ツナえもん飯 ~爽やかな塩顔男子の場合~
今回はTwitter経由で誘って下さった彼との食事なのだが、Twitter経由ともなれば「何故、彼が私をフォローしたのか」気になるところである。
そこで彼がフォローしているアカウントを覗くと、なんとも女性が多い……というより、ほぼ女性である。それも自撮りだったり、女優やモデルなどのキラキラアイコンにしている系だ。
お、おかしい……どう見ても私のアカウント(と、某友人Pのアカウント)がこの中で異色を放っている……。
私はパソコン画面を前に眉間に皺を寄せた。
もしかしたら一時期キラキラアイコンにした時に、間違ってフォローしてくれたのかもしれない。そう思うことにした。
そんなアカウントだったので、彼からお誘いを頂いた時に念の為これだけは問うてみる。はっきりさせておきたかったからだ。
「彼さんのアカウントは何アカウントですか? 婚活、恋活、ナンパ師、遊び人?」
「その中で言うと遊び人ですね! ツナさんは呑み垢ですか?」
呑み垢ってなんだよwwwwwと盛大に突っ込みたい気持ちになったが、一応言っておくと呑み垢ではない(特にジャンルはない)
彼の呟きには「彼女ではない女性達と親密な関係」であるような呟きがいくつかあったので、ナンパ師か遊び人だろうとは思っていた。
ただ私の中では大丈夫だろうと判断し、彼の誘いにものったのである。
Twitter経由で女性に会うのは初めてだという彼には「もしかしたらおじさんかもしれないですよw」とだけ伝えておいた。
* * *
待ち合わせ場所で私を待ち受けていたのは、今流行の塩顔で細身の男性だった。ああ、好きな人は好きだよね、こういう男性! と、私は心の中で掌を拳で叩く。
「よかったですね、おじさんじゃなくて♡」
「本当ですよ! 言われてみれば、確かにおじさんが来る可能性だってありますよねw」
そんな話をしながら、彼が予約して下さったお店へ歩いて向かう。
私はTwitterにあげられていた彼の画像を消される前に見ており「こういう感じかな?」という容姿は予め把握済みだった。
その容姿と呟きのイメージではクールな遊び人かな、と思っていたので、想像に反した爽やかさぶりに驚かされる。
やはりネット上のイメージはあくまでイメージに過ぎないな……と、目の前の爽やか男子を見ながら私は思う。
「ツナさん、お腹すいてます?」
「もちろん、めちゃくちゃ空いてます♡」
「よかったw 今日、予約したお店は魚なんですけど、魚大丈夫ですか?」
「もちろん! 大好きですよ~!」
「それならよかったw ちょっとがやがやしててうるさいかもしれないですけど、すみません」
「いえいえ、全然気にならないんで問題ないです。魚いいですよね~! 魚ってたまに食べたくなるし、魚好きだし♡」
肉食な私だが、もちろん魚も大好きである。
むしろ魚を食べに行く機会は少ないので、内心テンションがあがっていた。どれぐらいあがっていたかというと、このまま走り出したいぐらいだ。
店について食事を頼み、あとは乾杯でもして和やかに話し出す。
店内は賑わっていたが隅の窓際席だったのもあって、彼が言うほどがやがやしておらず、会話も充分に聞こえる。
「どうですか? 私の印象とかw」
「Twitterの、です?w」
「Twitterはどう見てもヤバイ奴でしょw 会った印象ですよ~!」
私が冗談交じりで言って、笑いながら返す彼が急に即答する。
「ああ! オーラが牝って感じですね」
私は思わずブフォっと漫画のようにモスコミュールを噴き出しそうになった。まさか牝と言われる日がこようとは……。
「前回、お会いした人にはグラビアと壇蜜の違いみたいなもので、私は後者だって言われたんですよw」
「ああ、わかる~! わかるw つまり妖艶なんですよ。牝って感じw」
私は目の前のパンにしらすの入ったオリーブオイル(これがとても美味しい)をかけて食べながら、自らが牝豚であることを認めて心の奥底にしまっておいた。
そこからも色んな話をして和みながら、話は彼の過去の恋愛話に突入する。
彼には長年付き合っていた彼女と別れた過去があり、別れた後に歯車が狂うように遊んでしまったようで、なるほど荒んでしまったんだな……と、目の前の焼きポテトサラダ(これも本当に美味しい)を食べながら耳を傾けた。
「……で、彼女とすれ違ったりしてて、その時に俺が職場の女の子をいいなって思い始めてて。それで彼女が何か異変に気付いたみたいで問い詰められて」
よくある話だな……と聞いていた私は、いつも投げ掛ける質問を彼にもする。
「どうして好きな人がいるのに、他に好きな人が出来るの? 私にはそれが理解出来ないんだよね」
これは男性であっても、女性であっても、私には理解の出来ない感情なのだ。好きな人がいる時にどうして他に好きな人が出来るのか。
それについて問うと「そういうこともあるでしょ?」と言ってくる人もいたが「私にはないからわからない」としか言えない。その感情がないのだから。
「んー好きって、いつも100%ってわけじゃないんだよ。例えば俺みたいにすれ違って、それで減ることもあるし、増えることもあるし」
「なるほど……それで減った時に身近にいる子をいいなと思った、と」
「そうだね。でもその時って、それが好きかどうかなんて自分ではわかってないんだよ。いいなって思っててもそれが好きかどうかはわからない」
「でも女性は敏感だから、その小さな感情の変化を見逃さないんだよね。彼氏の意識が他に向いてるなって」
「そう!」
「そこで彼女は彼がよそ見していると思い、問い詰める」
「そうなんだよ! でもさ、問い詰められたって自分でもわかんないんだよ。自分でもわからないんだから、聞かれたってわからないんだよ」
「なるほど~! 今すごく納得した! それがいわゆる「男性のグレーな部分」なんでしょうね」
「そうだね。俺も悪いんだけどさ、そこでそれを正直に言って」
「女性は白黒つけたがりますからね。だから彼女は彼さんの意識が他に向いていることに気付き、問い詰め、言われて「ああ、やっぱり……」ってなったでしょうね」
よく恋愛本などでも綴ってある「男性はグレーである」の答えが今ここで解けた気がして、私は一人ですっきりし、目の前の刺身を頬張る。これがまた美味しい。
私と彼は付き合っていない間柄であり、だからこそこうして話していて、その真意がわかるけれど、付き合っているもの同士だときっと感情的になったり、上手く伝えれなかったりで、ここに気付けないだろうな……と、思うと少し悲しい気持ちにさせられた。
恐らく自分が彼女の立場でも同じようになっていただろうと思う。私という彼女がいて、でも彼の意識が他に向いている。それに気づいてしまったら、問い詰めたくもなるだろう。
「後になって、やっぱり好きだったな~とか、結婚したかったな~とか思ったりするし。女々しいんだけどさ」
「でもそうやって別れた後に男性が想い返してくれてると思ったら、私はちょっと嬉しいですけどね」
例え、結婚に至らなくても、それが彼の人生の中でのわずかな過程であっても「私と付き合った意味はあったんだな」と思えて、彼の中に爪痕を残せたようで嬉しい――苦笑しながら話す彼を見て、私はそんなことを思っていた。
そんな過去を経て、遊んでしまった彼も今は浄化されつつあるようで、遊んでいた時の話も笑いながら話してくれる。
「まあ、好きって難しいよね」
「私は今日会ったばかりで言うのもなんですけど、彼さん好きですよ」
「俺もツナさん好きだよ」
「でもこの「好き」ではないってことですよね? 付き合うってなると。もう一個上の段階というか」
「うーん……」
いつの間にか「好きとは何か」みたいな話になり、二人で頭を抱えていた。もちろん答えは出ない。
そんな真面目な話をしながらも私は食べることを辞めず、目の前の最後の一つになったパンを見つめ「食べてもいいですか?♡」と彼に問う。
すると彼は「お食べ♡」と言ってくれる。
本日、私が最高に興奮した台詞である。
店員にデザートのメニューを渡され、にまにましながら「デザート食べてもいいですか?♡」と問うても、彼は笑顔で「お食べ♡」と言ってくれる。
本日、私が最高に興奮した台詞である。
私はなんといっても餌付けに弱い。無邪気に食べたいと言う私に、気にせず食べていいよと笑顔で促してくれる男性が大好きだ。それだけで「好き~!」という気持ちでいっぱいになるぐらいには、ちょろい女である。
そんな私に彼は「ツナさんは(おっぱいなら)揉ませてくれそうだけど、ヤれはしなそうw 揉んでも「あ~はいはい、どうどう」って男性をなだめそうな感じ! そこのラインがはっきりしてるw」と笑いながら言う。
おっぱい揉めそうなんて生まれて初めて言われたのだが、おっぱいは揉ませておけとスパルタ婚活塾に綴ってあったので、今後活用するか……なんて、考えたりした。とても貴重な男性からのご意見である。
そして頼んだデザートが思っていた以上に美味しくて「え、これ凄い美味しい~♡」「うん、美味しいねw」という何気ない会話に小さな幸せを感じつつ、時間はあっという間に過ぎた。
店を出て、路線の違う彼は私の路線の改札前まで見送ってくれ、改札前でお礼を言って手を振り合う。
いつもなら「じゃあ、また」と別れて改札を通った後に、私は振り返ったりしない。振り返ってもいないかもしれないし、いなかったらいなかったで気恥ずかしいからだ。
でも今日はなんとなく、本当になんとなくだが、彼は振り返ったらいるんじゃないか? と思い、私は改札を通った後に振り返った。
彼は今しがた別れた場所に立ったままで、私と目が合うなり、こちらに笑顔で手を振ってくれた。
今だけ、この瞬間だけ、彼の彼女でいれたような錯覚を抱きながら、私は嬉しくなって笑顔で手を振り返す。
きゅん♡とした感情とはまた違う、付き合い始めに抱く満たされたような感情だった。
この時初めて「今日はデートだったな♡」と深く実感し、おっぱいぐらい揉ませてあげたらよかっただろうか? と、考えながら私は帰りの電車に乗り込んだ。