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灯台の下で名前を二十年ぶりにユキです【小説】1,187字
灯台の下で二十年ぶりに二人は再会した。女がやって来たということは、手紙の隅に書いた暗号を見つけて解いてくれたことを意味する。雪がちらつく中、しかめっ面でじっとしていた男の顔は固まっていた。女の姿を見た瞬間、笑っているのか泣いているのかわからない歪み顔になった。
もしも、女が来てくれたら言おうと思って二十年考えていたことを——。
「凡庸な人間は凡庸な話を書くんだって」
予期せぬ女の言葉に男は何を言おうとしていたか忘れてしまった。
言葉を発せないでいる男をよそに女は続ける。
「『灯台の下で二十年ぶりに二人は再会した』って何あれ? あんな出だしだったらみんな読むの止めるよ。最初って大事なんじゃないの? 単に舞台や状況を説明するだけの一文を持ってくるのは凡を通り越して愚だと思うよ。もっと読者を惹きつけるようなさぁ」
一体、彼女は何を言っている? 二十年前の彼女は——。
「それに二十年、二十年ってさっきから馬鹿の一つ覚えみたいに書いてるけどさ、それも何か理由があってのことなわけ? 十年でも三十年でもなく二十年なのはどうして? 答えられる?……即答できないってことは適当なんだよね。とりあえず長い期間としてポンと思い付いて書いただけでしょ? いい小説ってのはさあ、どこをどう切り取っても一つ一つに理由があるわけよ。こんな取って付けたような設定じゃあさぁ」
男はやっと口を開く。「ユキ、君が何を言っているのか僕にはよくわからない。でも、ここに来てくれたということはあの暗号を解いてくれたんだろう? 君は今も——」
男の言葉をさえぎり、風が低い音を響かせて通り過ぎる。いや、風ではなくそれは女の深いため息だった。
「どうせさあ、暗号つってもまだ何も考えていないわけでしょ? ねぇ? ほら、図星だ。いよいよ話に出さなくちゃいけないって時になってようやく考えるんでしょ。それも『たぬき』で『た』を抜くみたいなしょうもないやつだよねぇ、きっと。つーかさぁ、これってどういう話なわけ? ジャンルは恋愛?推理物?サスペンス? 何にも見えてこないんだけど」
今度は男が短いため息をついた。
「いや、これ深夜のテンションで考えただけだし。短編だからそんなに設定を練らないでちょろっと書いてみようかなぁとしただけだから」
先ほどまでの鼻につく芝居はもうしていない。それを見て女はあざけるように笑う。
「何て言うかさ、薄っぺらいんだよね。ペラペラ。漫画だったら棒人間だよ。雪降る灯台なんだよね? 全然寒そうじゃない。年を取っているはずなのにそういう描写もない。手抜いて会話だけで進めようとすんなよ」
「そ、それは……」
「私の名前、ユキだっけ? 雪が降っているからユキ? 凡庸な人間は名付けも凡庸らしいよ。そういえばあんたの名前は何だっけ?」
「田中エスプレッソジュニア二世……」
「傑作だわ」
「えっ?」
「ここで突飛な名前を持ってくるっていうオチも凡中の凡」
2022年5月
見出し画像に写真をお借りしました。
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