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味の向こう側【掌編】(852文字)
瞬間、ザラリとした舌触り。そのくせすぐふわっと溶ける。
しょっぱ味が一番。その後申し分程度の甘味が来る。その後またしょっぱ味が来て今度は苦みが居座る。だが最後に残るのはしょっぱ味とほのかな舌のしびれ。
今度は舌に乗せる位置を変えてみる。
ゼロコンマ一秒の甘味の後、しょっぱ味、苦み、しょっぱ味。位置が変わると順番も変わるようだ。だが、やはりしょっぱ味が勝つ。
今度は大きくひと口。ガツンと掌底されたような衝撃。しょっぱ味、甘味、苦みが一気に来て味覚が麻痺する。
頭の後ろがじんわりとしてくる。舌全体がチリチリしている。
ここで日本酒でも流し込めばまた違った快感があるんだろうが、私は酒を好まない。
今は水も敢えて飲まない。身体と脳が水を欲しているのがわかる。待て。味の向こう側を見せてやろう。
またひと口。もはや甘味は感じない。しょっぱ味よりも苦みが勝つ。
その苦みには爽やかさはない。侵入を拒むがゆえに身体と脳が見せるまやかしの苦さ。それゆえに純粋な苦さだと思う。
ひと口。しょっぱ味はもはや脇役でしかない。純真無垢な苦みを私は迎える。苦みは熱を持ち口内だけではなく喉、食道でも感じることができる。
ひと舐め。この段階になると量はいらない。少量のそれに刺激され脳が味を想像する。実際には味を感じられるほど口に入れてはいない。
だが、愚かな脳はこれを再現する。今までのしょっぱ味、甘味、苦み、しびれ、熱さ、走馬燈のように全てが繰り返される。
だが、全く同じではない。その日によってクリエイトされる味は変わる。
今日の私の脳は甘味を求めているようだ。甘味が前に来ている。
今日のそれに満足して私は大の字になった。相変わらず脳は揺さぶられるように痛む。
しばらくは起き上がれないかもしれない。先ほどよりも強く脳と身体が水を求めている。
だが、もう少しこの余韻に浸っていたい。しばし眠り渇きで目覚めた時に水を入れよう。
一キロ百円の精製塩。粒は均等で香りもないただの食塩だが、だからこそしょっぱ味以外を鋭く感じることができる。
私は塩を食べている。
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2020年10月に書いたものです。
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