Rainbow⑯
旋風➂
石垣島南ぬ島空港には、百を超える報道関係者とファンたちが到着ロビーに殺到していた。突然の活動休止から三年間、エリーシャの復活を誰もが待ち望んでいた。
颯爽とロビーから出て来たエリーシャは、一際目を惹く赤のスキニーパンツに水色のシャツ。その上からベージュのジャケットを着ていた。髪は黒い短髪で、両耳にはダイヤのピアスが眩く輝いている。鼻筋のしっかりと通った端正な顔。長い睫毛の下からは、ブルーのアイラインが引かれ、彼女の知的で魅惑的な存在感が唯一無二であることを証明していた。ロビーの出口に至る通路も、彼女が歩くとまるでファッションショーのランウェイのように変わり、私たち観客は彼女の歩みを見守るかのような錯覚に陥った。彼女の持つ独特のオーラには、誰もが引き込まれる。
千夏とその夫、史は、エリーシャを迎えるために到着ロビーの隅に追いやられながらも待っていた。
エリーシャが報道陣に囲まれながら歩いてくるのを見た史は、千夏の肩を小突きながら言った。
「おいおい、朋樹さん、こっそり来るんじゃなかったのか? 軽自動車で迎えに来ちゃったけど、いいの?」
「いいんじゃない? そんな小さな事でごたごた言わないわよ。スターなんだし!」千夏のあっけらかんとした返事に、史は首を捻りながら不安になった。
エリーシャは、二人を見つけるとすぐさま方向転換して、千夏と史の前に立った。エリーシャの身長は、百八十センチメートルぐらいだ。史はエリーシャを見上げて「どうも、お久しぶりです。史です」と後頭部に片手を当てて軽くお辞儀した。
「久しぶりね。店は繁盛してるの?」エリーシャの後ろには報道陣がたくさん詰めかけていたが、彼女は構うことなく話しを続けた。
「まあ、ぼちぼち。……」と、史はまた後頭部に片手を当てた。
「いいから、行きましょうか。細かな話はあとでしましょ!」エリーシャは、そう言うと二人の腕と腕の間に割り込んで歩き始めた。
「コロナでも潰れなかっただけマシよ。世の中甘くないからね。で? あなたたちの車は、どれなの?」空港玄関を出て、エリーシャは二人に聞いた。
史は恐る恐る、ココア色の軽自動車を指差した。「あれなんですけど。……」エリーシャは、史の指差す先を見て一言。
「やだ、カワイイ!」と史の背中を力強く叩いたあと、千夏にウィンクを送った。
「ほら、だから言ったでしょ! スターは配車一つでごたごた文句は言わないの!」そう言うと、千夏も史の背中を力強く叩いた。
史は痛痒い背中を掻こうと手を後ろに伸ばすが、ちょうど届かないところに二人に叩かれた手の感触が残っていた。
「史さん、三年見ない間にすっかり中太りしたわね。千夏、ちゃんと栄養管理できてるの? 栄養士の資格、持ってるんでしょ?」車の場所へ歩きながら、千夏とエリーシャは話しを続けた。
「持ってるのと使うのとは、また別よ。真里があまり食べない分、彼が喜んで食べてくれるから。食べてるところが可愛くて、つい」千夏はエリーシャの荷物を後部座席に置いた。
「才能も、持っていても使わないんじゃ、宝の持ち腐れね」そう言って、エリーシャは助手席へと乗り込んだ。「もう、その話は止めましょう」と千夏は運転手席に座った。後部座席には、荷物と一緒に、背中の筋肉が攣って身動きの取れない史が所狭しと座っている。
史は、今度こそダイエットをして二人を見返してやる!と心の中で思うばかりであった。
三人を乗せた車は、石垣島の東に広がる広大な海を左手に風を切って走り始めた。
(つづく)
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