にはそこを出て、バスに乗り空港に向かった。空港の待ち時間では家に連絡し、試験は無事に終え、本日の帰宅は遅くなることを伝えた。そして、その日帰宅したのは24:00少し前であり、飛行機やバスや市電での移動やはじめての編入試験で疲れたのか、この日もストンと寝付くことが出来た。」

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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