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ドラゴンの卵だった【掌編】2,946字

 俺はドラゴンの卵を持っていた。いや、ドラゴンの卵だったと言うべきか?

 まあ、聞いてくれ。

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 数年前、俺は営業マンだった。何を売っていたかは重要ではないので省略する。

 俺は始めたばかりの新人。とはいえ転職組なのでそんなにフレッシュじゃない。

 成績はちょっと微妙。だが新人ということで大目に見てもらっていた状態だ。

 まあ基本給が安いので厳しいノルマはない。売れなければ自分がキツイだけ。


 ある時、職場の仲間と飲み会があった。参加したのは6、7人。メンバーはマネージャーをはじめ、上司、先輩たちばかりだ。

 特に目ぼしい何かがある飲み会ではなかったが、諸先輩方と時間を共にして学べることは全て学びたい……というのは建前。

 かんばしい成果が上げられずばつが悪く、少しでも心証をよくしたいと思ってのことだった。

 その安居酒屋での会合はお世辞にも有意義とは言えなかった。そもそも飲み会の類は好きではない。

 その無益な会も終わりに近づいてきた頃、女の先輩が呼んだ知り合いという男が現れた。

 線の細さを絵に描いたような?若い男だった。少女漫画の登場人物みたいだという印象。かといって中性的でモテそうというよりはミステリアスな感じの青年。

 先輩の紹介によると彼は占い師だそうだ。そう言われるとそう思えてくる。違和感はない。正確には占い師の家系で本業はまた別にあるんだとか。

 正直占いには興味はなかった。場の空気を読んで楽しんでいるフリをすることもあるが…という感じ。

 今回もそのつもりでいた。良いことを言われたら喜ぶ、悪いことを言われたら悲しむ。リアクションの準備はできている。しかし、正直面倒なので何人かを占って、ハイおしまいにしてほしかった。さっさと切り上げて帰りたかった。

 だが、彼の話を聞いて興味が出た。ちょっと面白いかもと思ってしまった。


 彼の話によると、人は羽を持っているらしい。

 よく天使の羽というが、そんな羽が背中に見えるのだそうだ。

 ちなみに天使の羽は上位で、だいたいは様々な鳥の羽とのこと。

 これは新手だと思った。眠っていた厨二心がうずうずしてきた。


 若い占い師はまずはマネージャーを見た。特に手をかざしたりまじないの言葉を発したりということはなく、文字通りただ見ている。

 ある先輩の一言で、一人ひとり見てもらって後でまとめて発表しようということになった。

 占い師は次々に見ていく。最後に下座に座っていた自分の番。見つめられるとこそばゆい感じがした。

 占い師が言う。

「Aさんは白鳥の羽をお持ちです」Aさんとはマネージャーのことであり、元CA《客室乗務員》の50代の女性だ。礼儀作法に厳しく「私がスチュワーデスの頃は~」が口癖。

 白鳥の羽は女性のトップで、ここまで到達できる人はなかなかいないらしい。

「Bさんはたかの羽です」Bさんはチームリーダー。30代半ばで営業成績もトップだ。見た目もカッコよくて男気もあるので皆に慕われている。

 鷹の羽は男性のトップで、白鳥の羽と対を為しているらしい。

「Cさんは大きいとんびですね」Cさんは先輩の一人。20代後半で若手のホープだ。Bさんにはまだまだ及ばないものの一番期待されているのはこのCさんである。

 鳶は鷹に次ぐ上位の羽で、Cさんのそれはもう少しで鷹になりそうとのこと。羽は成長や心理状態に合わせて変化するものらしい。

「Dさんは啄木鳥きつつきですね」そう言われたのは占い師を連れてきた女の先輩。何でも自分が一番ではないと気が済まない気の強い女性。啄木鳥の特徴は忘れたが、Dさんの不満げな顔は覚えている。

 占い師は「Eさんは鳶」「Fさんはふくろう」といったように次々と、そして淡々と羽とその特徴を述べていく。

 いよいよ俺の番だ……。


「Gさんは……」Gさんとは俺のことだ。

「Gさんははとです」

 鳩……。よりにもよって俺の一番嫌いな鳥。まあ鳥類全般好きではないのだが、とりわけ鳩には嫌悪感を持っている。

 群れている様、あのおかしな動き、そしてドブネズミほどのばい菌を持っているという……。

 ある先輩が言う。

「鳩は平和の象徴じゃないですか」

 そうか……平和の象徴か。それなら悪くない。そう思ったのもつかの間、占い師は否定する。

「いえ、平和の象徴は白い鳩です。Gさんのは野鳩のばとですね」

 特徴は可もなく不可もなくだそうだ。だが俺は知っている。野鳩なんかドブネズミ同然、可なんてあるものか。

 所詮は占いと思いつつも、存分に思い当たる節があるのが嫌だった。俺は無理に忘れることにした。


 仕事にも慣れ、褒められるほどではないがぼちぼち契約も取れてきた頃、奴はまたやって来た。

 今度は事務所にやって来た。野鳩ドブネズミと言われた嫌な記憶が蘇る。

「Gさん、お久しぶりです」なんて言いやがる。野鳩扱いしたくせに。

 仕事も片付いていたことだし、帰ってしまおうかと考えていた。だが、奴はその前に見つめてきた。あの目だ。やべぇ……見られてる。

「Gさん、とんびの羽になっていますね」と占い師。

 鳶?そこそこ良いやつじゃなかったっけ?

 占い師によると、俺の羽は小さな鳶に変わったらしい。鳶って結構小さかったよな、小さい鳶のさらに小さい羽なのかとは思ったが、野鳩より全然よかった。

 他に変化していたのは若手のホープ、Cさん。案の定、鳶から鷹に進化していた。


 次に占い師が来たのは少し空いて1年ほど経ってからだった。

 その頃の俺は抜群に調子が良かった。リーダーのBさんを抜いて月間トップになることも多々あった。別に努力しまくったわけではない。コツをつかんだだけ。コツさえわかってしまえばそれを繰り返すだけである。

 たかくらいにはなってるかな……と予想した。

「Gさん、凄いです。ドラゴンになってます」と占い師。

 占い師によると、ドラゴンは3つある特別な羽の一つらしい。頑張ってなれるのは鷹と白鳥まで。それより上は限られた人しか持てないんだそうだ。

 特別な羽は天使やら何やらあるが、その中でも滅多にいないのがドラゴン含む3種。

 ドラゴン、フェニックス、透明な羽。ちなみに占い師自身は透明な羽らしい。

 いろいろ説明してくれたが、急激に興味が失せていった俺はあまり聞いていなかった。

 壁を乗り越えることがドラゴンの条件の一つらしい。壁を乗り越えるほど努力したり、苦しんだりした記憶はない。

 心当たりが全くないのに褒められても微塵も嬉しさはない……鷹くらいで良かったのに。

 ただし、正確にはドラゴンの翼ではなく、まだ卵らしい。孵化ふかしてドラゴンになれるか、潰れてしまうかはその人次第だと。

 ちなみに元ホープのCさんはハゲタカの羽になっていた。ハゲタカはあまり良くない羽で悪い感情に支配されるとこうなるらしい。

 調子が良い俺とは逆にCさんは不調だった。俺に突っかかってくることもあったのでハゲタカには大いに納得した。


 しばらくして俺は営業の仕事を辞めた。人間関係や競争に少々疲れたのは事実だが、単に仕事に飽きたというのが一番の理由だ。

 今は競争や出世とは無縁の仕事をしている。張り合うライバルもいない。いつまでこの生活を続けるかはわからない。

 占いには興味はない。だけど一つだけ知りたい。

 今の俺の背には何の羽がある? ドラゴンか?

 会社を辞めて占い師との縁は完全に切れてしまった。もう二度と会うことはないだろう。

 ドラゴンの卵は潰れてしまったのか?潰れたのなら今は何だ?

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 さ~て、皆さんもご自身のは・ね、気になりますよね。

 診断メーカーで「オーラの羽診断」を作ってみました。ご存知の方も多いと思いますが、診断メーカーはツイッターで人気の無料のサービスです。興味がある方はご自身の羽が何か調べてみてくださいね。

2020年10月



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【あとがき】

 見出し画像にお写真をお借りしました。丸々としていてとても美味しそうです。


 診断メーカーまで入れての創作です。私は七面鳥の羽でしたが野鳩になる可能性があるそうです。

 ちなみに診断メーカーではもう1つ作っていました。


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爪毛川太
爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!