リトルマーメイド-1.2

25歳無職がリトルマーメイドをレンタルするということ①

橋本は元気な無職。
今日もファンタジィが始まる。


橋本は『リトルマーメイド』のことを思い出した。
そうなったら最後、あのミュージックが鳴り止まない。

『Under the Sea』が聞こえるんだ。
耳から離れない。

陸地に憧れを持つ人魚の少女アリエル。
それをたしなめる執事セバスチャン。

陽気な音楽が奏でられる。
セバスチャンが歌い上げる。
お魚たちは狂ったように踊る。

あのミュージックだ。
いつまでも橋本の頭の中で流れる。

一体どうなっているんだ。
鳴り止まないんだ。

これはもう骨の髄までリトルマーメイドをしゃぶり尽くすしかない。
自分の中のリトルマーメイドが満たされるまで
向き合わなければいけない。

けれども橋本の中のリトルマーメイドが臨界点に達してしまったら?
その時はその時。
橋本がリトルマーメイドになるしかないんだ。

もう借りよう、借りちゃおう。
でもやっぱり大丈夫なのか?

「だいじょうぶだぁ」

神の声だ。
少し食い気味に神の声が聞こえた。
根拠は何もないけど、その一言で救われる気がする。

でもやっぱり心配なんだ。
世界中の子供達がリトルマーメイドを愛している。
ちびっこたちはみんな、あのミュージックに夢中。

そんなリトルマーメイドのこと
橋本が
25歳が
無職が
レンタルしていいのかな。

捕まらない?
橋本が『リトルマーメイド』をレンタルしても捕まらない?
なんか、間接的に世界中の子供達をおびやかしたって言われて
連行されない?
本当に大丈「だいじょうぶだぁ」


近所のTSUTAYAにはあまり人がいなかった。
ディズニー映画のコーナーへ急ぐ。

すぐに『リトルマーメイド』は見つかった。
ついでに『羊たちの沈黙』も借りよう。

レジは、セルフレジだった。

『リトルマーメイド』をバーコードリーダーにかざす。ピッ。

『羊たちの沈黙』をかざす。

『羊たちの沈黙』をかざす。

『羊たちの沈黙』をかざす。

どうした。
ピッって言えよ。
いつもみたいにピッて。
さっきまであんなに元気にピッて言ってたじゃないか。
らしくないよ。

家に帰ったらいっぱいおしゃべりしよう。
橋本がお前を変えるから。
もうお前は『おしゃべりな羊たち』っていうコメディ映画だ!
なぁだから頼むよ。
ピッって言ってくれ。

店員が橋本のことをチラチラ見ている。
時間がない。
今にも店員が声をかけてきそうだ。
雑務をこなしながらも意識は完全に橋本へと注がれている。


もうダメかと諦めかけた。
だいたいこんな時、諦めかけたら物語が展開するだろ?

ピッという音が聞こえた。

否、ピッという声が聞こえた。


橋本の耳元で、見知らぬおじさんがピッっと言っていた。

白いタンクトップ。
黒のスウェットパンツ。
そしてアディダスのサンダル。

タンクトップから透けた乳首は、一等兵のようにしゃんとしていた。

乳輪は大きかった。
ひまわりを思い出した。
太陽をさんさんと浴びて、大きく育った夏の花。
おじさんの乳輪はひまわりだ。


もう『リトルマーメイド』も羊たちの沈黙もどうでも良くなった。ピッ。
『羊たちの沈黙』はバーコードリーダーに認識された。

ひまわりのおじさんは、いなくなっていた。


➡︎25歳無職がリトルマーメイドをレンタルするということ②へ続く



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