映像シナリオ、リーディング(30分)「センチメンタル・ジャーニー」
【あらすじ】
生粋の京都人である女将のもとに、アメリカからとある日本人の老人が客として訪れる。その男は、半世紀も前に女将と別れたひととよく似ていて…。
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【登場人物】
麻井美也子 (70)旬菜「六味」女主人
小出守(23)大学院修士2年生。「六味」の学生アルバイト
男X (75前後か)アメリカから一時帰国した男
麻井徳三(当時50)美也子の父
麻井登美子(当時47)美也子の母
麻井千鶴子(当時4歳)美也子の娘
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○京都・全景(夕)
夕焼けに清水寺が黒い影となっている。
○押小路御幸町
ポツポツと軒先に灯りが点っている。奥に「六味」と書かれた看板が見える。
○六味・外観
入口に「準備中」の看板が下がっている。
○六味・店内
麻井美也子(70)、小出守(23)と開店の準備をしている。
美也子「どないしょ。今日もお客さん歩いたらへんで」
小出「残業ですか」
美也子「どこも景気悪いからな。(新聞を広げ)あ、また中国の人日本に怒ってはるえ。『ええ加減にしよし!』いうて。またじじくさい世の中なってきたわ。あんたお味噌汁忘れてたわ」
小出、奥のお座敷にある冷蔵庫を開ける。
小出「あとちょっとですね」
美也子「ほな、あんた途中でスーパーでも行ってきよし。かまへん、どうせ暇やし」
小出「同じやつでいいですか」
美也子「なんでもかまへん。どうせ、うちのお客さんわからへん」
小出「はい」
小出、味噌を渡す。
美也子「あ、ちょっとあんた」
小 出「え」
美也子、小出の腕をつかんで、
美也子「あらどないしょ、うち長いことあんたとおって気いつかんかったわ」
小出「何がです?」
美也子「指や。左手の親指。別れた旦那といっしょ」
小出「旦那さんて、アメリカに行ったまま帰ってこなくなったっていう」
美也子「せや。うちの旦那、学生時分から、お医者さんの勉強しながらギターしとってな。親指が短うて、よう三味線のバチやいうてからかわれとったんや」
小出「へえ」
美也子「あ。あんたそこにCDあるやろ。それ。かけてみよし」
小出「はい」
小出、CDラックからCDを取出し、コンポに挿入。
店内に「センチメンタル・ジャーニー」が流れる。
しばらく聞き入る二人。
美也子「うちの人、この曲が大好きやったんえ。うちが『センチメンタル・ジャーニー』言うたらあの人、美也ちゃん発音が違う。『セナメナ・ジャーニー』や言うて」
小出「セナメナ・ジャーニー」
美也子「本場はこういうんやて。なんやキザなこという人や思たわ」
小出「それっておかみさんがいくつくらいのときですか?」
美也子「うちが20かなんかのときや。ほんでそれからしばらくしてあの人、原爆の調査が認められたかなんかで、米軍に向こうのサンアントニオいう町の研究所に連れてかれてしもて」
小出「サンアントニオ、ですか」
美也子、お座敷のローン・スターのペナントを示す。
美也子「テキサスや。あれうちの親戚がテキサス行った時、土産にこうてきたんや。土産持ってくるくらいなら連れて帰りよし、言うて怒ったんやけど」
小出「今頃どうされてるんでしょうね」
美也子「さあ、もう何十年やからな。うちと同じでしわくちゃなっとんちゃうかな。道でおうてもお互いわからんで」
小出「はあ…」
と、小出、玄関から外に出て、表の看板を営業中にして、戻ってくる。
美也子、音楽に合わせて味噌を溶かしている。
美也子「ふふふふーん」
しばらくして曲終わる。
と、玄関が開く。
きれいに着こなした老人男性(男X)が一人入ってくる。
美也子「いらっしゃい」
男X、カウンターに着席する。
美也子「何にします?」
男X「とりあえず、ビールをください」
美也子「はい」
男X、店内を眺め回す。
男X「ふー……」
美也子、おしぼりで手を拭く男Xをご機嫌な様子で見ている。
美也子「(小出に小声で)……エライ気取った人入ってきはったえ」
小出「?」
小出、どこが気取ってるのかわからない、といった様子で冷蔵庫からビールを出す。
○六味・外観(夜)
入口に「営業中」の看板が下がっている。
すっかり辺りは暗くなっている。
○六味・店内(夜)
食事が一通りテーブルに出されている。
男X、味噌汁のお椀を手に、
男X「あー美味しいなあ。こんなに美味しいお味噌汁飲むのいつ以来だろう」
美也子「(小声で)あの人、年の割にイケメンやな。いくつやろか」
小出「聞いてみましょか」
美也子「やめよし、あんたそんな唐突な」
小出「はは」
男X「おかみさん、このお味噌汁、おいしいですね」
美也子「あらえらい嬉しいこと言うてくれるわ。ここのお味噌ね。その辺のスーパーにある安もんと違いますえ。味噌いうても京都の味噌ですから、西京味噌いいまして、水から何からみな拘ってますんえ、いやお客さんお目が高いわ」
男X「そうですか。うん、おいしい」
小出、バツの悪そうな顔。
と、男Xの方を見て何かに気づく。
小出、男Xと自分の親指を見比べる。
美也子「あんた何してんやさっきから」
小出、男Xのお椀の方をそれとなく示す。
美也子「え? なんやの。やからお味噌の説明したんやないの。え?」
小出「三味線のバチ」
美也子「は? あんた何をわけのわからん……」
美也子、男Xのお味噌汁をつかんだ指を見る。
小出と同じ指の形をしている。
美也子「あ…」
美也子、小出、顔を見合わせる。
○(日替わり)六味・外観
入口に「誠に勝手ながら本日臨時休業いたします」
と書かれた張り紙が貼ってある。
○四条烏丸・交差点
美也子、時計を見て時間を気にしている。
気ぜわな様子であちこちを見回している。
と、手にしていたカバンから古びた手のひらサイズの布製の女の子の形をした人形を出す。
○(回想)六味・店内・(夜)
人形を手にしている小出。
美也子「アメリカに行く前に、うちの旦那が娘に買うたんや」
小出「娘さんには、今回のことは言ったんですか?」
美也子「ええ年して会わんとき!て」
小出「え」
美也子「向こうかてもうお母ちゃんがおもてる人と違う。お母ちゃんはいつまで経っても夢見る夢子や、いうて」
小出「……」
美也子「そんなこと言うたかて。向こうから誘ってきたんやから。それにあの子も腹の底では会いたいおもてるに違いないわ。せやからうちにこの人形渡したんや。なあ」
小出「まあ……」
美也子「あんたどう思う。いざとなったらこの人形出して驚かしてみよ思うんやけど」
小出「そうだとしても、もう何十年も前なんですよね?覚えてますかね」
美也子「万が一や、万が一」
小 出「はあ……」
小出、人形に目を落とす。
人形はつぶらな瞳をして笑っている。
○(回想戻り)四条烏丸・交差点
人形を見ている美也子。
とそこへ男Xが来る。
男X「お待たせしました」
美也子「待ったやなんて。うちも今来たとこですえ」
あわてて人形をしまう美也子。
男X「そうですか。じゃあ、行きましょう」
○京都市バス・車内
バスの後部最座席に美也子と男Xが座っている。
美也子「えらいいいお天気ですね」
男X「ええ。(と窓の外を見る)」
美也子「そないもの珍しいですか?」
男X「ええ……」
男X、窓のそとをしげしげ眺める。
通りには七夕の笹が見える。
男X「(ぼんやりと)七夕、か……」
しばし、沈黙。
美也子「どこか行きたいところあったら遠慮せんと言うて下さいね」
男X「ええ……。いや、もうこうしてるだけで十分…」
美也子「あらこの人おかしなこと言いはる。こうしてはるだけやったらバスに乗って一日その辺グルグル回るだけでっせ」
男 X「(感慨深げに)うん。いやあ、本当に……」
美也子「もう、好きにしよし」
二人、笑う。
と、男X、さりげなく鼻を触る。
美也子、男Xの短い親指を見ている。
○知恩院・外観
観光客でにぎわっている。
○知恩院・境内
お賽銭を入れる順番待ちをする二人。
男X「いいのかな。ぼくは神も仏も信じてないんだけど」
美也子「あら、ほな死んだらどこ行きはりますのん?」
男X「太平洋に遺骨をばらまいてもらうことにしています」
美也子「太平洋? またそないなキザなこと」
男X「キザかな」
美也子「キザですえ」
男X「そうか、キザか。ふふ」
順番が回ってくる。
お賽銭を投げ込み、手を合わせる二人。
○(回想)美也子の実家
若かりし頃の美也子(当時22歳)、父の徳三(当時50歳)と向かい合っている。それを母の登美子(当時47歳)が険しい表情で見守っている。
美也子「なんでや、お父ちゃんそれは話違うやないの」
徳三「あかん。実の娘をそんな危険な所はようやらん」
美也子「何が危険やの。後追わせてくれるいう話やったやないの。ねえ、お母ちゃん」
登美子「美也子、千鶴子が大きなってからでもええやないの」
美也子「お母ちゃんまで」
徳三「とにかくお前を今あんなところにやるにはいかん。親として絶対に譲れん」
美也子「もうええ。お父ちゃんなんかもう知らん」
と、部屋を出ようとする美也子。
ふすまを開けると、千鶴子(当時4歳)が人形を持って立っている。
美也子「千鶴子……」
美也子、千鶴子を抱きしめる。
○(回想戻って)知恩院・境内
男X「美也子さん」
美也子「え?」
賽銭箱から少し離れたところに外国人カップルが立っている。
男X、美也子に走って近寄る。
男X「南禅寺へは何番のバスに乗ればいいかわかりますか?」
美也子「南禅寺ですか?」
美也子、バス停の表を見て、
美也子「23番に乗ればよろしおす。」
男X「Uh,The Twenty there bus takes you Nanzenji,OK?」
外国人「Yeah!Thanks a lot」
男X「You are welcome」
二人のやりとりを呆然と見ている美也子。
○祇園・喫茶店
二人、席についている。
美也子「英語、お上手なんですね」
男X「向こうが長かったもので」
美也子「向こうって、やっぱりアメリカですか?」
男X「やっぱり?」
美也子「いえ、女の勘です」
男X「はあ」
二人のもとにぜんざいが運ばれてくる。
美也子「わあ。見てくださいおいしそう。うちぜんざい大好物ですねん」
男X「よかったらぼくの分も」
と、男X、自分のぜんざいを差し出す、
美也子「あれ、甘いもの好きやったのと違いますか?」
男X「え?……僕そんなこと言いましたか?」
美也子「(焦って)いえ。あ、ほな遠慮なく」
男X、怪訝な表情。
不意に訪れる沈黙。
男Xの目線の先、ウィンドウの外で両親に連れられた5歳くらいの子供が手を振っている。
美也子「あら、かわいらしい」
男X「美也子さんはお孫さんはいらっしゃいますか」
美也子「ええ、大きいのが2人。なんやHIPHOPやいうてワーワーやってますわ」
男X「そうですか。そうか、へえ……」
男X、ぜんざいを食べる美也子を見ながら深々うなづく。
○三年坂
観光客でにぎわう中を歩いている美也子と男X。
と、突然男X、とある土産物屋の前で立ち止まる。
店内はお菓子や人形、かんざしなどが並んでいる。
と、男X、突然奥のほうにあった木細工の飛行機の模型を取出し、少年のように目を輝かせながら、
男 X「これは」
美也子「なんやお目当てのもんでもありましたか?」
男X「ええ」
美也子「あら、ええ歳して(と笑う)」
男X、模型をしげしげ眺めながら
男X「向こうでやっていた仕事の関係で、こういうものには目がないんです」
美也子「え?向こうでやってた仕事って?」
男X「(耳に入らない様子で)うん、よくできてるなあ」
美也子「……」
困惑した表情の美也子。
○鴨川・荒神橋付近(夕)
二人、川べりを夕涼みしながら歩いている。
と、男X、突然川に渡した飛び石に乗る。
男X「よっと」
美也子「え?」
男X「ほら」
男X、手を差し出す。
美也子「あきまへん、うちこないなけったいなことようしません」
男X「大丈夫、しっかりつかんでるから」
男X、美也子に微笑む。
美也子、おそるおそる男Xの手をつかむ。
つかむ力が強すぎて、男Xの足元がぐらつく。
男X「あ!」
バランスを崩した二人、飛び石の上で急接近する。
二人、はっとして離れる。
少しして照れくさそうに笑う。
○京都・全景(夜)
東山連峰から月が顔を出している。
○四条河原町・東華菜館(夜)
二人、中華料理をはさんで座っている。
窓の外をしばらく黙ってみている二人。
窓の外には川べりで花火をしている若者たち。
男X「(一息して)今日は本当に楽しかったです」
美也子「うちも、こない楽しいの何年ぶりいうくらいどすえ」
男X「もちはもちや、ですか。京都の人に京都中案内いただけるなんて。おかげではるばる日本に来たかいがありました」
美也子「そうですか。そういってもらえて。でもせっかくやから祇園祭までいはったら。どうです?祇園祭、楽しおすえ」
男X「本当はそうしたいところなのですが、一緒に来た娘が、長旅が僕の体に障らないように早く帰ろうってうるさいんです」
沈黙。
美也子「娘さん、いてはりますの?」
男X「ええ、娘といってももう60近くですけど。今は大阪の友人のところへ遊びに行っているんです」
美也子「そうですか」
美也子しばし立の絶句。
と、突然、突然妙に明るく、
美也子「ほな奥さんも怒りはるんちがいます? 『うちおいて一人で日本に遊びに行くなんて』て」
男X「妻は、半年前に死にました」
しばらくの沈黙。
美也子「……そうですか。すみません余計なこと」
男X「いえ、(しばし沈黙のあと)向こうで知り合ったんです。よくしてくれました。ぼくも向こうでいろいろあって、仕事を転々としたのですが、最後に航空技師の仕事に落ち着いたとき、そこの職場で出会ったんです」
美也子「そうですか……。それはお気の毒でしたね……」
男X「すみません湿っぽい話をするつもりはなかったのですが。美也子さんはどうですか? 家族は、みなさんお元気ですか?」
美也子「(気丈を装い)ええ。うちももう娘がやかましいてやかまして。元気なんも考えもんですね。ほんま誰に似たんか。うちがすること何から何まで口出すんです。誰かこの子引き取っていうて」
男、にこやかにうなづいている。
男X「そうですか。でも家族は少しうるさいくらいがちょうどいいかもしれませんね」
美也子「そうですやろか。こないだかてうちの子……」
と、ふと男Xの表情を見る美也子。
男X、目を潤ませて窓の外を見ている。
しばらくの沈黙ののち、
男X「すみません……」
美也子「いえ……」
男X、涙をぬぐう。少しして、
男X「お互い大切な家族のためにも長生きしなきゃなりませんね」
美也子「そうですね」
窓に目をやる男X。
外には先ほどの若者たちがいなくなっている。
○四条大橋・東側(夜)
鴨川では七夕祭りで川べりに大きな笹が建てられており、色とりどりの短冊に願いが書かれている。
その周りにはいちゃつくカップル、ギターを弾く男、飲み会終わりのサラリーマンなどがいる。
美也子、男X、そうした風景を見るでもなく静かに川べりを歩いている。
男X「京都も変わりましたね」
美也子「そうですか」
男X「変わりました。ぼくがいたころから何もかも。でも、相変わらずいい町でした」
美也子「そうですか」
男X「ええ」
二人、ゆっくり歩く。
美也子、カバンを開けて中の人形を見る。
○(回想)美也子の自宅
千鶴子、人形を美也子に差し出す。
千鶴子(声だけの出演)「お母ちゃん」
美也子「なんやの」
千鶴子「これ……」
人形を受け取る美也子。
千鶴子「もしほんまにお父ちゃんやったら。これ渡して、千鶴子は元気にやってる、いうといて」
美也子「……ええ。よう言うときます」
千鶴子「ありがとう」
○(回想戻る)四条大橋・東側(夜)
美也子、カバンから目を上げる。
美也子「……誰か、会いたい人とかいてまへんの?」
男X「会いたい人会いたい人……。そうですね。でも、みんなもう死んでるかもしれないな」
美也子「そんな、わかりませんよ」
男X「ええ……。でもいいんです。みんないつも心の中で元気に笑ってくれていますから。それに」
美也子「(男Xの横顔を見て)それに、なんです?」
男X、立ち止まり、水面を見つめながら、
男X「いえ、いいんです」
美也子「(語気を強く)ほんまにええんですか? その人とはもう会われへんかもしれへんのですよ」
沈黙。
男X「実を言うと、昨年から認知症を患っていて。もう日本にいたときのこと、あまり覚えていないんです。ここに来ると、少しは思い出せる気でいたのですが……」
美也子「……」
男X「時というのは残酷ですね。すべてを洗い流してしまう」
美也子「……」
男X、肩を落としてうつむいたまま。
長い沈黙。
と、カバンから人形を出した美也子、意を決した様子でそれを男Xに差し出し、
美也子「これ」
男X「え」
美也子「うちの娘が持っとった、願いが叶う、いうお人形です」
男X「え?そんな大事なもの……。いいんですか?」
美也子「もう必要ない、いうてうちにくれたんです。うちが持っててもあれやから。どうぞもらってやってください」
男X「……はい」
美也子「いつか思い出せる日が来るとええですね」
美也子、人形を手渡し、微笑む。
男X、人形に目を落とし、しばらくして前方に立っている美也子のほうを見る。
美也子、背中を向けて立っている。
男Xにはそれが幻想的な様子に映り、自分の大切な女性に重なって見える。
対岸の笹の葉の音が川風に乗って聞こえてくる。
気がつけば京都の街全体が川を抱くようにして鮮やかに色めき立っているようだ。
○(日替わり)押小路御幸町通り(夕)
とおりにポツポツと灯りが点っていく。
○六味・外観(夕)
「準備中」の看板が下がっている。
○六味・店内(夕)
美也子、小出と開店の準備をしている。
小出「で、なんて言いはったんですか?」
美也子「ギターはでけへん、て」
小出「苗字は?」
美也子「聞いてへん」
小出「え?」
美也子「向こうが聞いてけえへんのに、うちからはみっとものうてずけずけ聞かれへん」
小出「じゃあ、その人はアメリカでは何を?」
美也子「ようわからんけど、最終的には航空技師やってたいうてはったわ」
小出「航空技師ですか?! 医者じゃなくて」
美也子「ええやないのもう、そんな話は」
小出「そんな話って……」
美也子「あ、もうこんな時間や。あんた、はよ看板変えよし」
小出「はい」
小出、外で看板を「営業中」に変えて、戻ってくる。
美也子「どないしょ。今日も通りお客さん歩いはらへんちゃうか。あーあ、辛気くさい。あんた音楽でもかけよし」
小出「はい」
小出、CDプレイヤーのスイッチを入れる。
スピーカーからは「センチメンタル・ジャーニー」が流れる。
小出「あ……変えますね」
美也子「かまへんかまへん。そのままにしとき。ふんふーん」
美也子、いつものように味噌を溶きながら、歌う。
小出、美也子の陽気さにあっけにとられた様子だったが、次第に小出も音楽に乗ってくる。
と、男性客が一人入ってくる。
美也子「いらっしゃい。お客さん何にしましょ」
男性客「とりあえずビール」
小出「はい」
奥の座敷からサッポロビールの瓶を出す小出。
ふとラベルに目が行く。星印だ。
そして座敷に貼ってあるペナントを見て、微笑む。
店内には「センチメンタル・ジャーニー」が流れている。
○押小路御幸町通り(夕)
天空には2つ、星が瞬いている。
その間を飛行機が飛んでいく。
終わり