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ドラゴンフルーツが如く【小説】1,972字
「あなたってドラゴンフルーツみたい」
それが悪口かどうか分からなかった。シチュエーションから考えて褒められていないことは確か。しかし、ドラゴン? フルーツ? 正直悪い気はしない。自慰を覚えたての少年はドクロや剣が好きだが、同じくドラゴンも大好物である。初めて自慰をしてから大分時が経っているとはいえ、いまだに私は自慰を続けている。同じように、いまだにドラゴンも好きだ。しかし、自慰が一番かといわれるとそうではない。自慰よりももっといいものがあることを知ったからだ。ドラゴンも嫌いではないが……そう、嫌いではないに過ぎない。
ドラゴンやドクロが好きでも、それに熱量を持ったとしても、それが何になるというのだ。帰結し昇華していくところがない。ファッションだったらどうだ。ファッション好きになればオシャレになりモテて、自慰なんてしている暇はなくなる。私にとってドラゴンは通り過ぎてきたものであり、いまだにそれなりの興味はあるものの……そう、それなりに過ぎない。
だから、ドラゴンといわれたって嬉しくはない。いや、あいつはドラゴンフルーツといっていた。兄貴の本棚からこっそり拝借していた頃の私が聞いたらそれだけで咆哮しそうになる響きである。今や自慰をするといっても本はない。そもそもそんな本はまだ売っているんだろうか。書店で手に取り店員に渡すなんて行為、今から自慰しますよなんていうがごとき行為、私にはできない。私の自慰は何というか本番を終え、冷めやらぬ興奮を抑えるためのクールダウンである。数時間後、または翌朝に行う余韻、余剰、残滓であり、それ自体で完結するものではない。今やドラゴンフルーツと聞いても咆哮することなどないのだ。
ドラゴンフルーツ、漢字にしたら「龍の果実」だろうか。好きな女子と同じシャンプーを買ってその匂いで昇天しそうな少年が好みそうな響きである。あの時シャンプーなど買わず、小遣いを貯めてブランドのブーツを買ったからこそ今の私がある。どんな物か確かめておく必要がある。神話か伝承か、それともアニメやゲームに登場するものか。いずれにせよ、今の私をたぎらせることはない。自慰はもはや、たぎらせるものではなく鎮めるものなのだ。
なんと、ドラゴンフルーツは存在する果物だった。薔薇色楕円形の表面から薄緑の三角突起がいくつか生えた形状をしている。漢字では「火龍果」と書くのだそう。確かに炎の中から取り出したような果実だ。龍は龍でも火龍、ファイヤードラゴンだったのだ。ただの自慰ではない。スペシャルな自慰だ。いつまでも思い出に残るような、全身に電流が走るような、いや、電気ではなく火なのだが。
味も相当なビビットなものだろう。南国フルーツ特有の強烈かつ独特な風味。濃厚でいつまでも口の中に残る舌触り。人によっては苦手だという人もいるが私は好きである。地味よりも派手な方がいい。毎年の流行色を取り入れつつも、どんな時でもビビットカラーを忘れない私にふさわしい。
食べてみるしかあるまい。調べると近所の大型スーパーに置いているらしい。思い立ったが吉日。椅子の上で自慰をしていたのでは味わえない疲労感、達成感、燃え尽き感。結局自慰は一瞬なのだ。前後がない。凡庸な自慰は感動がなく記憶には残らない。値段も輸入物なので安くはないが買えないというほどでもなかった。少し高い程度だったらいい物を買う。それが私のポリシーである。同じように見えるシャツでも刺繍が違う、裏地が違う。同じ大きさのリンゴより少し高い程度、アップルマンゴーほど高くはない。ドラゴンフルーツはそれだけで買う価値がある。
派手な見た目。肉厚の皮はどう剥いたらいいのかすぐにはわからなかった。しかし、いじくりまわしているとどう攻めればいいのか感覚で掴めた。コツを掴めばスルスルと剥ける。自慰しか知らない少年には到底無理だろう。意外にも中はシンプルなホワイトであった。香りもほとんどない。これは私的には賛同しかねる。外側が派手なら中はより派手でなければいけない。下着や靴下こそ一番オシャレでなければいけないのだ。
「あなたってドラゴンフルーツみたい」
ひと口かじってこれが悪口だということを思い出した。決して不味くはない。しかし、外見の派手さと比べ何と特徴のない味だろうか。外見だけ磨いて内面を蔑ろにしてきた私をドラゴンフルーツに例えた当てこすりだったのだ。私は自戒の念を込めて自慰をすることにした。忘れることのできない、いや、忘れてはいけないスペシャルな自慰だ。気に入っている紅赤のレザーパンツ。ドラゴンフルーツを食べる今日に合わせたものだ。硬く肉厚なズボンを剥き気づいた。赤い皮の中には真っ白な果実、否、ブリーフ。今日は誰にも会う予定がないからと気を抜いていた。私はやはりドラゴンフルーツのごとき人間だったのだ。
2021年8月
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