本当にあった怖い話「通知不可能」
今年の夏も終わってしまった。
夏になると思い出す体験がある。
せっかくnoteを始めたので、あの出来事をこちらにも書いておきたいと思う。
2010年、世田谷のとある一軒家に引っ越した。
音楽の仕事のために会社を設立したばかりで、私はやる気に満ち溢れていた。
所属アーティストやツアーバンドが泊まれるように、できる限り広い家に決めた。
その新居は平屋の古い日本家屋で、中はキレイに改装されてはいたが、柱や天井には古い家独特の陰気な雰囲気がしっかり残っていた。
引っ越したばかりのとある夏の日、友人のタカ吉田が引っ越し祝いの食べ物を持って遊びに来た。
夜遅くまでいつものようにくだらないことを語り合い、眠くなったらそのまま雑魚寝した。
朝、ふと目をさますと、そばで寝ていたはずのタカがいない。
見ると、扉の向こうの台所で椅子に腰掛け、たばこを吸っている。
なんだ、たばこ吸ってるだけか。
そう思い、またうとうととした。
再び目を覚ますと、それなりに時間は経っているはずなのだが、タカはまだ台所でたばこを吸っている。
こっちの部屋は冷房も効いていて涼しいのに、なんでいつまでも暑い台所にいるんだろう…?
ちょっとだけ気にかかったが、特に追求することもなく、私が起きるのを待ってタカは普通に帰って行った。
それから数ヶ月後。
季節はすっかり冬になっていた。
新年も開けたある日、私は久々にタカと会い、高円寺のタイ料理屋で食事をしていた。
「そう言えばつるさん、まだあの家に住んでいるんですか」
唐突にタカがそう聞いてきた。
「もちろん…でも忙しいから、正直ほとんど帰ってないんだよね」
「ああ、そうすか…実は、前に一度俺、家行ったことあるじゃないですか。あの時のことで、つるさんに言ってないことがあるんですよ…」
そう言って語り出したタカの話は、こんなものだった。
ふたりで和室で雑魚寝していたあの朝、タカがなんとなく目を覚ますと、視界の片隅に何やら動くものが見えたという。
今いる和室と隣の洋室とを隔てたふすまに、白いものがはさまって、ヒラヒラと揺れている。
寝ぼけていたこともあり、はじめは紙切れか何かがはさまっていて、エアコンの風で揺れているのかと思った。
しかし、それが何かに気付いた瞬間、タカの眠気は一気に吹き飛んだという。
それは、白くて薄っぺらい人の手であった。
紙のようにぺしゃんこになった手がふすまから飛び出し、ヒラヒラと揺れているのだ。
これはまずいものを見てしまった。
そう思ったタカは私を起こさないようにそっと起きると、気持ちを落ち着かせるために台所でたばこを吸った。
目も冴えてしまった上、あれがあるかと思うとなかなか部屋に戻る気になれず、ずっと台所でたばこを吸い続けていたという。
「そう言うことは早く言ってよ! あれから半年もひとりで暮らしてるんだから!! もう怖くて家に帰れねえよ!!」
タカは引っ越したばかりの私に気を使い、ずっと黙っていたのだった。
翌日の深夜、私は、半年前に我が家でタカが見たという白い手の話を、Twitterに書き込んだ。
やり始めたばかりのTwitterはフォロワーも増えはじめていた時だったので、いいネタが出来た、くらいに思っていたのだった。
それから数日後。
偶然タカと高円寺駅前で出会うことがあった。
会うやいなや、タカは自分のiPhoneの画面を私に見せながらこう言った。
「つるさん、これ、何かわかりますか」
それはタカの通話履歴であった。
普通に人名や番号と並んでそこにあったのは、
「通知不可能」
という、見慣れない表示であった。
「非通知じゃなくて? こんなの見たことない」
「いや、まあこれはあり得ないものというわけではなくて、海外からの電話やSkypeでかかってきた電話がこう表示されることはあるらしいんですよ。それより、この電話がかかってきた時間を見てください」
「1月6日、3時23分。これが何?」
「この時間が何か。つるさん、今度は自分のTwitterを見てもらっていいですか」
そう言われた瞬間、まさかと背筋が凍りついた。
1月6日、3時23分。
それはまさに、私がタカから聞いた、数ヶ月前にタカがうちで見た白い手の話をTwitterに書き込んだ時間であった。
誰かがタカに電話をかけている。
まるで、「お前、しゃべったな」と言うかのように。
タカはこう続けた。
「俺、仕事中でこの電話取れなかったんですよ。でも、もし取っていたら…どうなったんでしょうね」