【レポ】文楽人形の刀剣男士
前回紹介した、国立文楽劇場「夏休み文楽特別公演」ではPCブラウザ&スマホアプリゲーム「刀剣乱舞ーONLINEー」とコラボし文楽人形として刀剣男士の「小烏丸」が制作・展示された。
実はこれより以前に、同じくコラボ文楽人形として「小狐丸」も制作されていたので、比較しつつその特徴と技巧を紹介しよう。ちなみに、2体とも演目では利用されない。つまり展示だけに利用されている人形だ。
国立文楽劇場で上演された紅葉狩の演目についてはこちら
文楽人形「小狐丸」
最初にコラボの文楽人形として制作されたのは、令和3年4月文楽公演(2021年4月3日(土)~2021年4月25日(日)※)で上演された「小鍛冶」とゆかりの深い小狐丸であった。なお、展示の様子は筆者が確認した2022年7月17日のものである。
※4月25日の公演は中止
ちなみに、元のゲーム画像と見比べてほしい。立ち姿も再現されている。
透明感のある瞳は金箔で
さて、まずはかしら部分。”かしら”というのは文楽人形の頭の部分のことで、主遣いが手を胴部分に入れて操作をする。傾けたりする以外にも、特殊なものは目を閉じたり、一瞬で女から鬼に変貌する仕掛けが組まれているケースもある。
かしらには、演目によりさまざまな種類があり、分類だけでも80種というから驚きだ。
小狐丸は、「佐助」というかしらを利用。これは「春琴抄」の演目のために制作されたものだという。
しかし、文楽では通常目は黒い(当然だが)。小狐丸のような赤目は手作業での再現となる。澄んだ色味を出すために単純に赤を塗るのではなく、一度金箔を貼ってから赤を付けている。
また、すっきりした眉の形もゲーム原作のイラストに合わせて描かれた。口元の牙も銅板から切り出して制作したそうだ。
髪型は実際にない形を再現
文楽人形の髪型は実際の人間が髪を結うのと同じ方式で結われている。だから上演中に解いて振り乱したような動きが再現できるのだ。しかし、当然小狐丸のような髪型は存在しない。よって鬘も新規で作成された。
銅板を元に頭の形を作り、そこへシャグマ毛(ヤクの尾の毛)を2本の麻糸に束にして結びつけていく。それを銅板に縫い付け、形を整えて仕上げる。前髪の周辺は不自然にならないよう、ネットを張ってそこにシャグマ毛を植毛している。
衣装は布を染める所から
さて、文楽人形の胴体部分は腕が入るように空洞になっている。小狐丸の胸元周辺も綿を詰めた布地で再現されている。そこに、鬱金色の布地を水衣という形に仕立てて、片肌脱ぎで着付けるのだが、この色の生地がないので、染める所から行っているのには脱帽である。
ちなみに、水衣というのは能からやってきた衣装で「小鍛冶」の老翁や「勧進帳」の弁慶・義経が身につけるスタイルだ。
小手や腰の防具なども当然、一からの制作。光沢のある繻子を使って質感の違いが上手に再現されている。
※なんと初回の展示からよりクオリティを上げるため、2022年7月の展示では、袴の色を染め直し、防具類も作り直されている
太刀をリメイクして小狐丸に
小狐丸の佩く小狐丸(ややこしい)は、普段文楽で利用されている太刀の柄部分に房を付けるというリメイクで制作。
これまでのものを上手く活用して破綻なく作れるあたりは、さすが日本刀由来のキャラクターといったところである。
余談だが、草履部分も通常にはないデザインのため、編む所から作っていたそうだ。確かにちゃんと網目が細かく組まれていた。
細かい部分の仕上がりまで写真でお伝えしたいのだが、やはり目で見るに限る。次回展示があればぜひ肉眼で確認していただきたい。
また、文楽劇場側の配慮によるものか、初回の展示はガラスケース越しであったのに対して、2回目の今回はベルトパーテーションでエリアを区切るのみで反射もなく、非常に見やすい形になっている。
おかげで細かい部分、背中側の作りも確認が取れた。顔の部分にもスポットライトが当てられ、瞳の澄んだ状態がよりわかりやすいよう工夫されている。制作関係者の心遣いに感謝しきりである。
文楽人形「小烏丸」
さて、先述の小狐丸に続いて令和4年夏休み文楽特別公演の「紅葉狩」にちなんで制作されたのが、小烏丸の人形である。今回が初めての展示だ。
小烏丸は中性的な顔立ち、細くて小柄な割に足が長いため、通常の文楽人形ではあり得ない組み合わせが行われていることに注目してほしい。
水干の前布をピラっとさせるためにテグスを付けていただいたり、左手を持ち上げるためにわざわざ後ろの台座まで調整いただいて、小烏丸推しとして至福である。
瞳の煌めきは玉眼の技法
さて、まずはかしらの紹介からだ。小烏丸の中性的な顔立ちに合わせてなんとここでは10代の未婚女性に利用される「ねむりの娘」というかしらが利用された。
ねむり、といっても実際に寝た顔をしているのではない。瞼の開閉ができ、眠った顔や泣いている様子も表現できる仕掛けがあるかしらである。(個人的に寝た顔でも展示していただきたいと強く願う)
瞳部分は先ほど紹介した通り、黒い墨で描き込むのが基本。しかしながら小烏丸は黒曜石のようにキラキラと光る瞳のため、UVレジンを使って眼球が作られている。これは仏像などに見られる玉眼という技法の応用版。実際に見てみると非常に立体的で宝石のように輝いていた。
眉、目の下の刺青、瞼の朱色などは全て化粧を施している。上手くぼかされた赤色にも注目してほしい。
髪型には烏の羽も使用
こちらも独特の髪型をしているため、専用の鬘を制作している。ここで、見ていた一同が驚きの声を上げたのだが、この小烏丸、羽のように広がった後ろの髪の毛が本当に烏の羽でできていたのだ。
ベースの髪の毛は黒色のシャグマ毛。前髪部分は生え際がわかるので、植毛鬘としているそうだ。
観察してみると、ポニーテールのように結われた髷の先に烏の羽が混ぜ込まれ、大きな烏が飛び立つようなシルエットに整形されている。異素材を混ぜているのだから、そう簡単にはいかないだろうし、どのようにあの形をキープしているのか疑問は絶えないのだが、いずれにせよゲーム原作ではグレーの毛色をしている部分を文楽人形ならではのアレンジを加えて再現している点には舌を巻く。
体格を再現する難しさ
スラリとした体型、そして特徴的な鉤爪。これはいずれも通常の文楽人形ではあり得ないデザインをしている。
実は手足も役柄に応じて様々なものがあり、小烏丸には指先まで華麗に伸びるよう、女方の手である”もみじ手”が採用された。そこに別途制作した爪を合わせているということになる。
足の部分も独特だ。かしらと手が女性のものであるのに対し、足があるという時点で通常では見られない組み合わせとなる(女性の人形には足がなく、足遣いが腕の動きで表現するからだ)。
しかも、小烏丸は爪先立ちで太ももが見える衣装を着用しているため、スラリとした長い足を新たに彫るところからスタート。しかも通常の男役の最も大きい足の1.5倍の長さとなるのだから、その規格外さがわかるだろう。
衣装も当然染める所から
胴と言われる体の部分も、細身のためこれもベースから制作。肩の部分は乾燥させたヘチマで、木製の肩板と竹製の腰輪を繋いだ簡単な作りだそう。先ほど紹介した手足は、肩板から紐で繋ぎぶら下がるようになっている。それでもちゃんと自立しているように見えるのだから凄いものだ。
赤色の着物は貫八というそうで、薄手の羽二重。黒い水干の部分は黒繻子で、裏地の水色・白色・朱色のグラデーションは化繊の白羽二重を使って手作業で染められている。胸元や腰の打紐や袖の紐も同様に染めてある。
胸元や袖、太腿辺りにある梵天(ポンポン)もまとめた紐をカットして整えられていた。
波と炎のような袖のフリル部分は質感重視でポリエステルを採用したそうで、なるほど、ベースの赤の着物と印象がまた違っていて美しい。足元のふっくらしたシルエットを出すため、ドーナツ型の綿を込めているそうだが、これは文楽人形の指貫という衣装の表現にも使われており、古くから立体感を出すための工夫があったことが窺える。
それにしても、袖口のフリルが「波と炎のような」と表現されている辺り、設定資料集を確認されているのだろう。細かい部分まで見逃せないので、何度も何度も人形の周りをうろうろしてしまった筆者である。
装飾には造形作家も協力
小烏丸造の太刀、というのもなかなかあるものではない。ということで今回は再現性を重視して、手甲、太刀、太刀を佩く装飾をキャラクター造形作家の乾肇さんが協力。着付けと最終調整は文楽の小道具係で行ったそうだ。
各パーツ、それぞれの職人が担当し再現していることに感動する。展示のためだけということは関わりなく、しっかり文楽人形としての機能や手法を活かしながら作り上げられていた。
さいごに
とにもかくにも、規格外のゲームキャラを再現することを決めた関係者の皆様に心から敬意を表したい。可能ならばぜひ文楽劇場の中だけでなく、出張で様々な場所に展示していただきたいほどである。
今回の小狐丸、小烏丸の人形拵え(人形へ着付ける作業を行うこと)を担当した、吉田玉助さんによる紹介動画はこちら。
また、小烏丸の制作に関しては国立文楽劇場の公式ツイッターでも詳細な写真付きで紹介されているので必見である。
一体一体に込められた職人の想いもまた、一つの芸術作品だと筆者はしみじみ感じたコラボレーション企画であった。
参考
国立文楽劇場館内リーフレット
文楽人形版「刀剣男士 小狐丸」について
文楽人形版「刀剣男士 小烏丸」について
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