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色々な導きを感じて。

2020年10月。
私は熊野の奥地で
自分の感覚を取り戻す旅をした。

あの時もそうだった。
まるで導かれたように向かって行って
余計なものは全て落として
本当に必要なものを取り込んだ。

2024年、下半期。
私はまた自分の感覚の旅をしている。

「感覚を取り戻す」旅というより
「感覚を研ぎ澄ます」旅になっている。

あの頃漠然としていた
「自分が取り戻したもの」は今
確信に満ちて、自分の一部になった。

あれから4年、私は何か変わっただろうか。

何か大きなことができるわけでもなく
またいつもの暮らしの中で
あの時感じたものを
ずっと持ち続けていられただろうか。

4年前、個展をやり切って、
私の写真人生は一区切りついた。
あの時、確かに私の中で何かが終わったのだ。
からっぽになった入れ物だけを持って
龍神の地に入った。

これからは何のためでもなく
自分が楽に自分らしくいる為の道を歩くのだと
あの旅で私は龍神様と那智大社の神様に背中を押してもらえたような気がした。

今年の始まりは
精神的にきついものだった。
長い長い上半期を超えて、私の心はすっかり虚無の世界にいた。
誰の言葉もうまく届かない、またあの扉の中へ
入り込んで出れなくなってしまったのだ。
親友もすっかりお手上げ状態。
もう、世界になんの希望も期待も興味もなくなっていた。
そこから出ようともしなくなってしまった。
外側からは普通に見えていただろうけれど、
私はその時、もうここから出ることはないのだろうと感じていた。

状況が変わったのは6月4日。
2年外れ続けたMr.Childrenライブ。
繰り返される落選罰ゲームのループに一筋の光が差し込んだ。
ファンクラブ限定ライブの当選だった。

6月23日、雨の降る東京ガーデンシアターにて
私はもう一度蘇生することになる。

閉ざされた扉の向こうから
彼らのノックが聴こえた。
あの人たちがノックし続けている扉は
未来でも、夢でも、自分自身でもあるかもしれないけれど
聴いている人の心をずっとノックし続けているものでもあるんだ。
その音を聴いてハッとした。
開けなくちゃ。そう思った。
彼らの生き様、覚悟が私の生きる力を引き出す。
彼らの音楽は私をいつも導くのだ。
宗教みたいとか、盲信しているとか、人は言うかもしれない。
だけど事実なのだから仕方がない。
強い、何かが私の人生とMr.Childrenの音楽にはある。
紛れもなく、そうだと私は言い切れる自信がある。

そこから色々な意欲を取り戻していった。
ゾンビからの生還である。もはや無敵状態。
しまわれたアンテナをまた引っ張り出して
ピンとさしてみる。

世界はまだ終わっていない。
聞こえる。何かの声がする。
目を閉じて耳をすまそうか
それとも耳を塞いでじっと見つめてみようか。

ある人から久しぶりに関西へ行くので会いませんか?
というメッセージが来たのは
ちょうどそんな時期だった。

あ、なんだか、わからないけれど
この人と会ったほうがいいような気がする、と思った。
意味もなく、わざわざ誘うような人ではないから。
きっとこれも一つのサインだったのだろうと思う。

彼女と束の間のアフタヌーンティーをして
久しぶりにスピリチュアルな界隈の話などを聴いて
こんな風に、気楽に、この感覚のことを話せる人がいたら
分かち合える人がいたら、もっと心強かっただろうと思った。
自分の持っているもののことを自覚して、疑って、盲信せずに生きている人で
何の気負いもなく話せた時間が自分にとっては貴重なものだった。

彼女と話した後、改めて私は自分のことを考えていた。
ただただ、真っ直ぐに、自分の持っている感覚と向き合ってみたいと思った。
今ならそれができるような気がした。
何にも縛られることもない、誰かに証明するでもない、承認欲求でもない、
ただ、自分の中にずっとあって、認めてこなかったことを認めて
自分という人間に向き合ってみたいと思ったのだ。

今年は私にとっては節目の年でもあった。
タマが死んで21年。
去年の命日の時、彼女が生きた21年を超える来年は、ちゃんとするねって言った、
その年が今年だった。
2003年6月25日3時10分。
嵐の中、彼女は私の腕の中で息を引き取った。
今年は死んで21年、
これから先は一緒に生きてた時間よりも
死んだ後の時間の方が長くなっていく。
自分の中で何か、区切りをつけようと決めていた。
でも閉じこもってしまったものだから、何もできそうにないな、と思っていた。
そしたら6月23日にライブがあって、蘇生して。

タマが死んでから、私は雨女になり、
タマが死んでから、毎年周りで誰かが死んでいった。
自殺、老衰、事故、病気、いろんな理由で。
そしてその度に雨が降った。
雨は死と同じくらい私に纏わりついていて
旅行へ行けば台風ができたり、嵐になったり、
周りの人にも散々言われるぐらいどこへ行くにも雨が降った。

雨と死に憑かれてしまった人間、
それが、私の長きに渡る自己認識だった。

メッセージをくれたその人は天気を変えれるのだと言っていて
え、そんなこと、考えたこともなかったな、と思った。

そう、いつも、私はされるがまま。
ただ苦痛と悲しみと寂しさを受け取るだけ。
雨に打ちのめされて、叩き付けられるのを何もできず受けるだけ。
自分で物を瞬間的に動かしたりしてたじゃないと言われても
もうそんな自分は思い出すこともできない。

なんの為に、私は色々なサインを受け取るのだろう。
そこから何かアクションするでもなく。
なんのために?
私に何かを変えるために訴えかけているとは思えない。
ただ、ああ、また拾ってしまった。。みなくていい物を。
そんな気持ちでしか、いれなかった。
できるだけ遮断して、できるだけわからないふりをして
できるだけ、気のせいにして、できるだけ忘れた。
私は不完全な人間だから。
完全に何かを証明することができないから。

そうじゃない道があるとしたら、どんな道なのだろう。
あの時、龍神で感じた、違和感をもっと大切にしていこうと思ったこと、
感じ取ってしまうものが自分に向ける刃物ではなく
自分を包むための温もりだったら。

そうなれたらいいな、と思った。

その瞬間にサインが降りてきた。
「あの場所へ行きなさい」と。
あの場所ってどこ?
「川が二手に分かれている大きな場所」
その日はちょうど京都へ行く日だった。
京都の地図を見ながらその場所を探した。

見つけたのは下鴨神社だった。
ここだ、と思った。
ここに一体何があるというのだろう。
ちょうど宮崎で大きな地震があった直後で
何か地震に関係があるのかしら、と思ったりもした。

とにかく、行ってみよう。そう思った。

一緒に行く親友にお願いして、下鴨神社へ行くことになった。
近くに熊野神社もあるけどそっちでなく?と言われたけど、
熊野神社も下鴨神社へ繋がっているように思えて
とにかく下鴨神社へ行けと私のアンテナが言うのだと言って。
(後からその熊野神社は下鴨神社の摂社だったことが判明した)

下鴨神社の御祭神の一人が、八咫烏の化身と言われている人だとその後調べて知って
八咫烏といえば熊野大社、那智大社とも繋がりがあるなあ、と。
地震のこともあるしなにかあるのかと思ってた。

八咫烏は導きの神様。
私を何かに導いているのかもしれない。
何かはわからないけれど、そう感じた。

その日はとてもいい天気で、
そういえば、龍神に行った時も天気が良かったなあ、なんて思ったりしていた。
今日は日に浴びた方がいいような気がする、なんて話をしながら、参拝した。

その後、メッセージをくれた女性から、
上賀茂神社もいいよ、と言う話を聞き、
上賀茂神社なんてのがあるのか、と地図を調べると
なんと上賀茂神社にも二手に分かれた小川が流れていることがわかって
あれ、まさか、こっちだったのだろうか。。と思って、
また行って見なくちゃいけないなあ、と思っていたら、
彼女がまた京都へ来ると言うので、ならば一緒に行きましょう!と
誘って、8月22日に神社巡りをすることになった。

上賀茂神社について調べると
賀茂忠之という人が作ったらしく、
その人は陰陽道を日本に広めて行った最初の人で、安倍晴明の師であるという。
特別な力を持っていて、得意な能力は
「射覆」と言って、箱の中にある物を当てる力だったというのだ。
私が持っていたのと同じ。。
これまた、何か縁を感じるなあ。。。と思ってますます行ってみないとという気持ちになった。

8月22日、二人で4つの神社を回った。
上賀茂神社→八坂神社→下鴨神社→貴船神社と巡って、
どこも、すごく自分にとっては心地の良いところではあったのだけど
いくつか巡ってみて、やっぱり、下鴨神社が一番縁を感じた。
2回目の下鴨神社では明らかに烏さんに歓迎されていることがわかったし
龍神もだけど今は八咫烏の方がより強く何かを感じるな、と。

八咫烏は私に何を教えてくれているのだろう。
次はどこへ向かえばいいのだろう。
行ってみたいお寺や神社でもリストアップしていくか、と
手帳にリストアップしていく。
お寺も書いてみたけど、なんかお寺じゃ無いんだよなあ。
そんなことをしばらく考えていたらふと今度は
「玉置」という、言葉?映像?字のイメージ?が降ってきた。
降ってきた?横切った?どっちでもいいや。
一瞬のイメージが過ったのを感じた。

玉置って、中学の同級生にそんな名前の人がいたくらいで
なんの心当たりも無いんだよなあ。なんだったんだろう、と思っていると
LINEが鳴った。玉置神社とかあるんやろかなんてことを考えながら開くと
そこに玉置神社のページのリンクが貼ってあって「ええ?!」となった。
下鴨神社に一緒に行った親友からのLINEだった。
この前知り合った子がここの神社と同じ苗字だったんだー、と。
同じタイミングで同じ神社のこと考えてたってこと?
なんでいきなり玉置神社の存在が出てきたのか本当に不思議だった。
でもページを開いて、ああ、なるほど、と。

玉置神社は天照大神を御祭神の一人にしているというのだ。
八咫烏は天照大神に仕えていた太陽の化身でもある。
天照大神が天岩戸に身を隠してしまった時に引っ張り出したのが
八咫烏や天鈿女命だという。

待て待て。
スケールがかなり大きなことになっているではないか。
八咫烏は私に天照大神を繋げようとしてるの?
天岩戸に隠れて世界を闇にしてした天照大神。
タマが死んでから雨を降らし続けている私。
節目に区切りをつけようとしている私に
八咫烏と天鈿女命の化身の親友が
何か導きをくれているのだとしたら?
っていうか、よく考えると天岩戸神社にも行ったことあるわ。
あのとき、カメラが壊れたんだよなあ、とか考えてる間も
手に持ってるスマホが勝手にカメラ起動させておかしく作動してきて
再起動しても直らなくて、なんじゃこりゃーってなってるしで
もう、何かが働いてるとしか思えない。
これはもう玉置神社に行くしかないね、と。

でも玉置神社ってどうやっていくの?
十津川村だと?!運転する以外で行く方法あるん??
バスはあった。無理やろそれはって時刻に。
玉置神社は神様に呼ばれた人しかいけないと言われているらしいのも頷ける。
運転なんか、龍神行った時以来してないよー。
どうするんだよー。
とにかく田辺まで電車で行こう、
田辺からなら、なんとか運転できるやろ。
また、田辺か。
龍神行った時も田辺やった。
あの旅もきっと今とつながっているのだろう。
っていうか、多分自分の人生がずっとそこに繋がってる気がする。

宿とかあるわけ?レンタカーは?
お金ないんですけど??

宿は残り1部屋だったのが取れた。
レンタカも軽自動車が取れるとこが一つだけあった。
田辺までの格安高速バスも親友が取ってくれた。

また、この二人で、あの時みたいに導かれる旅をする。
どうなるんだろう?
怖いような、楽しみなような。
でも、呼ばれてるのだから、行くしかない。
ここまでのサインはきっと今までもずっとあったんだ。

東京で心身ボロボロになった小さな私を
熊野の土地は癒してくれた。
唯一の心の光だったタマを喪って闇に落ちた私を
Mr.Childrenの音楽は真っ直ぐにここまで導いてくれた。
友人もいつも私を助けてくれた。天鈿女命のように。
泉のような人もそっと水を分けてくれた。
そして自分の一部を認めることを心に決めたら
八咫烏が今度は高い空へ導いてくれている。
雨雲よりももっともっと高い場所へ、と。
今までもきっと導いていたのだろうけど
それに気付けるだけの準備が足りてなかった。
玉置神社は熊野三山の奥之院。
もう縁がないわけがないのだ。

なんだかすごい下半期になってきた。







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