新しい価値は生産者が設定する。これからの産地を支えるネットワークの条件/廣瀬真一さん -ぶどう屋丸鉄
収益の一部を産地の未来へ再投資する山梨市の果実ブランド「YAMANASHI PRIDE」。その商品は、農産業の未来に対する強い責任感をもったメンバーで構成される山梨プライド農家組合の方々によって生産されています。今回は、そのうちの一軒である山梨市牧丘地区の「ぶどう屋丸鉄」廣瀬真一さんに、これからの果樹産業や産地のあるべき姿についてお話をうかがいました。
廣瀬 真一(ひろせ しんいち)さん
ぶどう屋丸鉄 / ぶどう農家
1982年山梨市牧丘町生まれ。神奈川大学工学部建築学科卒。現場監督、足場屋と農業の兼業を経て、2018年より専業農家として就農。通常の路地栽培よりも約2ヶ月出荷を遅らせる牧丘のブランド「こがらしぶどう」栽培には、部会立ち上げ時から参加する。10代後半から収集した古着とバンドTシャツを作業着に農作業に取り組んでいる。
産地の看板を背負い、専業農家へ
山梨市牧丘地区はもともと養蚕が主要産業でしたが、戦後の化学繊維普及につれて、桑畑からぶどう畑へと転換がなされました。廣瀬さんのお祖父様もその頃からぶどう栽培を始めたようですが、ずっと専業のぶどう農家だったわけではありません。
10年ほど前にはお父様が建築の足場屋を主な生業として始め、ぶどう畑は知り合いに配る程度の規模に縮小しました。廣瀬さんも大学では建築を学び、卒業後は足場の仕事に就きます。再びぶどう栽培を専業として始めたのは約3年前のことでした。
「足場屋だった頃もぶどうはつくっていたんですが、時間にも気持ちにも余裕がない状況にひっかかる部分があって。じっくり向き合えばもっといいものが出来るはずだし、ぶどうの価値には伸びしろがあると思っていました」
専業農家として就農することを決意したのは、兼業時代の経験がきっかけでした。建築現場で出会った人から、「山梨で巨峰といえば牧丘」「牧丘は巨峰が一番おいしいところ」という話を聞き、地元である牧丘の魅力に思い入れが強まっていったようです。
「いろんな人との会話を通し、代々築かれてきた牧丘ブランドを再確認しました。牧丘は昼夜の寒暖差が大きく、ぶどう栽培に適した土地なんです。『巨峰の丘 牧丘』と呼ばれるほど、おいしいぶどうが実る地なんですよね」
また、牧丘だからこそ栽培できる「こがらしぶどう」の存在も、廣瀬さんの心を捉えました。こがらしぶどうは雨除けハウスで栽培され、通常の露地ぶどうよりも約2ヶ月遅く、11月頃から収穫が始まるものです。2017年には、JAフルーツ山梨の登録商標となりました。発案者でもあり、こがらしぶどう栽培部会長を務める安部等さんに、栽培してみないかと誘われたのも専業化を決めた理由のひとつだそうです。
「うちの畑は標高約640mにあり、県内でも最もぶどうの時期が遅い場所といわれています。そのおかげで早く出荷しなければいけない焦りがなく、ぶどうが一番おいしくなるタイミングまでじっくり待てる。遅場だからこその強みがあるんです」
外からの目線をとおして気づいた、牧丘でぶどうを栽培することの魅力。1年かけて育てる大変さはもちろんありますが、廣瀬さんはその中に楽しさや面白さも感じています。
ぶどうのおいしさは、自分の舌で見極める
2021年現在、ぶどう屋丸鉄では主に巨峰とシャインマスカットを栽培しています。ぶどう栽培は、幾重もの「手しごと」が重なることで、ようやく収穫にいたります。露地ぶどうの場合は冬場の剪定に始まり、房の大きさを調整するための「房作り」、種無しや玉張りを良くするための「ジベレリン処理」、きれいな房形にするために粒数を調整する「摘粒」、雨や虫から守るための「袋がけ」などが、すべて手作業で行われています。
「だいたいの時期に合わせてやるべきことはありますが、1日のノルマに縛られることもなく、ペースは自由に決められます。農業は、のんびりした自分の性にも合っていて楽しいです」
基本となるつくり方はありつつも、農業には正解がありません。同じような手順を踏んでつくっていても、ぶどうにはその一房を手がけた人の個性が反映されます。仕上がりは天候に左右される部分も多くありますが、廣瀬さんは手をかけただけぶどうが応えてくれることに面白さを見出していました。
「まだ経験が浅い分、絶対にこうしなければいけないというこだわりがありません。前シーズンの結果を踏まえて毎年やり方を変え、新しい情報は積極的に取り入れて試すようにしています」
毎年の試行錯誤は、よりおいしいぶどうを育てるためです。廣瀬さんにとって、糖度計が示す数値はあくまでも目安。数値化できない甘味・酸味・風味などの総合的なバランスは、自身の舌で判断をしています。
「おいしいものしか売りたくないので、収穫の時は食べながらおいしいと思える房を見極めています。この地域では、かつて姿見だけでぶどうの良し悪しを判断してしくじったらしいんですよ。やっぱり食べないとわからないことがある。これは僕自身ぶどうが大好きだから続けられることかもしれません。毎日パクパク食べてるので、シーズン終わりは必ず太ってしまいます(笑)」
日々の作業をこなしながら、廣瀬さんの脳裏には、喜ぶお客さんの姿が浮かんでいるのだと思います。昔から毎年のようにぶどうを注文してくれる人や、遠方から農園までわざわざ買いに来てくれる人も多いらしく、ぶどう屋丸鉄に対する厚い信頼がうかがえます。
「儲かるかどうかも大切ですが、『あの人が待っているから』という気持ちになれないと辛いんですよ、やっぱり。ぶどうを1年かけて育てるモチベーションは、顔の見えるお客さんの存在があってこそ保つことができます。そういうつながりをもっと増やしていきたいですね」
不特定多数ではなく、顔を見知っているあの人に食べてほしい。廣瀬さんの言葉からは、そんな正直で熱い思いが伝わってきます。来シーズンからはぶどうのオーナー制度も始めるとのことで、これまで以上にお客さんとの密接な繋がりが育まれていくのではないでしょうか。
「ぶどう農家にとっては、忘れられることが一番の問題です。思い出してもらえないと続けて注文はもらえないんですよ。『牧丘』というブランドは先人たちのおかけで広く認知されていますが、それはずっと続くわけじゃない。若い世代は次の展開をつくることを考えないといけません。市場を基準に価値や値段を決めるのでなく、生産者側から新しい価値を生んでいく努力をしていきたいですね」
そこにしかない価値でつながるネットワークを目指して
ぶどう農家さんはシーズン中にあまり畑から離れることができません。しかし、現場で待っているだけでは出会えない人が大勢いることも事実です。廣瀬さんはそんな状況を打開するべく、ぶどうをより広く届けるための新しいネットワークのかたちを探究しているようです。
「せっかくなら趣味が合う人たちに食べて欲しいので、僕の大好きな古着と掛けあわせて、古着屋さんでの出張販売を少しずつ始めています。先日も埼玉のGREEN HEAVENさんでぶどうを販売してきたところです。インターネットの影響で薄く弱いつながりが増えたぶん、好きなものが同じ人が集まる場所で繋がれた方が印象に残りやすいんじゃないかなと考えています」
廣瀬さんは、毎日ビンテージのバンドTシャツをまとって畑へと出かけるほどの古着好き。自身のインスタグラムでは集めたTシャツが紹介されており、中にはなかなか手に入らない高価なレア物もちらほら。
「建築の仕事ではずっと作業着だったので、専業化する時に『自分が好きな服を着て仕事をする』と心に決めたんです。それができないなら、仕事しません(笑)」
自分の心に正直に、食べて欲しい人にぶどうを届ける。ぶどうをひとつのコミュニケーションツールとして捉え、「好き」で繋がる関係性を広げていくことが、廣瀬さんが理想とする農業のスタイルのようです。
「シーズン中は各地を飛び回って営業するのが難しいんですが、それなら別分野のインフルエンサーにも発信してもらえるといいなと。すでに自分のお客さんを持っている方に宣伝を手伝ってもらえるのが効果的な気がするんです。同じ趣味で繋がっている人やその先のお客さんたちに、ぶどうの魅力を伝えていけると嬉しいですね。出張販売をきっかけに、野菜販売を始めた古着屋さんもあります。そのおかげで、新しいお客さんが覗きに来るようになったと聞いたときは嬉しかったですね。」
いずれは農園にずらりと古着を並べ、ぶどうと共に古着を買える場をつくるのが夢なのだそうです。ぶどうの産地から新しいカルチャーが生まれる日も、そう遠くはないかもしれません。
「僕が好きなお店は、そこにしかない商品がちゃんと揃ってるんです。例えば、甲府のgroveさんは、ビンテージシャツの品揃えがすごいし、前橋にあるone of themさんは、昔からバンドTシャツが大好きな僕が見たことのない商品がいっぱい置いてあります。どちらも関東一円回っても、そうそう見つけられない品揃えです。値段の安さで勝負したって仕方ないので、同じ種類のものを扱う中でも、他との違いを出すことが大事なんだと思います」
既存の概念に縛られず、新たな挑戦を厭わない廣瀬さん。その胸には、牧丘という地に根ざした責任感と、産地をつくってきた先人への深い尊敬の念がありました。
「牧丘には、ぶどう以外のものが足りてなさすぎる。今は個人でつくって売りやすい時代なので、いろんな人がそれぞれ面白いと思うものをつくる方が現実的です。単なる『食べ物』とは違う切り口から、ぶどうを他の要素とかけ合わせる人が増えたら面白いと思います。自分もその先駆けとなって、牧丘を盛り上げていきたいですね」
先人の努力によって築き上げられた牧丘ブランドは、今を生きる人々の意思によって今後どのように継承されていくのでしょうか。廣瀬さんが目指す、ぶどうを軸としたネットワークの未来が楽しみです。
ぶどう屋丸鉄
instagram : @budouy.marutetu @shclot
廣瀬さんがつくるぶどうは、TSUMORIのWEB STOREでもお買い求めいただけます。山梨市の果樹産業を支える商品を是非チェックしてみてください。
連載「土地と想像力」
本連載はTSUMORIと山梨市観光協会が協働で取り組む情報発信事業です。「土地と想像力」をテーマに、記号的な山梨とは異なる領域で土地を支えているヒト・モノ・コトを発信していきます。山梨県全域を対象に、自治体圏域に捉われない「山梨らしさ」を可視化することを目指しています。
取材・執筆:おがたきりこ
写真撮影:田中友悟
協力:山梨市観光協会
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