人生の燃料が見当たらない
「自分にはこの先60年の人生を走り切るだけの燃料を積んでいないな」
就活を終えた私の感想である。
就活の軸が定まっていなかった。考えていた条件としては
1.国立理系大学院にまで進学して勉強してきた内容が少しは活かせること
2.食いっぱぐれないこと
3.人が不幸になることで稼がないこと
4.イケイケ社員ばかりの社風ではないこと
などである。
条件はほかにもあるんだけど、こんな感じで消去法に近い企業選びをしていた。
上のような就活の軸を持っている人間の欠点は
「強いモチベーションが(見え)ない」
ことである。多少過去を振り返り頭を捻ればそれなりのストーリーを構成することができるが、やはりどこかで聞いたことのある志望動機に成り下がってしまう。
個人的には、ある程度決められた仕事を決められたとおりにやるということができれば十分なんだから、そういうことを測る採用プロセスを組んでくれよと思っているんだけど、実際は違うらしい。(HRの人間じゃないのでわからない)
就活情報を集めた結果、『就活では自分の人生を懸けてやりたいことを、自分の過去と現在と未来が首尾一貫したストーリーで伝えること』が重要らしい。
この「人生を懸けてやりたいこと」に悩まされた。
世界平和だって、一人でも多くの命だって、世界中の人間の生活が豊かになることだって、望んではいるけれども私が適任者であるとも思えない。
金持ちになることだって、人の上に立つことだって、異性にモテることだって、望んでいないといえば嘘になるけども人生それだけではないと思っている。
現時点で「人生を懸けてやりたいこと」は多分無いし、今後もできないんじゃないのかな。
そう思うとふと何をモチベーションに一生懸命働くことができるのかわからなくなった。私という新車が人生を走り切るだけの燃料を積んでいないことに気付いた。
大学・大学院と6年間、友人グループやクラス、サークル、研究室などの団体に所属してその中で求められる役割を全うすることで、それなりに充実した学生生活を送ってきた。
おそらくこの時間は社会人になると会社での生活に置き換わるということが想像つく。
団体に所属していない一人のプライベートな時間は、ラジオを聞き、面白い芸人さんのネタを漁り、バラエティ番組を見て、映画を見て、本を読んで、音楽を聴いて、YouTubeを見てきた。
この時間はどうなるのだろうか。一人で楽しめるエンタメに飽きるときが来るのではないかと不安になる。特に大学時代に大いにハマったラジオはきっと飽きるというか、卒業する時が近い予感がしている。
(エンタメ業界に就職したらこの時間は最高の情報収集の時間になるはずなんだけど、その予定は今のところない。エンタメとものづくりや研究の交点がいいところで落ち合う会社があれば行きたいんだけど、どうも見つからないし意義のある職業が思いつかない。)
一人で楽しめるエンタメに限界が来つつある今、私にできることは二人で楽しめるエンタメを見つけることとその相手を見つけることである。
今のところ、二人で楽しめるエンタメ=恋愛、その相手=恋人、という認識である。もっと他にも選択肢はあるだろうが、冒頭の今後の人生の燃料を持っていないことも解決できるポテンシャルがある。
恋人もしくはパートナーの存在が私の人生を走り切る燃料になればいいなと思っている。
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