第8回「食べる」を取り戻す
嵐が来ると思い出す
9月は嵐が多かった。
すっかり季節は夏から秋へと切り替わった。
嵐の日に思い出すのは、シュトゥルム、ドイツ語で嵐を意味するぶどう酒。これはオーストリアの名物で、嵐の時期にしか飲めない季節モノである。
学生生活最後の夏、友人とふたり東ヨーロッパを周遊する2週間程度の旅に出た。夜行列車や長距離バス、LCCを使って移動して回り、ウィーンから日本へ飛び立つ最後の夜。
夕食をとろうと空港近くの街の気取らないパブでこれに出会った。メニューとは別の、テーブルに乗った立て札、濁った酒の写真に「Sturm」と書いてあったのを覚えている。
実に甘美な味わいで、やわらかな炭酸とかすかなアルコールがぶどうの豊かな香りを口いっぱいに広げる。喉越しもおもしろく、ややとろみのある感じで、未熟な、ワインのなりかけといった塩梅。
つけ合わせには煮込み料理-たいてい肉団子か牛肉が入ったブラウンルーのシチュー-にバゲットかマッシュポテトがついたものを食べた。
同行する友人は、1日1リットルのビールを飲むことを自らにノルマとして課しており、ここでもパイントジョッキをグビグビやっていた。
フライト慣れしていない自分は、これからの長距離飛行中に利尿が促進されると良くないのでチビチビやるつもりだったが、あまりにシュトゥルムが美味しくゴブレットで何杯も飲んでしまった。
これで旅行中の食事は最後、しばらくウィーンにも来ることはないだろうと名残惜しい気持ちも背中を押したのだろう。
2018年のことだから、あれからもう丸4年が経つ。
嵐の季節にシュトゥルムを飲みにまたウィーンを訪れたいものだ。