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高女(たかじょ)
はじめに
高女は遊郭の二階を覗いている妖怪である。
![](https://assets.st-note.com/img/1738216760-YMEzCBK3bIqk4rn1F8mXGouf.jpg)
石燕のこの絵には説明が無いため詳細は不明だが、高女とは男に相手にされなかった醜女が化けるものとされ、女郎屋などの二階を覗いて人を脅かすという説が一般的である。しかし、なぜこの妖怪は二階に伸び上がって、人を驚かすのだろうか?鳥山石燕の描く『画図百鬼夜行』の高女の姿とその場面より考えてみたいと思う。
前帯の意味
この絵をより詳しく読み解くと、まず高女は帯を前で結んでいる。これは「前帯」と呼ばれ、遊女、特に花魁に見られる結び方である。前帯は元々、既婚者の証であったが、帯が装飾品としての意味を強め、帯幅が太くなるにつれ、江戸中期には既婚者も後ろ結びへと変化していった。ただし、関西や地方では前帯の習慣が大正時代頃まで残っていたようだ。
さらに、高女は白装束を左前に着ている。これは死者の着付けであり、彼女が既にこの世の存在ではないことを示唆している。
お歯黒の意味
また、お歯黒をしていることからも、彼女が生前は吉原の遊女であった可能性が考えられる。喜田川守貞の『近世風俗史』によれば、吉原遊郭の遊女はお歯黒をするが、芸者や岡場所の遊女はお歯黒をしなかったとされる。ただし、関西では事情が異なり、「京坂は官許・非官許ともに、遊女・芸子ともに必ず歯を黒むるなり」と記されている。
大河ドラマ『べらぼう』に登場した吉原を囲む「お歯黒どぶ」も、遊女たちが使い終えたお歯黒を流していたことに由来する。
加えて、彼女は眉毛を剃っており、これは元服を迎えた年増の女性であることを示唆する。
前述の「前帯」にも年増や既婚者といった意味合いが含まれており、洒落本『遊客年々考』には「女郎も若きは気にいらず前帯(マヘオビ)こなすと自慢顔」とある。「若い遊女よりも、経験豊富な遊女の方が好まれ、そうした遊女自身もそれを誇りにしている」という意味だと思われるが、そう考えると、この高女もどこか誇らしげな表情をしているように見える。
「青海波」と乱れた履き物の意味
次に、場面に目を向けてみよう。
暖簾には「青海波」の模様が見て取れる。青海波は、穏やかな波が永遠に続くことから「平穏無事」や「繁栄」を象徴する吉祥紋である。また、雅楽の「青海波」は『源氏物語』「紅葉賀」の場面で、源氏が舞ったことで知られる。しかし、その後の源氏は、この舞の席に同席していた弘徽殿女御の策謀によって須磨へ追放される。青海波は、そうした運命の浮き沈みの暗喩であったのかもしれない。
高女が年増の元遊女であったことを踏まえると、青海波の象徴する「永遠」とは、永遠に続く(と錯覚してしまう)若さのことであり、波の浮き沈みと対比する形で、高女が描かれているのではないかと推測できる。
また、中央には脱ぎ捨てられた履き物が描かれている。
通常、遊郭では玄関で履き物を預かるため、二階に履き物があるのは不自然である。それにもかかわらず描かれている以上、何らかの意味があるはずだ。
一つの解釈として、乱れた履き物は遊女の風紀の乱れを暗示しているのではないか。それを覗き込む高女とは、つまり、「遊女としては死んでいる」存在であり、かつてはお歯黒を塗り、前帯を結び、遊女として生きていた「遣手婆」のことではないだろうか。
まとめ
遣手とは、遊女たちの指導役や監督役であり、かつて遊女であった者が務めることが多かったとされる。つまり、高女は遊女を「上がり」、二階で遊女たちを監視している存在として描かれているのではないかと考えられる。(了)