ファンダムがメディアになる日|藤井風さん「死ぬのがいいわ」世界的ヒットの分析から
藤井風さん「死ぬのがいいわ」の世界的なヒットの過程を分析して見えてきた「ファンダム」のもつ可能性について、考えたことを試論的に書き留めておきたいと思います。
タイを起点にインド米国にもチャートイン「死ぬのがいいわ」
今年9月に藤井風さんが2020年に発表された曲「死ぬのがいいわ」がどうやら海外で頻繁に聴かれているという報に接して以来、当研究室でもnoteやTwitterで、オープンデータを使って動向を分析・視覚化してきました。
そしてついに同曲は、SpotifyのインドのTop 200に初登場171位という形でチャートインし、その後もじわじわと順位を上げてきます。
インドと日本のチャートは大きく異なる
念の為に当研究室でも、SpotifyのインドにおけるデイリーチャートTop 200の全時系列データを取得し、過去のチャートイン楽曲を調べてみましたが、J-POPやJ-ROCKは見当たりませんでした。
そもそも両国の過去チャートの登場した楽曲の中で共有して出現するのは、総楽曲数8,104曲の7.8%にあたる、633曲しかありません。
ボリウッド映画の関連楽曲が根強い人気を誇るインドのチャートと、日本のチャートは、かなり違う。
そんな中で、藤井風さん「死ぬのがいいわ」はインドで初めてチャートインしたJ-POP楽曲と言って良いようです。これは画期的なことですね。
米国でチャートインする意味は果てしなく大きい
そして同曲は2022年11月6日、初登場160位という形で、米国Top 200へもチャートインを果たします。
この時点で、米国、インドをはじめSpotifyで同曲がチャートインしている地域での「順位と再生回数の関係」を視覚化してみました。
米国の160位の回数は既に他のどの国の回数も遥かに上回る規模となっています。このインパクトは、文化的にも、ビジネス的にも、限りなく大きいと言って良いと思います。
(2022年12月23日追記)
実際のところ2022年11月13日のSpotify各国チャートから、J-POPアーティストの再生回数を視覚化してみると、Top 200データから見る限り藤井風さんの楽曲は66%が海外からの再生となっており、他のアーティストさんと比較しても突出した状況となっていることがわかります。
この裏側では一体何が起きているのでしょうか。
日本語での検索量を上回る「shinunoga E-Wa」検索
まずは、この期間、YouTubeでの動画検索で藤井風さん関連のキーワードがどれくらい検索されてているのかを、Googleのデータから視覚化してみました。
非常に簡単な分析ですが、ここから色々なことが見えてきます。
まず国内の状況です。漢字の「藤井風」検索量は昨年の紅白歌合戦で大きく伸びましたが、そのピークは「紅白放送当日の大晦日」ではなく、「年明けの1月2日週」にあります。
藤井風さんはNHKでの紅白歌合戦の生放送中に最も検索された出演者と見られますが、年明けの検索量はそれを上回っています。
SNS等で出演シーンが話題になり、お正月になってタイムシフト視聴した人や見逃した人が盛んに検索を行ったと考えられます。
その紅白関連での「藤井風」動画検索のピークをわずかに上回ったのが今年10月9日週です。
これは新曲「grace」のリリースに関連した動画検索行動と思われますが、紅白という巨大な導線がない状態でそれに匹敵する検索量が生じたのはちょっと驚きです。
ところがその紅白やgrace関連の検索量をさらに上回っているのが、「shinunoga」による動画検索量なのです。
22年9月18日にピークを記録して以来、7割前後の高水準を維持しています。旧曲のローマ字曲名「shinunoga」検索量が、ローマ字や漢字での 「kaze fujii」「藤井風」検索量を凌駕しているわけですから、楽曲そのものの持つ、言語の壁を超えた強い魅力が窺い知れます。
10月に急増した「Shinunoga E-Wa」ツイート
次にアルファベット表記での曲名「Shinunoga E-Wa」が、世界のTwitterでどれくらいツイートされているのかを、Twitter WEB APIのデータから視覚化してみます。
ご覧のように、2022年8月半ばまでほとんどツイートが見られなかったのが、8月下旬に最初のスパイクが見られた後、じわじわ増加し、10月に入って1日あたり8,000件を超える日もあるような状態に急変します。
この急増期間である10月に、「Shinunoga E-Wa」関連のアルファベット語句を含むツイートが「何語で」ツイートされていたのか、Twitter WEB APIのデータから該当する全ツイート約70,795件を取得し分析してみました。
7割がフィリピンの公用語の一つ、タガログ語です。これは Spotifyフィリピンでの同曲の1日当たり再生回数が、15万再生と高い水準にあることとも符号するように思えます。
TwitterのAPIから得られるデータには 、ツイートの言語を示すlang という項目があります。
上記の構成比の計算にはそのデータを使っていますが、分析対象ツイートのテキスト本文をざっと見ると、langがタガログ語となっていても英語で書かれているもの多く、またプロフィール文にタイ語の記述のあるアカウントの方の投稿もタガログ語と判定されているケースもあるため、リツイートしている元のツイートの言語や地域、あるいはIPアドレスなどから言語もしくは地域を推定しているのかもしれません。
いずれにせよ、Shinunoga E-Waに言及するツイート数が急増した22年10月のツイートの多くは、日本以外の英語公用語圏や外国から投稿されていたと考えてよさそうです。
海外BTSファンダムのツイート影響力
では件数ではなくツイートの内容の方にはどんな特徴があったのでしょうか。
該当する全ツイートから1万件を無作為抽出し(7万件で行うと計算量が多くなってしまうため)、自然言語解析&頻出語上位30語を面積グラフとして視覚化してみました。(ツイートテキストの自然言語解析の解析器には英語用のものを使用しているので日本語がうまく抽出できいない部分があるとは思いますが、該当ツイート全体の約7万件の中で日本語は6.4%に過ぎないので、完全ではないにせよそれほど実態と遠くない結果ではないかと思います。)
BTSユンギさん(yoongi)やジョングクさん(jongkook)ジミンさん(jimin)など、BTSさんのメンバーの名前が上位に見えます。
左下に1,855件として現れているtumcoulrgxという文字列は、ツイートに添付されている動画のURLを示すももののようです。
例えばこんな形でShinunoga E-Waに関する投稿がなされ、無数のコメント、リツイート、いいねが付いているのを確認することができます。
このように、
「BTSさんのメンバーの動画にShinunoga E-Waの楽曲が重ねられた動画の、BTSさんのファンによる投稿」
が、フィリピンなどの英語圏から短期間に集中して大量にツイートされたと考えることができます。
ファンダムのネットワークを可視化してみる
(この項は2022年11月14日に加筆しました)
ちなみに上記で例示したBTSファンのTwitterユーザーの方と、その方がフォローしている同じくBTSファンの方のあるアカウント、これら二つのアカウントを起点にしたコミュニケーションのネットワークをPythonを用いて視覚化してみました。(漫画研究室さんのコードを参考にしています。感謝いたします。)
線で繋がっているアカウント同士は、フォロー/フォロワー関係だけでなく、直近一週間で何らかのやりとりがあった関係であることを示し、線の太さはその回数に対応します。
赤色と黄色に分かれた二つのコミュニティは、(「一対多」や「数珠繋ぎ」構造ではなく)「多対多」としてそれぞれ内部で相互に緊密なやりとりがあり、かつ両者を繋ぐハブのようなアカウントも存在することがわかります。
そしてプロフ画像やプロフィールからかなりの割合がいわゆる専用垢のような、BTSさんの情報受発信に特化したアカウントと思われます。こうしうた濃密なネットワークでは、1箇所から発信された情報が瞬時にコミュニティ内外に広がると考えられます。
そして外側に広がっている、エッジ(線)を持たない無数の、双方向のやりとりはないけれど情報はウォッチしたりシェアしているようなフォロワーアカウントにも伝播していくわけです。
このような構造がファンダムにあるすれば、「Shinunoga E-Wa」を含んだ大量のツイートは、まずは国境を超えて各国に無数に分布するのBTSさんのファンのコミュニティ間での「Shinunoga E-Wa」という楽曲の短期間での認知拡大に寄与し、そして次には、タイムライン上に上がってきたりして直接BTSさんのファンではないユーザーの方々が楽曲に触れる機会を提供したはずです。
つまり、
「BTSさんのファンダムによるツイートの集合体が、藤井風さんの『死ぬのがいいわ』という楽曲の認知拡大を担う『広告装置』のような役割を果たした』
というふうに考えることができるわけです。
なお11月に入って、BTSさんのユンギ(SUGA)さん自らが藤井風さん「死ぬのがいいわ」へのオマージュとも取れる画像を公開して話題になりましたが、上記で分析対象としたのはそれ以前の10月のデータです。
この画像が大いに話題になる前に、既にBTSさんのファンダムの行動によって藤井風さんの認知は高まっていたと考えられます。
※2022年12月5日追記
その後、「日本語以外のツイート」における ”Shinunoga EWa", "Fujii Kaze"を含むツイート件数の推移を視覚化してみました。 上記で分析した10月上旬のスパイク以上の急増が11月6日にあったようです。
この日のツイートデータを調べると、下記のBTS News & Updates⁷による投稿の影響が大きようです。
やはりBTSさんのファンダムの情報発信力には小さくないものがありますね。
(2023年2月20日追記)
TikTokにおける藤井風さん関連のハッシュタグ人気の推移を国別に視覚化してみました。
#shinunogaewa ハッシュタグはタイから火がついて、時間差で次から次へと他国へ波及している様子がみてとれます。
一方、22年末から23年1月にかけてタイで急増した #matsuri ハッシュタグは、他国への波及がやや遅れており、タイでもピークアウト局面に入っています。
アーティスト名を示す #fujiikaze ハッシュタグに着目してみると、その人気は #shinunogaewa よりもタイで遥かに多くなっている一方、他国ではそれほど高くなっていません。
この差についてはいろいろなことが考えられますが、一つには、#shinunogaewa を含む投稿においては、藤井風さん「以外」のキャラクターやアーティストさんなどの動画や画像と組み合わせた投稿が多く見られた…つまり「元々藤井風さんファンではなかった多くの人々」によって投稿されていたと考えられるのに対して、#matsuri では「既に藤井風さんファンである人々」によって投稿されていた可能性が考えられます。
Twitterで、藤井風さんファンでもあるかるはぜさんから次のようなコメントを寄せていただきました。
このことから導かれる一つの仮説は、TikTokにおいて、あるハッシュタグが関心や言語の壁を越えて広がるためには、逆説的なことに「コアファン以外」の方々の関与が重要である、という可能性です。
あるいは、ファンダムの周縁に位置し、ファン以外のユーザーとも繋がっている「ゆるやかなファン」が関与している必要がある。
コアファンの中心にいるようなユーザーのフォロワーの多くが、「既にそのアーティストのファンである人ばかり」で占められていれば、そのネットワークのある種の密度は高いかも知れないけれど、そこを流通する情報は外界に出にくい、ということなのかもしれません。
そこでは、本来直接関係ない複数の曲や動画を組み合わせて新しい作品を作るマッシュアップのような手法が、情報の伝播に小さくない役割を担うと考えられます。(追記おわり)
ファンダムが他アーティストの認知拡大にも寄与する可能性
ファンダムというと「特定のアーティストさんと、それを愛好するファン集団」という関係がイメージされますが、今回の分析結果は、
ファンダムの行動は「他のアーティストの認知拡大」にも何かしらの影響を及ぼす発信媒体のような存在になっている、
という可能性を示しています。
そのような構造が生まれているとして、その存在をマネジメントサイドから見れば、所属アーティストの認知を広めるためには、画像や動画、楽曲の「ファンダムの創意による使用」を柔軟に、動的に管理することが非常に重要になっている時代である、と言うことができます。
消えた高視聴率音楽番組
かつての日本では、新人アーティストや新曲の認知拡大の最大の経路は、国内にNHK含めて5〜6局しかないキー局が制作・放送する音楽番組でした。
ビデオリサーチさんが集計している、レギュラー音楽番組の高世帯視聴率番組の上位記録を見てみると、
など、その多くが80年代の記録で占められています。
現在も続くミュージックステーションですら、視聴率ピークは1999年となっており、2010年代、2020年代の番組はひとつも入っていません。
(2023年2月20日追記)次の図はビデオリサーチさんが公開されている、音楽番組の高世帯視聴率記録ランキングを参考に当研究室が作成したものです。(ビデオリサーチさんはデータの転載を容認していないため、番組名や視聴率の値は表記せず、参考概念図として描画しています。データそのものについてはリンク先をご覧ください。)
右端の孤立したグレーのマーカーが、参考としてプロットした「今回の紅白」だと考えてください。
そしてピンクとブルーのマーカーが、スペシャルの音楽番組、レギュラーの音楽番組の、高世帯視聴率記録を示すものです。グラフ中に薄い紫のバンドで示しているように、ほぼ全ての記録が1980年代前後と1990年代後半付近に作られています。2002年以降には20年間、一つもありません。
この背景には、各音楽番組や出演者の人気というよりも、ネットやスマホといったメディア環境の変化や、CD売り上げの減少、少子高齢化といった人口動態など複数のファクターがあると考えられます。(追記終わり)
現代はかつて地上波の音楽番組が持っていた強大な認知拡大経路に頼ることが難しい時代なのです。
(海外はといえば、例えば米国は地上無料放送のTVチャンネルが30〜40チャンネル近くあるとされる多チャンネル環境なので、1チャンネルあたりの認知獲得力は日本より低く、そこにインターネットの隆盛が加わると「誰もが観ている音楽番組」の成立がさらに難しくなります。)
ではTVの音楽番組に頼らずに自前の手段で認知拡大を図れるかと言えば、それもなかなか難しい。
自前で大きなプロモーション予算を持つアーティストさんはほとんどいないと思われます。
BE:FIRSTさんなどが所属するマネジメント/レーベル「BMSG」代表取締役CEOを務めるSKY-HIこと日高光啓さんなどが登壇されたイベントでは、MVの制作予算の目安が提示されています。
それによれば一般的なMVの制作費は100~500万円とされています。
これは15秒TVCMのような映像作品の予算から比べると非常に限定的なものです。
結果的に、作ったMVの認知を拡大するための広告宣伝費用はほとんど取れないのではないでしょうか。
ファンダム活動が一つの「メディア」になる時代
毎週放送され最高で世帯視聴率42%を得ていたザ・ベストテンのような強力な認知経路はもう存在しなくなって無くなって久しい。
かといって自前の予算で認知拡大を図ることも簡単ではない。
そんな時代にファンダムは、消費者、支援者であるのに留まらず、その自発的な活動自体の集合体が「メディア」のような側面を持ち始めているのかもしれません。
そしてBTSさん以外のファンダムにおいてもそのような側面が多かれ少なかれあり、それはこれから強まりこそすれ弱まるものでは無いように思われます。
したがってアーティストサイドも、動画や音声素材の管理を柔軟にしたり、時には積極的に創作や発信の機会を提供することによって、そのファンダム活動を促進するようなマネジメントが求められているのではないでしょうか。
2年前に発表されたアルバムに収録された旧曲で、アニメーション作品の主題歌でもなく、シティポップにもカテゴライズされていない楽曲が、ここまで世界各国で同時多発的に聴かれていることに本当に驚きます。
一方で今回の分析からは、従来からの国内の藤井風さんファンの方々や、新たにファンになった海外の藤井風さんファンの方々の英語によるSNS等での発信活動に加え、フィリピンをはじめとした英語圏に存在するBTSさんのファンダムによる行動が、「死ぬのがいいわ」の海外での認知拡大に寄与した可能性が見えてきました。
もちろんこうした変化の過程で、ファンダムが国境を越えて拡がることに伴う法的、文化的な摩擦や問題が持ち上がると考えられますが、アーティスト、レーベル、ファン、プラットフォーマーなどが相互に協力して解決していくべきものかと思います。
私たちはもしかしたら、10年前には誰も想像していなかった未来の出現を砂かぶりで目撃しているのかもしれません。
ワクワクしますね…!それでは聴いてください、藤井風さんで「死ぬのがいいわ」。
以上、徒然研究室でした。
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