今の"適切"は、未来の"不適切"
新しい年度がスタートした。今朝の電車内には、スーツ姿の若い人たちも目立っていた。「ウチの会社ってさ…」とか、「やっぱり早めに海外出たいよな」など、聞こえてくる声も、就活時代の第三者モードや忖度モードとは違う、前向きな当事者感ある声が聞こえてきて気持ちいい。満員電車内での立ち居振る舞いは早めに身につけてほしいが、会社内での立ち居振る舞い方は、今を忘れずに続けてほしいものだ。
「同級生」という同時代感覚
そんな四月始まりの時間区分の単位というのは、学校の暦がそれであるため、同じ人生ステージを同じ時代に過ごした仲間意識の時間区分の単位となっている。同級生、同期生とは、同じ政治、経済、文化の風を、同じ時代に受けとり、順応し、時には抗い、同じ空気を吸い込んで育ってきた同時代感覚の単位だ。
「世代」と言われると、そんな前後の年代と一括りにされたくないとか、上から目線で括られたくないという反発が立ち上ってしまう。けれど、同級生は、括られても違和感がないどころか、空間を隔てた相手であっても仲間意識が芽生えるから不思議だ。
そこで、我が同級生生活文化史を辿ってみた。すると、昭和34年生まれ(令和天皇と同級生)の私は、じつは激動の時代を生きてきたのかもしれないと改めて気付いた。
黒電話に始まるテレ・コミュニケーション生活史
たとえば、テレ・コミュニケーションのツールという観点で見てみても、激動の六〇年間を振り返ることができる。私の幼少期、昭和三〇年代の記憶では、電話はまだまだ全世帯に普及していなかった。「呼び出し」と言って、電話機を早々に設置した家庭や、近くの商店の電話を、近所で(いまどきに言えば)シェアして使っている情景が、幼児期の記憶の中にある。急ぎの連絡は、「呼出番号」として登録された電話に架電され、電話の持ち主が、呼びに来てくれるというわけだ。東京郊外でも、それが成立していたわけで、現在の地域コミュニティの生活感覚からは想像できない世界だろう。
そういう黒電話の存在だから、普及が進んでいく中でも、各家庭の玄関脇に、電話台という専用家具の上に鎮座し、さらに白いレース編みのカバーなどで覆われていたことも憶えている。もちろん、電話コミュニケーションのプライバシーなどというものはあり得ず、たいてい、来客を迎えに玄関に出る一家の主婦と同様に、電話に出る主役も、妻、母親たちであることが多く、そういう時代に青春を過ごした私たち同級生は、電話をしたい相手とつながり、話すのには、とても苦労の多いコミュニケーションでもあった。
たった数十年間で10以上のテレコムツールが切り替わる
そういう時代から、デジタル回線のプッシュホン、そして若者たちの間に流行したポケベル、そしてPHSから始まった携帯電話、電話回線を使ったモデムによるインターネット通信、常時接続のインターネット、スマホ、SNSと、たかだか数十年間、生まれてからここまでの間に、ここに挙げただけでもデバイスの種類と利用法だけで一〇以上のプロセスを使いこなしながら辿ってきたことになる。一生涯の中で、これだけ多くのコミュニケーションツールを乗り換えて使ってきたのは、大袈裟かもしれないが、我が同級生集団は、人類史上でも希有な存在かもしれない。
そんな中でも、発狂もせずに新たなテレコミのテクノロジーを使いこなし、それから生まれる社会規範や価値観の劇的な転換の波頭を、なんとか渡ってきたわけだ。今日の常識、今日の先端は、明日の非常識、明日の化石みたいなものだ。いつも「こんなはずじゃなかった!」を繰り返してきた同級生たちである。
昭和と令和の価値間の「不適切」と「適切」
それで思い出すのが、つい先日まで放送されていたドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)だ。簡単に言えば、令和と昭和の間をタイムトリップする往還コメディだが、常に、同じ時期に同じテレビドラマ観て育ってきた我々"同級生"にとって、自分たちの人生仕上げ期を、これほど痛快に腹を抱えて笑えるドラマは無かった。
まさに、ボクらは、日々この令和的かつグローバル価値観というやつで打ちのめされ、相哀れんでいる。けれど、決して自分たちの人生前半を否定してはいない。「けつバット」、「連帯責任」、「罵詈雑言」、どれも血肉になったと信じて疑っていない。
脚本は、あの宮藤官九郎氏だが、彼は一九七〇年生まれであり、ボクら同級生とは、ほぼ一回り違う年齢だ。にもかかわらず、なぜあの微妙なニュアンスの設定、台詞が出てくるのだろう?キョンキョンを往還の出入り口に使う、「カセットテープはメタルでなきゃね」なんていう、さりげないセリフ、それら一つひとつが、「それそれそれだよ!」という同級生の生活史感覚だ。
そして、まさにドラマのとおり、この昭和と令和をビジネスっぽくFrom-Toで一覧表にするならば、とんでもなく規範や価値観の大逆転が起こっているのがよくわかる。それに適応してきた自分は、すごいのか、情けないのかさえ、よくわからなくなる。そのくらいに、規範や価値観の変化の振り子は、その周期を加速している。すぐ先には、タイムトリップバスに乗らなくても、普通にバスに乗ったら未来に着く時が近づいているのかもしれない。
スイッチ加速度が増し行く未来
進学、恋愛、結婚、就職、介護、葬儀、多くの社会文化的な通過儀礼において、ちょっと前には誰もが荒唐無稽と感じていたことが、ちょっと先には常識になる。ちょっと前にはマジョリティだった人たちが、ちょっと先にはマイノリティになる。そういう規範や価値観のスイッチングの加速は増すばかりだ。
そういう世界の中にいても、今を生きている私たちは、この周期の未来への加速を少なめに見誤りがちだ。今の速度の持続、あるいは、最近では減衰を考えがちだからだ。未来へは、想定しづらい、想定したくもない加速度をつけて考えることが必要なのだ。
賢そうで冷静にものごとを考えているように見える人ほど、変化の加速度を甘く見ていることが多いと感じる。一方、煽動的に激変を語って注目を集めようとする評論家も少なくない。では、どうすればよいのか?
賢明な読者のみなさんは既に気がついていることだろう。SINIC理論のようなビッグヒストリーを俯瞰して、円環的な振り子の行方を参考にすることは、大きな参考になるはずだ。もちろん、それが確実な未来であるとは言えない。しかし、ここ最近の、私たち同級生が生まれてから今までの科学・技術・社会の円環的発展のプロセスと発展速度は、まさにそのとおりだったことを証言できる。
だとすると、私たち同級生の老後は、遊動の生活に向かうのかもしれない。どうりで最近、ここちより場所を求めて歩き回っているようだ。
ヒューマンルネッサンス研究所
エグゼクティブ・フェロー 中間 真一
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