『東京カレンダー』の"脱都心化"をデータから可視化してみる
雑誌やウェブを中心に展開する『東京カレンダー』によって、「港区おじさん」や「港区女子」という言葉が一般的に知られるようになりました。一方、コロナ禍によって首都圏に住まう人々の行動や生活様式も小さくない影響を受けているはずです。今でも東京都心は、人々の心を変わらず掴んでいるのでしょうか?
このnoteでは、『東京カレンダー』WEB版で閲覧可能な2010年8月21日から2023年6月24日の19,653記事のタイトルと本文(無料閲覧可能範囲)のテキストデータを自然言語解析し、同誌に登場する東京や各地の地名がどのようの変遷してきたかを、プログラミング言語Pythonを使って可視化してみたいと思います。
まず全記事から国名も含む地名を抽出して出現頻度に応じたワードクラウドとして可視化してみましょう(日本、東京は除外してあります)。
なんと最も出現頻度の多い地名は、港区や港区内の「六本木」や「西麻布」ではなく、「銀座」(中央区)、「恵比寿」(渋谷区)でした。上位15地をみてみても、港区に属する地名は5つに留まります(下記太字)。
「新宿」が港区の麻布十番をおさえて14位なのは、やはり飲食店の総数が多いからでしょうか。「フランス」「イタリア」といった国名も出現頻度が多いのは、これらのジャンルのレストランを同誌が頻繁に紹介しているということかもしれません。
いずれにせよ、最も出現する地名が「銀座」という、東京屈指のトラッドな街だというのはちょっと意外ですね。
ではこうした地名は、時間軸でみるとどのような増減を示しているのでしょうか。
こちらは全期間を対象に、出現頻度上位100地の出現頻度合計回数の推移を積み上げ面積グラフで視覚化したものです。
どうやら2014年以前のデータには欠損している記事がが多数あると思われる分布となっています。現時点でWEBから確認できる最古の記事は2010年8月21日のものですが、その時期のすべての記事がアーカイブされているわけではないようです。そこで分析対象を、比較的データの欠損が少ないと思われる2014年12月以降に絞ってみましょう。ここからは国名を除外しています。
これは…おもしろい…!
まず読み取れるのは、同誌が「銀座」や「恵比寿」「港区」といった街やエリアの名を最も多用していたのは2017年前後で、その頻度はコロナ禍よりも前の2019年前後に減少に転じていたようである、ということですね。
そしてコロナ禍では地名の使用頻度そのものがピーク次の三分の一ほどの水準で低空飛行を続け、2022年9月の緊急事態措置解除後も、多くは上昇していないということです。
地名ごとの増減の推移がわかるように、折れ線グラフとして視覚化してみましょう。
なるほど…なんとダイナミックな変化…!
まず着目したいのは、地名そのものの出現頻度がピークだった2017年前後に高頻度で使われていた街の名前です。
「恵比寿」「銀座」「六本木」。恵比寿はデート需要の高い街といわれ、銀座や六本木には高価格帯の飲食店が多いイメージがあります。
SNS映えするいわゆるキラキラしたナイトライフは、こうした街の名とともに形成されていたのかもしれません。
この時期、同誌はYouTubeなどで「キラキラした東京」や「港区女子」「港区おじさん」といった表現を交えてドラマや映像を配信していたようです。
そんなキラキラした地名の出現頻度は2019年以降ぐっと少なくなります。これはコロナ禍突入よりも1年早いタイミングとなります。
その時期に突出して使われれていたのが「世田谷」と「ハワイ」です。
東京都心から、一転、ベッドタウン、そして海外へ。極端かいっ…!とツッコんでしまいそうですが、生活者の間に何が起こったのでしょうか。
内閣府が2019年1月にまとめた「日本経済2018-2019 -景気回復の持続性と今後の課題」という資料には、この時期の若年層の家計部門の構造変化について次のような記述をみつけることができます。
住宅費が重くのしかかり、純金融資産の平均値がマイナスとなり、交際費を節約するようになっていたわけです。
『東京カレンダー』が読者として想定している首都圏の人々は比較的豊かかもしれませんが、都心生活を謳歌しようと思えば住宅費も生活費も上がります。
2010年代末から、キラキラした港区的な生活は、人によってはあまり現実的ではなくなってきていたのかもしれません。
そして2020年、コロナ禍がやってきます。
この期間に目立って出現する地名は「恵比寿」「中目黒」しかありません。しかも恵比寿はかつてのピークよりずっと少ない。中目黒はオフィス街というよりは、住宅街寄りの飲食街といった地域です。
コロナ禍で人の移動が減り、都心のオフィスへ出社する人の数がぐっと減った時期ですから、このような変化があっても不思議ではありませんね。
では東京で緊急事態措置が解除された2022年9月以降はどうでしょうか。
ここにきて「港区」と「渋谷」が過去最高の出現回数を記録しますが、それ以外で数多く出現するのは「代々木上原」「神楽坂」といった、いままでとはちょっと違った違った街です。
そして「目黒」が、2023年5月に、今までのどの街の出現回数よりも多い、月間出現回数292回を記録するのです。
これは同誌が6月号で「目黒」を、続く7月号で「奥目黒」を特集したこと伴うものだと考えられます。
各号にはこんな表現があります。
キラキラした都心から、住宅地へ。
中心から、奥地へ。
…というわけですね。
2010年代に「港区」を象徴的な舞台として、きらびやかな東京都心型生活様式を提示してきた『東京カレンダー』の、この小さくないシフトは、一見人流が戻ってきたように感じる東京の、みえない地殻変動のサインなのかもしれません。
あるいはそれは、「銀座」「恵比寿」「西麻布」といった都心の街名がもっていた「ブランド力」の変容を物語っているかもしれません。
以上、徒然研究室でした。Twitterでもオープンデータとプログラミングで関心あることを分析してツイートしております。どうぞご贔屓に。
トップ画像の背景は画像生成AI Midjourneyで作成しました。『東京カレンダー』さんの表紙の雰囲気を再現するために、過去の表紙パターンを人力で研究したのですが、なんとなくそれっぽくみえるポイントがわかってきました。
またフォントもゴシックを貴重としながら、一文の中に明朝や右肩上がり手書きを混ぜたりと、色々工夫されているのですね。勉強になりました!
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