第2回「食べる」を取り戻す
メンチカツ
めずらしく、わけもなく気持ちが沈んでいる日。
そんな時は「落ち込んでても仕方ないでしょ!ほら!とにかく食べなさい!」という母の言葉を思いだす。
食事も喉を通らないよ…と思う日でも、食卓に座ると案外もりもりと食が進み、前向きな気持ちになれたものだ。
ひとりで暮らすようになってからも、この記憶を大切に持っていてこんな日に思い出す。
お客とは午後の約束だが、少し早めに出て昼飯を食べる店を探すと、いい店を見つけた。
カウンターしかない老夫婦がやっている食堂。
生姜焼きメンチカツ盛り合わせ、950円。
見た目も量もガッツリだが、食べると実に品のある味であった。
コンビニやスーパーで売っているようなギュッと肉が詰まってて油がもたれるあのメンチカツとは異なり、揚げたてで、ほろりと崩れる柔らかさ。
滴る肉汁にも重さがない。
ペロリと平らげてカウンターの上に皿を返してご馳走様。会計をしながら、カウンターの出口にかかる杖に目がとまる。
カウンターをいそいそと動きまわる老婆は確かに腰が曲がっていた。それでも杖が必要には見えなかった。
おそらくこの店内、カウンター、厨房全体がが彼女の杖となっているのだろう。
仕事柄企業の採用ページをよく読むので、「いきいきと働く」なんて美辞麗句には食傷気味だが、はたらくことが生を支える、その身体的な側面が垣間見え、勇気づけられた。
腹の調子も良いし、午後もがんばろう、と思った。
「ほら、食べたら案外大丈夫な気がしてくるでしょう?」と母の声に背中を押された気がする。