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極楽のショー【掌編】(1,766字)
孔雀に憧れたヒヨコか主張の強い交通誘導員か……。どちらにせよ、隊列を組んで踊り狂う彼らはまぶしいほど煌びやかだ。
踊り子たちばかりではない。ステージも色とりどりのネオンに輝き豪華絢爛。そして楽しげな音楽が腹に響くほどの音量で流れている。
ここは極楽か……? そう斎藤が思ったのも無理はない。
実際に斎藤は死んだのだ。死んだはずだった。記憶がはっきりしない。
しかし、仮にここが死後の世界であるのならば、自分が極楽に来られるはずはないという思いもあった。
ステージまでは数十メートルとも数百メートルとも感じられる。距離感がうまくつかめない。
自分の前には斎藤と同じように着席している後ろ姿がいくつも見える。前方は黒くなってよく見えないことからも何十、何百もしくはそれ以上に列が並んでいるのではないか。横にも後ろにも人は続いている。自分が中ほどにいるのか端にいるかさえわからないほどだ。
異常な人数と遠近の奇妙さ。やはり極楽かもしれないと斎藤が考えていると曲が変わった。変わったと言っても曲調はよく似ている。前の曲が思い出せないくらいには近い。
四方八方から巨大なスピーカーで音を叩きつけられているようだ。腹の底に響いてくる。決して不快ではない。斎藤の頭には十代の頃に行った野外コンサートがよぎった。
popsやrockではない。かといって演歌や歌謡曲の類とも違う。斎藤は音楽にそれほど詳しくないとはいえジャンルくらいはだいたいわかる。だが、今まで耳にしたことがない音楽であった。ただただ楽しげな曲。
踊り子の衣装も派手な黄色からシルバーのスパンコールに変わっている。より煌びやかになった踊り子たちに斎藤は目を細めた。
ふと左横に目をやると黒髪の女性が座っている。自分や他の人と同じく赤いプラスチックの椅子に腰掛けている。アジア人ではあるが日本人ではない。年は二十代か三十代。
右隣には恐らくインド周辺出身と思われる男性。こちらも若い。前には女性のウェーブした赤い後ろ髪が見える。欧米人だろう。東西の人間が集まっているようだ。
不思議なのは誰もが比較的若い。若いと言っても子どもはいない。見た限り若くても十代後半ぐらい。若く見えるだけで二十代のようにも見える。上は四十くらいか。もしかしたら全員二十代三十代なのかもしれない。
左のアジア人にも右のインド人にも話しかけようとは思わなかった。もちろん、言葉が通じないかもしれないという思いはあるが、この奇天烈な状況について共有しようという気も起きなかった。
斎藤だけではない。何千人、何万人いるかわからないが誰も話している様子はない。ほとんどの人がステージを見つめている。表情は読み取れない。中にはうつむいている人や空を見上げている人もいる。
斎藤も上を見てみる。ここは野外だということが分かる。暗闇に満月が出ている。色とりどりのステージと対照的に見慣れた灰色の満月。
また曲が変わった。やはり似たような曲調ではあるが今度は歌付きだ。日本語ではないことはわかるが英語でもないようだ。
色とりどりの鳥の羽を付けたダンサーが踊り狂う。今度はちゃんと孔雀に見えた。
*****
あれからどのくらい経っただろうか。曲はたまに変わる。曲調の同じ楽しげな曲から楽しげな曲に変わるだけ。
斎藤も皆もただただ座ってステージを眺めている。水が飲みたい、何か食べたい、トイレに行きたい、眠りたい、美人と話してみたい……そんな欲求がないわけではない。かといって我慢できないほどでもない。微細に感じる程度の欲求がひたすらに続く。しかし、椅子から立ち上がることはない。
ステージは華やかである。だがストーリーも何もないショーを見せられ続けていてもどうしようもない。
周りと交流することもない。自然と自問自答することになる。
なぜ、あの時。
どうして。
すまなかった。
もう一度やり直したい。
また会いたい。
悔しい。
斎藤の頭の中がぐるぐると回る間にもショーは繰り広げられる。
何時間経っただろうか。いや何日かもしれない。満月のまま夜空は変わらない。ショーは休みなく続く。
斎藤は思った。
ここはやはり死後の世界だ。だが極楽ではなく地獄なのだろう。自問自答させ悔恨や懺悔の念に永久に閉じ込めるのだ。欲求はある。理性もある。狂うことはない。
相変わらず華麗な鬼たちはステージ上で踊り狂う。
***
2020年10月に書いたものです。
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