Rainbow㊲
熱帯夜⑤
夜は、ライブ会場でジャズライブを行なう。会場の中は特別券を購入された方とドラァグクイーンたちのために席が確保されている。サポートメンバーたちは、会場の外に設けられたBBQエリアから今夜のライブを観る。
真里はエリーシャの歌のときに踊る予定だったが、エリーシャの声の調子が戻らないことを考慮して、事前に咲人が踊る予定だったいくつかの曲を真里に分けていた。真里は昨夜までにその曲の振り付けを咲人から習い練習していた。
「咲人も真里も、次はあなたたちの番よ! 楽しんでらっしゃい!」エリーシャは、舞台袖に車椅子を停めて二人に声を掛けた。
「行ってくるね!」真里はドラァグクイーン歌手の後に続き舞台に出て行った。真里は白シャツにブラウンのパンツ、足は裸足という恰好で舞台上に現れた。
ドラァグクイーン歌手への声援に混じり、真里を呼ぶ声も聞こえる。琴美たちが希望を繋いでくれたおかげで、こうして舞台上で踊ることが出来ている。
真里は、今夜のダンスは皆への感謝の思いを込めて踊ろうと決めていた。頭のてっぺんから足のつま先まで、真里は思いを込めて踊った。踊りながら千夏や史、南乃花や劇団のメンバーの顔が見えた。「私にも出来るだろうか。」ふと真里の脳裡に、ある思いが芽を出し始めた。「エリーシャのようにはいかないだろうけど、私にも誰かの人生を救うことが、出来るだろうか。――せめて自分の手の届く人々だけでも、希望の光を灯してあげることが出来たら、そうしたら次はその人たちが、自分の手の届く人々へと希望の光を灯す」――壮大な、夢物語みたいな考えだが、真里はその芽を大切に守り育てていきたいと思った。いつか、大樹となり花を咲かせるその日まで。
三曲を踊り終えて、真里は咲人とダンスを入れ替わるために舞台袖に戻った。
「お疲れ様、息が荒いわね。その様子だと踊りながら何か考え事してたんでしょ?」
舞台袖に戻るやいなや、エリーシャは真里の踊りが見えていたかのように、鋭い指摘をした。
「すごい! 息遣いだけで分かるの?」真里は必死に呼吸を整えながらエリーシャと話した。
「当たり前でしょ。何年踊ってると思うの。それで、何を考えてたの?」
「ちょっとね。……夢が出来たの。でも、いまは内緒!」真里は水を一口飲んだ。
「ねえ、真里。どうしても歌いたい歌があるの。私のために踊ってくれない?」
「え、声は大丈夫なの?」
「私にとって、これが最後の舞台になるのよ。声よりも伝えたい思いの方が優ってるの」
「分かった。何を歌うの?」真里はエリーシャから曲名を聞いた。
「それと真里、ダンスのテーマは、――」
エリーシャから伝えられたテーマに、真里は驚いた。
砂浜は放射冷却を始め、日中の蒸し暑さが空へと放出されているにも関わらず、熱気を帯びた会場は、やはり彼女の登場を心待ちにしていた。司会からエリーシャが歌うことを伝えられると、会場のボルテージは絶頂に達した。真里はエリーシャの車椅子を押しながら舞台中央へと歩んだ。
掠れた声で、エリーシャが会場に挨拶をした。
「拍手、声援をありがとう。こうやって舞台に上がってはみたものの、私からみんなに伝えたいことは、ただ一つなの。それを歌に込めて歌うわ」
静まり返った会場にピアノの音が響き渡り前奏が始まると、会場中に拍手が沸き起こった。流れている曲は、キャロル・キングの「You've got a friend」だ。
エリーシャが歌う前から早くも涙を流している人もいた。エリーシャは、掠れた声で歌い始めた。だか、息が続かない。すると、会場にいるみんなでエリーシャを応援しようと歌声が広がり始めた。
真里はエリーシャの思いをダンスで踊り続けている。
――ある日、夜空から小さな種子が地上に落ちてきて、小さな芽を出した。その芽は生長して大樹となり、蕾が出来て花を咲かせる。花は、風に乗って全ての人の元へと届けられる。人々は星に感謝し、心にある優しさを星空へと返す。そうやって地球をまるごと包み込んだ優しさは、また小さな種子を生み出す。
会場は、「ユーブ・ガッタ・フレンド」の大合唱へと変わっていった。エリーシャの体は震えていた。マイクを握る彼女のサングラスの奥からは涙が溢れ、とめどなく流れ落ちるのだった。(つづく)
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