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「何か掛かった!」

ところで、僕がこの釣行のことを前回に続き長々と書き残したかったのには2つ理由があります。1つは初めてびめしが魚を釣った日だからですが、もう1つは、彼が今尚愛する、とある魚と初めて出会った日でもあるからです(と、少なくとも僕は認識しています)。

これから話すのは、その後者に関するエピソードです。

さて、びめしが無事快挙を成し遂げてくれたことで大いに救われた私でしたが、それきり魚のアタリはぱったりとなくなってしまいました。日もかなり傾き、夕暮れを迎えようという頃です。日が暮れてしまうとハゼはぱったり釣れなくなることを経験則で知っていた僕は、ここで賭けに出ることにしました。

周囲に目をやると、僕たちがいる場所から50mほど離れた場所で、疎らながら熟練のハゼ釣り師とみられる釣り人が何人か目に入りました。

「びめし、あれきり反応もないし少し移動しない?」
「ああ、いいですよ。行きましょう」

残りの時間、どうせやるならベテランの人がいそうな場所でやったほうがいい。何気ない提案でした。

ところで、2017年の9月は、僕の曖昧な記憶ではありますが、異例の猛暑を記録した2018、2019年ほどには気温も高くなく比較的過ごしやすい時期で、また例年よりも8月のような夏晴れの日が多かったように記憶しています。

そういうわけで、この日の夕暮れも朱みがかった薄桃色といいましょうか、紫陽花色の絵の具を溶かしたようなそれは美しいものでした。
雰囲気は本当にいい。さて、釣れるだろうか…

ベテランが数人立ちこんでいるゴロタ場(岩が転がっている磯のような場所)に到着し、僕が再開の準備を進めていると、びめしがおもむろに不思議なことを言い出しました。

「JBさん、ちょっとかばんに入ってるもの借りてもいいですか?」

「え?いいけど、ハゼの仕掛けの他には、パワーイソメ(虫エサを模した疑似餌)くらいしかないよ」

「それでちょっと試してみようと思って」

何を?と聞きそうになりましたが、なぜか口に出さないほうがいい気がして、黙って彼に鞄を差し出します。

彼が鞄から取り出して自分の釣り針につけたのは、僕が先ほど言及した通り、パワーイソメと呼ばれる虫エサを模した疑似餌です。

しかし、当然僕は今回ハゼ釣り用に生の虫エサを持ってきています。なんでわざわざ疑似餌に付け替えるなんて真似をするのでしょう?

疑問符が消えない中で、今度は彼はハゼ釣り仕掛けのウキを引っこ抜きました。これで、彼の仕掛けはガン玉(1g前後のおもり)、ハゼ針、パワーイソメという超軽量仕掛けになってしまいました。

「僕昔バス釣りやってたんですよ」

そう手短に言うと、早くも手慣れた様子で竿を振り、パワーイソメが着水して数秒経つとリールを止めることなく巻き始めました。
ここでようやく僕の思考回路が追いつきます。

「ああ、パワーイソメをルアーみたいに泳がせたかったのね」
「何かさっきから水面で跳ねてるじゃないですか。ルアーみたいにしたら釣れないかなと思って」

確かに、水面を定期的にパシャ、パシャと跳ねている魚はいます。ただこれはボラじゃなかろうか。無粋にもそんな疑念が頭をよぎります。

しかし。

「あ、かかった!小さいけど」

嘘だろう!?と思って彼の竿先を見つめると、小型ではあろうもののググン、と竿が絞り込まれているのがわかります。間違いない、魚です。

「なんだこれ、あっ外れた!」

ふっと竿先のテンションが抜け、魚が外れたのが見て取れます。が。

「あっまた掛かった!JBさんめっちゃこれ食ってきますよ」

僕は呆然としていました。ほぼ初めての釣りで、昔の記憶を種に自分なりの仕掛けを思いつくものなのか。しかも釣れるんだ、それで。

情報量に脳が追いつきませんでしたが、僕も急いで同じ仕掛けを作り海に投げ込みます。よく考えたら初釣行から彼にはかなり学ばせてもらったと思います。

ぽちゃん、と僕の仕掛けが静かな水面に落ち、彼の見よう見まねで静かにリールを巻いてみたところー

グン、ググン

確かに決して大きくはないものの、魚が食い込むのがわかりました。

「掛かった!」

「でしょ!めちゃ外れますけどね笑」

果たして彼の言う通り、確かに魚は頻繁に掛かるものの一向に釣りあげるには至りません。もどかしいながらも、2人とも一心不乱にキャストを続けます。

そして。日が沈む直前、びめしが一度だけ足元まで魚を寄せることに成功しました。

薄紫色の空をバックに、竿を曲げて真剣な表情で魚を寄せる彼の姿はどこか勇壮で、今も鮮明に覚えています。

「来た!もうちょい!これ何だ?」

バシャン

当時今ほど魚に詳しくなかった私も、この独特なジャンプ、もといエラ洗いをするこの魚のことは知っていました。

鱸。読みはスズキ。釣り人はこの魚のことをシーバスと呼びます。

「びめし!これシーバスだよ!」

しかし、あと3mというところで針が外れました。


結局、この日この魚を釣り上げるには至りませんでした。

が、びめしは大満足したようで、来週また行きましょうね!ハゼが釣れる日に!と満面の笑顔で帰っていきました。
僕も興奮冷めやらぬ思いで帰路につき、もうすっかり次のハゼのリベンジ釣行に頭を巡らせておりました。

これが2017年9月3日の釣行の顛末です。

そして、びめしが92cmのシーバスを手にする3年前の出来事でした。

つりったー初釣行編・完

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