見出し画像

『人類冬眠計画』、それはユートピアでもディストピアでもない。「人工冬眠」という現実の科学技術研究であり未来創造テーマだ。

 この本のタイトルを見て、多くの人は「SF小説なんだ」と思うだろう。しかし、岩波科学ライブラリーのシリーズの一冊であり、空想ではない、サイエンスの書だ。冬眠研究者の著者である砂川さんは、理化学研究所で冬眠生物学研究チームのリーダーであると共に、今もなお臨床の医師として医療現場の最前線にも身を置いている。彼の冬眠研究の動機、そして未来の人類への意味、自然社会以降の少し先の未来を考える深い思考実験ができる書だ。

著者、砂川玄志郎さんとの出会い

HRI らせんの会(中央 砂川玄志郎さん)

 私が砂川さんに出会ったのは偶然だった。NPO法人ミラツクのフォーラム冒頭のアイスブレイクで、たまたま隣りの席に座っていた彼と挨拶を交わし、「人の冬眠」の研究者であることを知った。たかだか数分間のやりとりだったと思うが、彼はそこで小児救急医療の臨床現場での「もう少しでも時間があれば助かったのではないか」という思いと、そのために人工冬眠をSFの空想でなく、技術化する可能性を追求しているということを静かに、しかし実感を込めて語ってくれたのがとても印象的だった。

タイムトリップとは違う科学研究

 人の人工冬眠については、これまでも「2001年宇宙の旅」や「夏への扉」、最近の大作としては中国のSF作家である劉慈欣による「三体」など多くのタイムトリップ(時間の移動)物語としてあった。日本の「浦島太郎」も、ある種その一つかもしれない。どれも、人間が自在に時間を拡張したり、コントロールしたりする、地球圏の外側に人類が移動するのとも組み合わされることが多い空想物語だ。
 しかし、砂川さんの研究動機は、これまでのSF小説や映画の世界を現実にしてやろうという短絡的動機ではない。あくまでも、救えるかもしれない「生命(いのち)」のためである。これは、未来の人類の死生観にも通じていくような気がする。そして、これまでの「自然」に加えて、テクノロジーも生態系の中に埋め込まれて考える必要が生じるであろう「自然社会」の重要なテクノロジーテーマとしても位置づけられると、SINIC理論研究の立場からは思いを馳せてしまう。
 その具現化のためにために彼は睡眠研究や体内時計の研究から着手して、マウスを用いた睡眠状態の測定法の開発や冬眠誘導の研究を続けて、2020年には人工冬眠研究がフィクションではなくなる実現性を示す画期的な研究成果の発表に至った。その結果、医療応用を視野に入れた人工冬眠の実現を目指し、2022年には理研に「冬眠生物学研究チーム」が新設され、彼がチームリーダーを担っている。まだマウスでの実験段階ではあるものの、これまでフィクションとしか描かれてこなかった人の冬眠は、着実にサイエンスの世界で現実化に向かい始めている。

「時間」と「生命」、人と社会の未来

 先日、砂川さんをゲストに、これからの人類の未来、自然社会以降の人間を考えるための研究会「らせんの会」を開いた。未来の人の「生命(いのち)」を、「自然」という概念の進化発展のもとに、どのように考えたらよいのかを議論することを目論んだ会だ。
 その場には、医師、哲学者、イノベーション学者、科学技術社会論や人と機械のインタラクションの研究者など、様々な目線から「人工冬眠」の実現する未来社会を考えられる面々が集まり、議論は延々(いつものことながら)5時間超となり、多くの未来論点が飛び交った。
 その詳細や結果は、またヒューマンルネッサンス研究所から発信したいと思うが、この書籍紹介コラムには、私が最も大きな論点と感じたところだけを忘れないためにも記しておきたい。それは「時間の自律的コントロール」、または「時間尺度の自然(じねん)的変化」という問題だ。この問題に関して、私の頭の中は、まだまだ落ち着きを得られていない。攪拌されてカオスの状態が続いている。やや大袈裟かもしれないが、この技術によって、地球上の全人類が同じ時間尺度を用いて生産効率を上げてきた近代の終焉を宣言するのかもしれない。そのくらい大きく、広く、深いと察知している。
 みなさんも、ぜひ本書を読んで、未来への生死のはざまが変わる社会を考えてみてはどうだろうか?そういう未来談義の広がりを目論みたい。

ヒューマンルネッサンス研究所
エグゼクティブ・フェロー 中間 真一


いいなと思ったら応援しよう!