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苔地蔵【昔話】1,863字
むがす、むがす、あったげど……里山に貧しい老夫婦が住んでいた。冬の間は作物を育てることができないので、内職で笠を作っていた。
しかし、今は夏。問題なく作物を育てることができる。この日のじい様は用あって村の方に来ていた。
用事は昼前までに終わり、その帰り道のことである。
カンカン照りの道の脇。村からじい様夫婦の暮らす里山に続く道の、その片側に六体の地蔵が並んでいる。
冬には頭に体に雪を積もらせてたいそう寒そうにしている地蔵たちである。しかし、冬場のこの道は雪深く閉ざされているので、じい様はその光景を見たことはない。笠は溜めておいて春先にまとめて売るのだ。いちいち売りに来ることはしない。
じい様がふと地蔵に目をやると、地蔵たちの頭には苔が生えていた。苔むして長いこと経つので分厚い苔の帯ができていた。
まるで地蔵の頭に髪が生えているかのように見えた。別にそういうつもりではなかった。確かにじい様の頭には毛の一本も生えてはいない。しかし、じい様はもうじい様だし、汗をぬぐうのに楽でいいやぐらいに思っていた。
じい様は何気なしに地蔵の苔を、髪を毟った。小気味良い音を鳴らして一遍に剥がれる感覚に快感を覚えた。並ぶ地蔵の髪を順番にベリっ、ベリっと毟っていった。頭のどこかに地蔵の癖に髪を生やしやがってという感情が無かったといえば嘘になる。
一体目から五体目を毟って最後の一体。じい様は毟った髪、否、苔を特に理由もなく、捨てずに片方の手にまとめて持っていた。そして、特に理由もなく最後の六体目の頭の上に苔を重ねて載せた。まるで鴨の尻のようだとじい様は思った。ひとしきり眺めた後、じい様は満足して帰り道を進んでいった。家に着く頃にはそんなこともすっかりと忘れていた。
そして夜。何やら物音がしてじい様は目が覚めた。数人の声がする。こんな夜更けに何事だとじい様は戸を少し開けて覗いてみた。じい様は腰を抜かした。地蔵たちが列をなして家に向かって来ているではないか。
昼間のことで仕返しに来たに違いないとじい様は震えた。じい様は何か武器になるものはないかと家の中を見渡したが石の地蔵に対抗できそうなものは何もなかった。じい様は諦めた。震えながらもう一度隙間から覗くと地蔵たちは先ほどよりもこちらに近づいている。地蔵たちの会話の内容も聞き取ることができた。
「でも、実際どうなんでしょうね、一応苔を髪に見立ててそれを剥ぎ取られたから仕返しって形で来たわけですけど」
「まあ、髪を剥ぎ取られたんだとしたら問答無用で仕返しでいいんですけどね、髪じゃなくて苔ですからね」
「苔を掃除してくれたって見方もできる」
「剥ぎ取られる以前の我々の認識はどうでしたっけ? 苔? 髪?」
「いや、あの苔について何か考えたこともなかったですよ。剥ぎ取られて初めてあ~苔があったね、そういやって感じで」
「確かに剥ぎ取られて初めて認識したとも言える」
「じゃあ、仕返しやめて帰る?」
「いやいや、せっかくここまで来たんだし。それにてっぺんだけ剥ぎ取られて無様ですよ、それこそ真ん中だけ禿げているみたいに見える」
「あーね、やっぱ仕返ししとこ」
「あ、これ、僕はどういうスタンスでいればいいんですかね。僕だけ剥ぎ取られていないし、みんなの苔を載せられたんで……じい様を擁護すればいいんっすかね」
「まあ、どっちでもいいんじゃない。擁護したけりゃすればいいし。でも、別にみんなの分を載せられて嬉しかったわけではないんでしょ?」
「そうっすね、無ですかね。何の感情も湧きませんでしたよ。だからみんなが仕返しするっていうならそれに従います」
「そういえば、『笠地蔵』でもあったよね、一人だけ笠じゃなくてフンドシを被せられてさ」
「ああ、その一人が仕返ししたんだっけ?」
「いや、なんか宝とか渡したらしいよ。よく知らないけど」
「え? フンドシ被せられたのに逆に宝ですか? だったら苔で仕返しってなんか……」
「うーん、ちょっとよくわからなくなってきたね、帰ろうか」
「そうだね、今日のところは。じい様が今度、明確な悪意を持ってなんかしてきたらまた考えよう」
地蔵たちは家の戸に手をかけるかかけないかというギリギリのところで引き返していった。じい様は腰が抜けてしばらく立ち上がることはできなかった。地蔵たちは帰り道でも何やら話していたようだが、気の抜けたじい様の頭には入ってこなかった。
地蔵たちがいなくなると静寂が訪れた。聞こえるのはばあ様のイビキの音のみ。じい様はもう地蔵様に関わるのはよそうと強く思ったとさ。
どってんぴしゃんこってな。
2021年10月
見出し画像に写真をお借りしました。
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