まめ鉄砲をもつ男
映画館とはどのような場所なのだろうか。
大画面スクリーンと迫力の音響システムが準備された空間で最新映画が映し出される。大きな画面に映し出された巨大なモンスター。すぐそこでヘリコプターが飛んでいるかのような臨場感のある音。
ある日、2軒隣のヨシダさんが、ピスタチオの硬い皮を食べすぎて、体に突然変異が起こり、悲しきピスタチオモンスターになってしまうという映画を上映しているとする。
彼はピスタチオが大好きだった。
ヨシダさんは、なんと1秒間に1発のピスタチオを打ち出すことが可能なピスタガンを自作することに成功し、理由なき復讐のために街で大暴れをする。
それでも、映画館で作品を鑑賞している人たちは、逃げ出さなくていい。ピスタガンなんて全然怖くないから、という理由ではない。
映画館は、作品のバイオレンスが物理的に及ばない安全なところだからだ。1秒間に1発のピスタチオが飛んでくることはまずない。
だから飲み物を飲んでいてもいいし、軽食だって食べてもいい。コーラがなくなる直前の、水分と空気が一緒に吸い込まれる音や、ポップコーンから微かに香るバターの匂いが、これぞ映画館と思わせてくれることもある。
確かにヨシダさんのピスタガンは僕に当たらない。
『シン・ゴジラ』をみるために映画館へ行った。上映開始の直前、劇場の明かりが消える。何歳になってもワクワクするもんだ。
闇に紛れて、嗅ぎ覚えのある匂いが香ってくる。
酸っぱいイカのにおいだった。
誰かが、どこかで、酸っぱいイカを食べている。
「よっちゃん…だよね?まさかこんなところで会うなんて思ってなかった。昔は、なんていうか、もっとチープなお店にいたイメージだったから。駄菓子屋さんとか。だから、こんな暗い場所にいるのって、変な感じ。」
ポップコーンから香るバターやキャラメルのにおい。炭酸飲料のなかの拮抗した氷が溶けたときの濁音。誰かが体勢を直した時のきぬ擦れ。酸っぱいイカ。
「私はよっちゃんの場所が分からないし、よっちゃんも私の場所が分からない。だけど私はよっちゃんがこの空間にいるって分かるよ。たぶん、よっちゃんは特別なんだね。」
海に突如出現した未確認生物の動画がSNSで拡散されていく。
酸っぱいイカなう。
「ニューヨークに行ってたんだ。隣の人はお友達?へぇ、あっちでバンド活動してた時に出会ったんだ。音楽のことよく分からないけど、なんかよっちゃんの友達って感じでいいと思う。芯が強そう。名前は…タラタラしてんじゃね〜よ、かぁ。すごいメッセージ性の強い名前。」
ゴッズィィラ。
スッペェィカ。
「やっぱり変わらないね。空気感っていうか、においっていうのかな。うまく表現できないな。よっちゃんはやっぱり、スペシャルなにおいがする。」
エンドロールが終わり劇場が明るくなった。すぐにあたりを見回すがそれらしき人物はいない。
思い出されるのは酸っぱいイカのことばかり。
確かに、映画館では作品のバイオレンスから逃れながらも、それを楽しむことができる。しかし、別のバイオレンスが、すでに劇場には潜んでいることがあるのだ。
つまり、映画館とは、それ自体にバイオレン・・
もうそんなことはどうでもいい。
僕は、ピスタガンで、あいつを撃ちたい。
-おわり-
photo by Alex Eylar
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