
映像シナリオ(60分)「恋するスルメ」
【あらすじ】
ドイツ人と日本人の間に生まれた島田・カタリナ・珠子(28。愛称「キティ」)は、ある日、友人の結婚式の二次会で酔い潰れてしまう。
そこにたまたま居合わせたのは、日本人の銀行マン・蓬莱健太(25)。健太はキティを介抱し、自宅まで連れて帰ってあげたのだった。
それが縁で、ときどき会うようになった2人。すでに体の関係も持ってはいるが、キティは、どうしても心のどこかで、典型的な日本人である健太のことを彼氏と認めることに抵抗感を感じていたのだった。
一方、キティの美貌と天真爛漫な性格に魅せられた健太は、キティのことをもっと知ろうと、ハーフについて調べ始める。と、そんなある日、勤め先の銀行でトラブルが起こる。客である、メキシコ人と日本人のハーフの経営者・田中・ロレーナ・純子(34)が、自分がハーフであることを理由にローンを取り消しにされたことの説明を求めに来たのだ。部長の津野伸次郎(43)を前に烈火の如く怒るロレーナ。そこへ健太は毅然とした態度でうまく立ち回ることでロレーナを救うのだった。
そんな二人はある日デートに訪れた映画館で、健太の知り合いのキャバクラ嬢と邂逅してしまう。健太の弁解むなしく、プライドを傷つけられたキティはその場を立ち去ってしまうのだった。
すれ違う二人。健太はロレーナのバーを訪ね、アドバイスをもらう。だが、ロレーナの言葉に、それで本当にキティの彼氏と言えるかどうかと問われ自信をなくしてしまう。そんな健太に、ロレーナはあるフリーペーパーを差し出す。そこには、若かりしキティが一度だけ己の生い立ちを書いていた。その半生に胸を打たれた健太前に、キティが偶然現れる。だが、そこでも二人は衝突をしてしまう。
健太から連絡が途絶え、後悔するキティ。と、突然健太からの連絡。急いで健太のもとに駆けつけるキティ。そこに待ち受けていたのは、健太の心からのサプライズだった。
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【登場人物表】
・島田・カタリナ・珠子(28)(8)ドイツの父と日本人の母を持つハーフ。愛称「キティ」
・蓬莱健太(25)中央都市銀行・経営企画部所属の銀行マン
・美香(36)レズビアンのスタイリスト
・河合マリア(28)ママモデル。日本人とブラジル人のハーフ
・岡本祥平(29)健太の会社の先輩
・今井さとみ(24)キャバクラ嬢
・津野伸次郎(43)健太の上司
・マーク(40)キティのボーイフレンド。
・カルロス(33)
・マリアの取り巻きの編集者たち
・キティの女友達たち
・田中・ロレーナ・純子(34)飲食店経営者。メキシコと日本のハーフ
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◯都内某クラブ・外観(夜)
半月が浮かんでいる。
寝静まる街で煌々と光る一角。
地下からダンスミュージックが漏れ聞こえてくる。
キティ(声)「出会いはただの偶然だった。あれはそう、友達の結婚式の三次会で…」
◯同・中(夜)
派手な女友達らと、大音量の音楽の中で踊っている島田・カタリナ・珠子(28。以下愛称「キティ」で統一)、だいぶ酔いが回っている様子。
キティ「ちょっと、私好みのフィットなマッチョはどこ!」
女友達1「仕方ないじゃない。新郎、銀行員なんだから。ほら、メイクマネーな奴ならいっぱい……」
キティ「そんな気分じゃないの。ああ、もう。マークに迎えにこさそうかな」
女友達1「あんたマークに言ってきてないんでしょ。それにそんなみっともない姿じゃ」
キティ「うっぷ(と戻しそうになる)」
女友達1「ほらもう、まじめんどくさ。ちょっとどこ行くの」
キティ、壁際で立っていた蓬莱健太(25)の方へフラフラ寄ってきて、
キティ「おえー!」
女友達ら、悲惨な表情。
◯健太の車・中(夜)
健太が運転する車の後部座席で寝そべりながら電話するキティ。
キティ「こらマーク嫉妬しない嫉妬しないの。写メ送ろっか?ふふ。じゃあね」
キティ、携帯を切る。
キティ「あいつら、送るの面倒くさいからって。で、あんた誰なの?てか、何でシャツ一枚なの?」健太「覚えてないんだ……」
キティ「てか、手出したらまじうちの彼氏あんた殺しにくるから。まじイケメンで、元格闘家であんたの十倍強いから」
健太「はいはい」
キティ「あ、バスケで国体も出てたわ」
健太、呆れ顔で運転している。
◯キティの家・玄関(夜)
健太に抱えられて、散らかったリビングを抜けて奥の寝室へ運ばれるキティ。
キティ「このところいそがしいだけで、普段はもっとちゃんと……」
健太、構わず寝室へ。
◯同・寝室(夜)
健太にベッドに寝かされたキティ、健太に水の入ったコップを渡され、
キティ「……ありがと」
キティが水を飲んでいる間、健太、部屋のえ本棚をまじまじと見ている。
キティ「なにみてんの」
健太「ごめん、ハーフの人の家来たの初めてだから」
キティ「は?何それ、ちょっと、やめなさいよ。うっぷ」
再び吐気を催すキティ横になり、
キティ「用は済んだでしょ?」
見るも、近くに健太はいない。
キティ「え?」
と、台所から食器の音。
健太「大丈夫。これだけ洗ったら帰る」
キティ「は?」
健太「おれ、大学、寮住まいだったから、ひとの台所散らかってんの見ると気になっちゃうんだ」
キティ「……好きにしたら?」
健太、笑顔でうなづき、もくもくと皿を洗う。
キティ、その背中を不思議そうに見つめている。
◯(日替わり)とあるサッカー場・外観
キティ、立っている。
そこへ健太が走ってやってくる。
健太「お待たせ」
キティ「大丈夫、わたしもきたとこだよ」
二人、入場口へ。
◯同・場内
客席にキティと健太が入ってきて座る。
すでに満席の場内は湧き立っている。
健太「サッカーはよく見るの?」
キティ「知り合いが出てる時くらいかな」
健太「え、知り合い?すごいね」
キティ「別に。ハーフって狭い世界だから、友達の友達とかが選手だったり普通にあるんだよね」
健太「へえ。ハーフの人って、みんな運動神経いいしね」
キティ「それは偏見。私全然ダメだもん」
健太「ワールドカップのときとか、どっち応援するか迷ったりしないの?」
キティ「さあ、人それぞれじゃない?私は基本、知り合いが多い国を……」
キティの方へボールが飛んでくる。
健太「あ、あぶないっ」
健太、間一髪パンチングでボールを弾く。
キティ、目をぱちくりさせる。
健太「怪我はない?」
キティ「うん。てか健太、すごいじゃん」
健太「これでも、高校までサッカー部のキーパーだったんだ。県のベスト4までいったんだよ」
キティ「(感心して)へえ。あ、そういえばあのキーパー、健太に似てない?さっきから思ってたんだけど」
健太「え、あ、あいつだよね。たまに言われる。彼、もともと韓国人だけどね」
キティ「そうなの?」
健太「去年、日本に帰化したんだ。もしかするとかつて血を分けた兄弟かも」
キティ「ふうん。あ、やばいよ」
敵チームが攻め上がってくる。
健太似のキーパーがシュートをふせぎ、歓声があがる。
最高潮に湧くスタンド。
キティ「きゃー。健太やるじゃん」
健太「ナイス、おれ!」
ふたり、思わず抱き合う。
◯(日替わり)某出版社・外観
そびえたつ高層ビル。
○同・メイク室
キティ、鏡の前で美香(36)にメイクされながら談笑している。
キティ「それから、なんとなく会うようになったんだけど、ある晩仕方ないからいっぺん体許したら、舞い上がっちゃって、犬が尻尾振ってんじゃねえぞって感じでさ」
美香「っは、受ける。写真は?」
キティ、スマホでフェイスブックの健太の写真を見せる。
写真は大学の卒業式のもので、校門前に健太を含む7人の男子学生たちが一列に並んでいる。
キティ「七人の侍だって……」
美香「寒っ。てか、どれも同じに見えるんですけど」
キティ「でしょ、マジ受けるでしょ」
美香「でもキティ、あんたさ、ひょっとするとひょっとするかもよ」
キティ「え、どういうこと?」
美香「それだけ噛み合わないことだらけなんだったら、逆に、十年後とか、もっと楽しい感じになってるかもしれないよ。ほら、噛めば噛むほど味が出るっていうじゃない、するめみたいにさ」
キティ「は?するめ?あのくちゃくちゃするやつ?」
美香「そ」
キティ「やだ!美香さん私がそういう地味なの嫌いで、こっち出てきたの知ってるっしょ?」
美香「冗談、冗談。でも、健太くんとの話するときのキティ、なんかいい顔するんだよね。モデルやってるときとはまた違う、なんか、素?のキティの顔を見れてる気がして。あたし、けっこう嫌いじゃないよ」
キティ「すって、お酢のこと?」
美香「なにとぼけてんの。まさかあんた、のろけてんじゃないわよね〜」
キティ「まさか。やめてよ、美香さん」
二人、笑う。
とそこへ河合マリア(27)が編集長以下、たくさんのスタッフを引き連れて入ってくる。
スタッフのひとりがマリアの子供らしき女の子を抱っこしている。
マリア「ハロー、キティ。楽しそうね。マークとはうまくやってる?」
キティ「ナッシング・スペシャル」
マリア「そ。あたし、またいい溜まり場見つけたから今度誘ってあげてもいいわよ。今流行りのラガーメンも来るわ」
キティ「ノーセンキュー。あんたもいい加減にしとかないと、その可愛い子が泣いちゃうわよ」
マリア「まあっ」
マリア、子供を呼び、頭をなでる。
マリア「オーマイベイビー。怖いおばちゃんでちゅねー。あっちいきましょ」
マリアたち、去る。
キティ「ふん、なにがママモデルよ。デキ婚で落ち目になって泣く泣く編集長にすがりついて吹き込まれただけのくせに」
美香「まあまあ、おこちゃまのいうことだからさ」キティ「美香さん、あのさ」
美香「どした?」
キティ「あいつ、本当にあたしのこと好きなのかな。それともハーフのあたしに恋してるだけだと思う?」
美香「さあ。どっちもじゃない?」
キティ「どっちも?」
美香「あんた、ハーフんなかでもちょっと変わってるからさ」
キティ「ちょっと美香さんってば。てか美香さん、あれから彼女とうまくいってんの?」
美香「もちろん。昨日の夜も」
と、美香、右手の指を4本立てる。
キティ「え?」
美香「うちら、女子同士だから、基本やりたい放題なの」
キティ「きゃー、ちょっと何、やだもう!」
照れたキティの笑顔が鏡に映る。
◯とある地下鉄駅・改札前
健太、岡本祥平(29)とともに改札を出てくる。
と、コンコースの掲示板に貼られたホットヨガの広告がある。
なんとキティがモデルとして起用されている。
健太、立ち止まり、じっと見る。
岡本「なにやってんだ」
健太「どう思います?」
岡本「ホットヨガ……?」
健太「違いますよ。彼女」
岡本「彼女??どうって……違う世界の奴ら」
健太「ふふ」
岡本「何だよ、気持ち悪いやつだな」
健太、じっと見つめたまま。
◯中央都市銀行・外観
昼休みで出入りが激しい様子。
◯同・裏口
健太と岡本が入ってくる。
と、窓口から聞き慣れない外国語の叫び声が響き渡る。
正面受付のほうに田中・ロレーナ・純子(34)が立っている。
ロレーナ「早く担当者を出して下さい」
岡本、ロレーナを見て、
岡本「やべっ」
ロレーナ「あ、いた」
ロレーナ、岡本に気づき、ツカツカ近寄ってくる。
岡本「や、やべえ」
健太「せ、先輩?」
岡本、逃げ出す。
◯同・営業企画フロア
ロレーナが津野伸次郎(43)につめよっている。
近くで岡本があわあわしながら見守っている。
ロレーナ「私はこの人に頼んで、マンションを買おうとローンを組みました。書類も全部通って、それで終わりじゃないんですか?」
津野「田中ロレーナさまは8歳でお母様のいらしたメキシコからお父様のいる日本へ来られたとのことですが、メキシコのほかにどちらかの国にいらっしゃったことはございますか?」
ロレーナ「どこの国だったらどうだっていうんですか?」
津野「そういうことではなくて。田中ロレーナさまは現在、バーやレストランをご開業されているとのことですが、なぜ前にお勤めだった会社をお辞めになりました?」
ロレーナ「だから、それが今回の融資となんの関係がありますか?」
津野「関係と申しますか。それでは、将来お母さまの母国であるメキシコに戻られる見込みはございますか」
ロレーナ「話になりません」
健太「部長、ちょっとよろしいですか」
岡本「おい、健太やめろ」
健太、見かねて前に出てくる。
津野「君は引っ込んでなさい」
健太「部長、書類の決済は済んでいんのですよね。であれば、これ以上彼女に確認する必要はないはずです」
津野「何っ」
津野、怒った表情で健太を見る。
健太、物怖じせずににらみ返して、
健太「日本国籍のあるハーフの方は、法律上、日本人と同様の権利が与えられているはずです。いまやられていることは、憲法上、差別にあたります」
岡本「健太」
津野「君ねえ」
ロレーナ、驚いた表情で健太を見る。
◯六本木交差点(夜)
◯さとみの働くキャバクラ・外観(夜)
◯同・中(夜)
岡本、健太を連れて、今井さとみ(24)らと飲んでいる。
岡本「で、こいつが部長にいうわけ。『部長、これ以上無意味な質問をすると、人権侵害になりますよ』って」
さとみ「へえ、かっこいいー!」
健太「あれは、そう言わないとその場が収まらないから」
岡本「でもなかなかあそこでバシッと言い切れないぞ。まあ、おれも部長に言われたから仕方なく聞いたんだけどさ」
さとみ「でも、なんで言い返せたの?」
健太「実は身近な所にハーフの子がいて」
岡本「え?まさかおまえ?」
小指を立てる先輩。
健太「まあ、その……」
岡本「まじか、それで昼間ぼうっと地下鉄んとこで見てたのか。すみにおけませんねえ」
健太、まんざらでもない様子。
さとみ「どんな人なんですか?」
健太「つんとしているようで、とっても素直なひとっていうか。驚いた顔とか、本当に可愛い、かな」
さとみ「きゃー」
岡本「やめろ、こっちが照れるわ」
健太「へへ」
さとみ「ハーフとの恋に、かんぱーい」
一同「かんぱーい」
健太、うれしそうな表情。
◯(日替わり)新宿アルタ前
サングラス姿のキティ。
サングラスを外すと、交差点の向こう側で健太が嬉しそうに手を振っている。
キティ、交差点を渡って健太の方へやってくる。
健太「なんか久しぶりじゃない?」
キティ「あんたが忙しぶるからでしょ、健太のくせに。てかあんた太った?」
健太「最近接待が多くて。あ。今日そのなかでもいい店予約しといたから」
キティ、健太のほっぺたをつねり、
キティ「私まで太らそうたって、そうはいかないからね」
健太「ふふ、お楽しみに」
仲良く歩いている健太とキティを、ベンチに座っているカップルや、歩行者たちがチラ見していく。
健太「おれたち、どう見えてるのかな」
キティ「さあ。めっちゃ歩幅のあう他人じゃゃない?」
健太「なんでだよ、てか、それって逆に奇跡じゃない?」
キティ「どこまでポジティブなんだよ」
呆れ顔のキティ、またしても健太のほほをつねる。
二人の前に映画館が見えてくる。
○新宿のとある映画館・外観
「恋する惑星」のポスターがでかでかと貼られている。
○同・ロビー
売店に列ができている。
キティと健太、最後尾にならぶ。
キティ「ちょっとトイレ」
健太「うん」
キティ去る。
と、前の列にいた女が振り返る。
さとみだ。
さとみ「その声は、けんちゃんじゃん」
健太「あ、さとみ。どうしたの?」
さとみ「わたし?同伴。(小声で)あのおっさんが一緒に映画見ようってうるさくてさ」
中年の男が、離れたところで椅子に座っている。
さとみ「おっさんと『恋する惑星』とか、まじ萎えるんですけど」
健太「お疲れ様」
さとみ「あ」
健太「え?」
いつの間にか、健太の後ろにキティが立っている。
健太「あ。か、会社の後輩」
さとみ「後輩でーす。なに、けんちゃん、この人がこの前言ってたハーフのモデル?」
健太「え、ああ」
さとみ「すっごーい」
キティ、咳払い。
さとみ「あ、ごめん。いくね」
さとみ、ウィンクしてポップコーンとドリンクを受け取ると、中年男のもとに去っていく。
健太「奇遇だよねえ」
キティ「うそ」
健太「え?」
キティ「うそばっか。なんで後輩がちゃん付けなんだよ。どうせどっかのキャバ嬢とかだろ」
健太「実は、こないだ先輩に連れてかれちゃってさ」
キティ「はあ。日本人のそういうところ、ほんと理解できない。レリジョンも、ポリシーもないくせに、会社に言われたら絶対。先輩に言われたら絶対。先輩に言われたら風俗にだっていくんでしょ?」
健太「キャバクラと風俗は違うよ」
キティ「どうでもいい」
レジの人「あの、ご注文は……」
健太「キティ、ごめん」
健太の手を払うキティ。
キティ「気安く話しかけないで」
健太「たまこ!」
キティ「そっちで呼ぶな」
健太「ねえって」
健太、キティの手を掴む。
キティ、振り返る。
キティ「さっきあの女がハーフのモデル?とか軽い感じで言ってたけど、勘ちがいしないで。こっちだって色々苦労してるんだから。あんたみたいなイモっぽい日本人なんか、ぜんぜん本命じゃないから。悪いけど」
周囲の女子高生たちから「あれキティじゃない?」「うそ?」の声。
キティ、一人、歩き出す。
と、キティ、突然足をとめ、
キティ「あと、ハーフじゃないから。せめてダブルかミックスだから。そのくらい学んでから近づいてこいよ」
健太「キティ!」
キティ、そのまま去る。
◯新宿アルタ前
キティ、涙目で元きた道を歩いている。
キティ「なんであたしがこんなみじめな思いをしなきゃいけないの」
目の前にさきほどベンチに座っていたカップ。
カップル男「え、どした?」
カップル女「フラれた?」
カップル男「ふつう逆じゃね?」
キティ、ふたりをきっと睨みつけて、中指を立てる。
カップル男・女「ひいっ」
二人、思わずのけぞる。
◯新宿のとある映画館・外観
ジュースを二つ手にして映画館を出た健太。
ふと目の前にモデルを起用した海外ブランドショップが目に入る。
健太「……」
キティ(声)「世界が違うから」
健太、呆然と立ち尽くしたまま。
◯(日替わり)スタジオ・撮影室・中
マリア、たくさんのスタッフを引き連れて部屋の中央で撮影している。隅では撮影を終えたキティが、美香に手伝われながら着替えている。
美香「じゃあ、それから会ってないんだ」
キティ「だって」
美香「ただの接待でしょ?日本のサラリーマンにはよくある話じゃん。だいたいあんたも相当自由にやってきたわけだし」
キティ「わたしが無理ったら無理なの。まあそりゃ、私も言い過ぎたからさ、一応お詫びのラインはしたけれども」
美香「なんだ、えらいじゃん」
キティ、スマホのライン画面を見せる。
そこにはアシカのキャラクターがドンマイと言っているスタンプ。
美香「これ、謝ってなくない……?」
キティ「え?」
美香「一週間音沙汰なしか。どうだろうねえ」
とそこへマリア。
撮影の合間にキティに近寄ってきて、
マリア「ハロー、キティ。見直したわ」
キティ「え?」
マリア「あんた純ジャパいける口なんだね」
キティ「は?」
マリア「こないだジェシーが、あんたと小太りの日本人が楽しそうに歩いているの見たって。意外にお似合いらしいじゃない?」
キティ「べつに。あんなのハナから遊びだし」
マリア「ふうん。ま、なんでもいいけどさ、あんたもいい年なんだし、早くこっちおいでよ。じゃあね」
マリア、子供の手を引きスタジオの中心へ歩いて行く。
キティ「こっちってどこだよ。美香さん、あいつ、絶対バカにしてたよね」
美香「どうでもいいじゃん、お子ちゃまの目なんか」
マリア「美香さん、あたしたちハーフは人一倍他人の目に敏感にならざるをえなかったの。その分、この見た目にディグニティ(尊厳)持って生きてきたの。美香さんならわかってくれるでしょ?」
美香「わかってる。わかってるから落ち着いて、ね」
キティ「ううっ」
美香、キティをハグして宥める。
◯中央都市銀行・経営企画フロア
健太、肩を落としている。
キティ(声)「勘ちがいしないで。あんたみたいなイモっぽい日本人なんか、ぜんぜん本命じゃないから」
健太「はあ……」
岡本「どうした。最近、元気ないな」
岡本、後ろから近寄る。
すると、健太が手にした携帯の画面に「ドンマイ」と書かれたアシカのキャラクタースタンプが押されている。
岡本「?それより、客だぞ」
健太「え」
フロアの入口でロレーナが立っている。
岡本「担当、お前に変えてくれってさ」
ロレーナ、健太にお辞儀する。
◯六本木交差点(夜)
◯ロレーナのバー・中(夜)
バーテンのかっこうをしたロレーナ、健太とカウンター越しに向かい合っている。
健太「ぼくに足りないところがあるのはわかってるんです。でも、彼女はいつだって、僕だけじゃなく、周りのひとのことまでバカにするんです。キャバクラだって、べつに先輩のせいじゃなくて、自分の意思でもあって」
ロレーナ「ダメじゃん」
健太「そういうことじゃなくて」
ロレーナ「そうだよ。女の子はみんな男に商売に行って欲しくないと思ってるよ。断れたわけでしょ?」
健太「まあ、究極的にはそうですけど。でも、彼女も子供じゃないんだし、そのくらいわかってくれると思ったんです」
ロレーナ「それは男の都合だね。これ」
ロレーナ、キティが男たちと撮っている写真を見せる。
健太「えっ」
ロレーナ「この子でしょ?あなたの言ってる子。彼女いま、女の子の友達たちと、西麻布のクラブにいるようね」
健太「そうなんだ……」
ロレーナ「常連の子がインスタでタグづけしてたわ」
健太、ロレーナから携帯を借りて、まじまじ見入る。
健太「インスタやってたんだ……」
ロレーナ「え?」
健太「ぼくたち、ふだん、あんまりそういう話しないから」
ロレーナ「君たち、本当に付き合ってたの?」
健太「それは」
健太の脳裏にキティの声が蘇る。
キティ(声)「勘ちがいしないで。あんたみたいなイモっぽい日本人なんか、ぜんぜん本命じゃないから」
健太「わかりません」
健太、画面の中の楽しそうなキティの表情をじっと見つめる。
ロレーナ「やっぱりまだまだ足りてないのかもしれないね」
健太「え?」
ロレーナ「相手のことを知る努力。ハーフとしても、女としても、なによりその子自身のこととしてもね」
健太「その子自身」
ロレーナ「そう。わたしたちハーフもひとそれぞれだから、最終的には、その子はその子でしかない。逆にいうと、究極的にはあなたはその子のことだけ知ればいいの」
健太「その子のことだけ……」
再びインスタの写真のキティの顔を見つめる健太。
◯西麻布のとあるクラブ・フロア内(夜)
女友達やチャラめの男たちと写真を撮っているキティ。
男「イエーイ。よかったら、このまま別のとこで飲みなおさない?」
女友達「え、どうする?」
キティ「ごめん、いまはそんな気分じゃないかも」
女友達「だってさ」
男「オーケー。会えて嬉しかった」
男たち、笑顔で去っていく。
キティ「それより、ラガーマンはどこ?」
女友達「あそこにいるじゃん」
中央で筋骨隆々の男たちがマリアと楽しそうに踊っている。
キティ「なにがこっちこい、だよ。あいつ、旦那と子供がいるくせに」
女友達「キティ、どした?くよくよして。らしくないぞ?」
キティ「ちょっと外の空気吸ってくる」
キティ、店の外へ。
◯同・外観(夜)
キティ、電話を取り出す。
キティ「(電話して)ハロー、マーク。いまひま?てか、ひまなんでしょ?」
マーク(声)「わりい、仕事なんだ」
キティ「ふん、珍しいわね。ちょっと近くにいる女に変わって?」
マーク(声)「は。何言ってんだ」
キティ「冗談でしょ。何マジになってんのよ」
マーク(声)「それより、おれの部下がこのあいだ俺の知らない小太りの日本人と歩いているのを見たって言ってたぞ」
キティ「は?」
マーク(声)「お似合いだってさ」
キティ「さいってい」
マーク(声)「最低なのはそっちだろ」
キティ「なにがよっ」
怒りに任せて電話を切るキティ。
キティ「ふんっ」
キティ、ふとLINEを見る。
だが、健太からの返信はない。
◯(回想)新宿のとある映画館・ロビー
キティ「あんたみたいなイモっぽい日本人なんか、ぜんぜん本命じゃないから」
健太、悲しげな顔をしている。
◯(回想戻り)西麻布のとあるクラブ・外観(夜)
キティ、夜空を見上げると、西の空に月齢一〇日くらいのふっくらした半月。やがて半月がにじんで、
キティ「わかってる。わかってるわよ。全部わたしが悪いのよ……」
と、そこへ男性(カルロス)の影が覆い被さる。
キティ「えっ?」
キティ、見上げて驚いた表情。
◯ロレーナのバー・中(夜)
ロレーナ、健太の席のグラスを片付けていると、キティがカルロス(32)と一緒に入ってくる。
ロレーナ、驚いた表情。
カルロス「まさかキティと会えるとはな」
キティ「私も。久しぶりだよね」
カルロス「7年ぶりだ。運命を感じるね」
キティ「またあ。変わらないんだから」
カルロス「キティもな」
二人、笑いあう。
◯さとみの働くキャバクラ・店内(夜)
さとみ、健太を出迎える。
さとみ「けんちゃーん」
健太「やあ」
さとみ「あれ、一人?」
健太「うん……」
健太、俯く。
◯ロレーナのバー・中(夜)
キティ、酔ってカルロスにしなだれ掛かっている。
不安げなロレーナ、ふいにカウンターの本棚にある古めのタウン誌を見る。
◯(回想)ロレーナのバー・中(夜)
ロレーナ、健太に、
ロレーナ「あ。思い出した」
ロレーナ、本棚から古めのタウン誌を引っ張り出す。
表紙はなんと若き日のロレーナだ。
健太「……これは?」
ロレーナ「私も六本木きてすぐのころ、ちょびっとだけ、モデルしてたことがあってね。それより、たしかここに彼女のエッセイが載っていたはずだよ。ほら」
ロレーナ、健太にページを開き、差し出す。そこには、若き日のキティのフォトエッセイがある。
健太「いいんですか?」
ロレーナ「もちろん」
ロレーナ、うなづく。
◯(回想戻り)ロレーナのバー・中(夜)
ロレーナ、再びキティらを見る。
ロレーナ「……」
カルロスがキティを笑わせている。
◯さとみの働くキャバクラ・店内(夜)
笑顔の健太、ふいに立ち上がる。
健太「やっぱり、帰る」
さとみ「え?……うん」
さとみ、驚いた表情。
◯六本木通り(夜)
健太、とぼとぼ歩いている。
健太、ふとカバンから先ほどロレーナからもらった雑誌を出し、キティのフォトエッセイを開く。
キティが高校生時代、富士山を背に撮った写真がデカデカ載っている。
健太、歩きながら文章を読む。
途中からキティの声が重なり、次第にキティの独白になる。
健太(声)「タイトル【道草】。子供の頃、私はいつもハーフだからっていじめられたり、からわれたりした。わたしは、いったい日本人なの?それとも、ドイツ人なの?ハーフっていうことは、どっちもなの?それとも、どっちにもなれないの?答えのない疑問をひとりで抱えては、考え込んでいた」
◯(回想)キティの小学校・正門(夕)
ランドセルを背負った小学生のキティ(8)がひとり出てくる。
健太(独白)「家に帰ると、ママが、なんでそんなに悲しい顔をしてるのって聞いてくる。でも日本人のママにはわたしの気持ちはわからない。つらくなって、どこにも居場所がないわたしは、いつもひとりで川沿いの土手を道草して帰った」
○(回想)キティの通学路
富士山を背に富士川沿いを歩くキティ。
健太(独白)「すると、気が付けばとなりで富士山から流れてくる富士川が、わたしと一緒に歩いてくれていた。どこまでも一緒に、歩いてくれていた。ときどき、誰かが流した笹舟や、どこかで落ちた帽子と一緒に歩いたりもした。そうして歩いているときは、自然といやなことを忘れられた」
幼い頃のキティ、玄関に立つ。
◯(回想戻って)ロレーナの店・中(夜)
今度はカルロスがキティに何やら真剣に話している様子。
◯(回想)キティの実家・中(夜)
幼いキティとパパ、ままが小さいちゃぶ台をかこんでいる。
キティ(独白)「月が出るくらい遅くなってしまうこともあった。すると先に帰っていたパパが、キティ、あんまりおそくまで歩いていると狼に食べられちゃうぞって言った。わたしは日本には狼があんまりいないことを知っていたけど、こわがったフリをしてパパを面白がらせた」
一家、談笑している。
キティ(独白)「だけど……」
◯(回想、日変わり)キティの実家・玄関(夜)
扉の前に立つ幼いキティ。
キティ(独白)「そんなパパはある日、突然がわたしとママを残してドイツのハンブルクという町に帰ってしまった」
扉を開ける幼きキティ。
中にら泣き崩れる母の姿。
◯(回想戻って)ロレーナの店・中(夜)
カルロス、チェックする。
キティ、先に店を出るため扉を開ける。
キティ(独白)「そう、あれは満月の夜だった」
キティ、淋し気に空を見上げる。
さらには満月が浮かんでいる。
◯(回想)キティの実家・リビング(夜)
暗い空間が広がっている。
キティ(独白)「まるで月に帰ったかぐや姫のように、パパは帰ってしまったんだ」
キティ、母と共に、窓の下、満月の光を浴びながらさめざめ泣いている。
◯(回想戻って)六本木通り(夜)
健太、雑誌を開いたまま、立ち尽くしている。
と、目の前に月を見ているキティ。
健太「キティ!」
キティ「健太?そんなとこぼうっと突っ立って」
健太「そ、そっちこそ」
キティ「何よ。別にいいでしょ」
健太「あのさ」
キティ「え?」
健太「……悪かった、ごめん」
キティ「べ、べつにあんなことくらいで怒らないわよ。わたしもどうかしてたわ」
健太「いや、悪いのは全部ぼくだよ。もう度とあんなお店にはいかない」
キティ「いいよ。あんただって仕事の付き合いで行ったんでしょ」
健太「それは、そうだけど」
キティ「健太は優しすぎるんだよ。もっとぐいぐいくればいいのよ」
健太「わかった、じゃあ」
キティ「え」
健太「今度のイブ、空いてる?めちゃくちゃ美味しいイタリアン見つけたんだ」
カルロス、店から出てくる。
二人の様子を怪訝な顔で見つめる。
健太「よかったら仲直りのしるしも兼ねていってみない?」
突如、キティの表情がかたくなる。
キティ「ごめん、その日はむりなの」
健太「なんで?」
キティ「うち、毎年クリスマスを家族と一緒に過ごすって決めてるんだ」
健太「え、でもキティ、片親なんでしょ」
キティ「だから?」
健太「お母さん、日本人だよね」
キティ「だから?」
カルロス、守るようにキティのそばへ。
カルロス「キティ?」
健太、カルロスを見て、
健太「ほんとにお母さんだよね?」
キティ「ワッツ?」
健太「あ、いや。その」
キティ「健太。健太はいったいわたしのこと、なんだと思ってるの」
健太「それは、とても魅力的な女性だと」
キティ「それって、わたしがハーフのモデルだから?だよね?」
健太「は?」
キティ「ハーフはみんな尻軽ですぐに男をのり換えるとか考えてるんじゃない?」
健太「そんなことはないよ。ただ、君はぼくに釣り合わないくらい魅力的だから、不安になるだけで。今だって……」
キティ「はあ、やっぱりあなた何もわかってない」健太「え?」
キティ「彼はただの高校の同級生」
健太「そうなんだ」
キティ「ほら。わたしがこの見た目の下で何を抱えているか、見ようとしてないのよ。そうやって、あなたのような日本人は、いつだってわたしたちの都合いいところだけ見て、わかったふりをするのよ」
周囲に野次馬が集まってきている。
健太「……あなたのような日本人って?」
キティ「え?」
健太「あなたのような日本人ってどういうことだよ。なんだよ、キティこそ、おれのこと、なんだと思ってるんだよ。おれは、おれだよ。大事なのは、おれが何を考えてるかだろ、俺が悪いなら、おれのことだけ悪く言えばいいじゃん。日本人のことは今は関係ないよ」
キティ「なによ、健太のくせに口答えなんかして」
健太「口答えくらいするよ、おれだって。キティ、おれのこと、ペットか何かとかんちがいしてるんじゃないの?」
キティ「は?ペットの方がまだかわいいだけマシよ」
健太「……もういいよ」
キティ「なに」
健太「もうわかったってこと。もう会わない。ばいばい」
キティ「は、ちょっと健太、ちょっと待ちなさいよ」
健太、去る。
キティ「まったく、なんなのよ!わけわかんない」
キティ、取り残される。
◯(日替わり)とある居酒屋・外観(夜)
満月が浮かんでいる。
◯同・中(夜)
キティと美香が飲んでいる。
キティ「あいつに出会ってから、わたしの人生めちゃくちゃ」
美香「キティ」
キティ「だってあいつ、あれから5日も連絡よこさないんだよ!あたしがライン送っても未読なんだから」
美香「なんて送ったの?」
キティ、スマホを見せると、またも「ドンマイ」のスタンプ。今度はお相撲さんがなぜか手刀を切っているスタンプである。
美香「どうやってこんな変なの見つけるのよ…」
キティ「あー、ほんと健太のくせに。20代最後のクリスマスがめちゃくちゃ」
美香「キティ。いい加減、その「くせに」って言い方やめなさい」
キティ「え?」
美香「いい?この世に完璧な人間はいないの。人種や国籍、まして性別なんか関係ないわ。みんな、それぞれのやり方で精一杯やってるの。あんたの話を聞いてると、彼はあなたのことを知ろうと努力してるように見える。むしろあなたの方が、自分がこれまでうけた日本人の嫌な仕打ちを彼に押し付けようとしているように感じるの」
キティ「そんな……」
美香「あなたが彼に求めるのなら、あなたももっと努力しなきゃだめよ。そうでなくても、異なるふたりが付き合うときには、頑張らなきゃいけないことあとからもっとたくさんが出てくるんだから」
キティ「美香さん……」
美香「あんたは、わかり合うことを怖がって、あえて壁を作ろうとしてるように見えるわ。うちらだって、完全にわかり合ってるわけじゃないの。むしろ、分かり合えないところも含めて、共有していきたいって思ってるの」
キティ「美香さん」
キティ、俯く。
キティ「わたし、昔っからそうなの。ちょっと思ってたことと違うことがあったら、すぐにカチンと来て、相手と線を引いてしまうの。それが周りを傷つけてしまうって、わかってるのに」
キティ、涙を溜め、カウンターに突っ伏す。
美香「あんたがたくさん戦ってきたのは知ってる。でも、もうそろそろその重い鎧、脱がなきゃ。あんた自身がつぶれちゃうよ」
美香、やさしくキティの背中を撫でてやる。キティ「ありがとう」
キティ、突っ伏したまま、テーブルの上のスルメを噛む。見る。
すると何故かふと脳裏に、お皿を洗ってくれた健太の後ろ姿や、サッカーボールで守ってくれた健太の頼もしい笑顔、クリスマスの予定をめぐって喧嘩したときの健太のさみしそうな顔が思い返されてくる。
キティ「私の健太……どこ行っちゃったの?」
と、スマホが鳴る。
キティ、画面を見て固まる。
キティ「やばい、きた」
キティ、突然立ち上がる。
美香「え?」
キティ「ごめん、美香さん」
美香「キティ?」
キティ、立ち上がって電話を手にしたままあたふたと店の出口へ。
美香「ちょっと、キティ」
美香、唖然とした表情でキティの後ろ姿を見送る。
◯とある公園(夜)
キティ、歩いてくる。
と、その先にスーツにやや季節を先取りしすぎに着込んで、ニット帽をかぶった健太がベンチに座っている。
健太「やあ。思ったより早かったね」
キティ「いま何時だと思ってんの。急に呼び出したりなんかして。てか、なにその格好」
健太、おもむろに立ち上がると、手にしていた紙袋を差し出す。
健太「有給取って行ってきたんだ」
キティ「は?どこへ?」
健太「開けてみて」
キティ、紙袋をあけると、サンタの格好をしたドイツ土産のくるみ割り人形が出てくる。
キティ「は?まさか」
健太「そのまさか。有給使ってハンブルクに行ってきました!」
キティ「オーマイゴッド……」
健太「ハーフだからハーフとしか付き合えない。純ジャパだから純ジャパとしかつきあえない、そんなわけない。ただ、ぼくたちは互いのことを知らなすぎるんだよ」
健太、嬉しそうに4本指を立てる。
キティ「え?」
健太「0泊4日。おかげでワールドカップ以来の弾丸ツアーを満喫できました」
キティ、肩を震わせて、
キティ「……あのさ」
健太「え?」
キティ「なんで行く時私に一言かけなかったわけ?ええ、なんであんたがそこに、一人でいく必要があるわけ?」
健太「だから俺はキティのことを……」
キティ「私だって行ったことないんだよ!」
健太「え、うそ?!」
キティ「アンビリーバブル。そういうとこなんだよ。やっぱり、あたしたち、全然歩幅があってないよ」
健太「……ごめん」
キティ「ごめんじゃない」
健太「アイムソーリー」
キティ「そうじゃない!」
健太「ドイツ語でなんていえばいいの?」
キティ「そんなの、自分で考えてよ。行ってきたんでしょ?」
健太「ごめん。でも、ほんとうによかったんだよ。素敵なまちだった。一瞬だったけど」
キティ「健太、あたしあんたといると、自分が自分じゃなくなる気がしちゃうのよ。わかる?」
健太「どういうこと?」
キティ「どういうことって、そういうとこなの!」
健太「ごめんよ、キティ……」
健太、訴えかけるような目でキティを見る。
美香(声)「あなたが彼に求めるのなら、あなたも、彼のことを知ろうと、もっと努力しなきゃだめよ」
キティ、しばらく呆れ顔で健太を見ていたが、やがてしゅんとした健太の姿に笑いをこらえきれなくなり、
キティ「ぷ」
健太「え?」
キティ「ふふ。ははは」
健太「え?え?」
キティ「何落ち込んでんのよ。それで?」
健太「は?」
キティ「どうだったの?ハンブルクは」
健太「すごく素敵なところだった。ひともみんな優しくて、ここがキティの故郷なんだなって」
キティ「だから故郷じゃないっていってるでしょ。ルーツではあるけど」
健太「そうだった、ごめん」
キティ「またごめんって言った」
健太「えっと、エストゥット……」
キティ、健太にいきなりハグ。
キティ「ありがとう」
健太、どぎまぎして、しばらく動けないでいる。
健太「ど、どういたしまして」
しばらく二人、ハグしたまま。
と思いきや、健太、キティの香水の匂いを嗅いでいる。
キティ「(気づいて)なにしてる」
健太「ごめわ、いい匂いだったから、つい」
健太を突き放すキティ。
キティ「犬かっ。もう!ほんと、健太ってば、わたし以上にマイペースなんだから」
キティ、一人スタスタ歩き出す。
健太「どこいくの?」
キティ、振り返り、
キティ「ほら」
健太「え」
キティ「いくよったら」
キティ繋がせようと手を伸ばす。
健太、追いつくと、なぜかその手に拳を乗せる。
キティ「お手じゃねえよ」
健太「へへ」
キティ「すぐ調子乗るんだから。ほんと、あんたといるとへんな道草ばっか」
健太「へん。好きなくせに」
キティ「まあ……」
驚いたキティ、突然立ち止まると、先のくるみ割り人形を取りだす。キティ、健太の方に向き直り、人形を腹話術のように使って、
キティ「健太のくせに、生意気よ」
キティ、改めて手を出す。
健太、その手を握る。
キティ・健太「ふふ」
ふたり、笑いながら同じ歩幅で月の方へと仲良く歩いていく。
終わり
終わり