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都会で小さな森を守る 鎮守の森が向き合う現代(いま)

都会の住宅街のかたわらにも高くそびえる木が静かに立っている。物言わぬ大木が切られようとするとき大きな抵抗を感じる人々がいる。2024年7月の都知事選では、明治神宮外苑再開発のための樹木の伐採が大きな争点となったことは記憶に新しい。
一方、都会の樹木による問題が起きることも多い。2024年4月23日に、京都の有名な観光スポット産寧坂で、花の盛りにはフォトジェニックな風景を提供していた桜が突然倒れ、負傷者を出した。また、落ち葉などがトラブルの原因となる話もよく耳にする。
神社の木は神聖なものとしてずっと守られているので、大木となっている場合が多い。そこで杉並区の住宅街で鎮守の森を守っている神職の方々に、3ヶ所の神社で取材し、都会で小さな森を守るということの大切さと現代的な課題についてうかがった。そしてその課題への向き合い方を探った。

身近な樹木への関心調査

今回の取材をするにあたって、都市に住む人は、身の周りの樹木を実際どのくらい意識しているのだろうか、と疑問に思った。旅先で見る名木や高原の白樺林ならともかく、身の周りの樹木はあまり意識しないのではないだろうか。そこで主に東京杉並区の住宅街に住む53名を対象にアンケートをとってみた。
「自宅の近く(徒歩10分以内程度)に気に入っていたり、いいなと思ったりする大きな木や林がありますか」という問いかけには、約80パーセントの人が「ある」と答えた。都会でも徒歩10分という近さで好きな大木や林がある人が多いことがわかった。意外と身の周りの樹木を意識する人が多いのかもしれない、と感じた。
さらに、「その木がどこにあるか」と尋ねた結果は図1のとおりである。

これにより、神社の樹木は公園と同等程度に身近な存在として親しまれていることがわかった。
しかし、公園と神社は性質が根本的に異なるものだ。経営面からみると公園は公共のものでその財源は税金であるが、神社は民間のもので個々の神社の収入で賄われている。鎮守の森は民間所有の森である。その中でも小さな神社は法人ではあるものの、実際は1世帯の家族だけで運営しているところも多い。

心が和む鎮守の森

杉並区の馬橋稲荷神社は、龍の彫刻の施された二の鳥居を持つ。辰年の今年は雑誌「クロワッサン」に見開きで紹介され、テレビ番組にも取り上げられた人気のパワースポットだ。
住宅に囲まれた静かなところにあり、以前は知る人ぞ知る神社だったが、十数年前から全国から人が訪れる人気スポットとなった。
入り口によっては外から中が全く見えないため、入って初めて高い木々が目に入った。その上、参道にたたずむとせせらぎの音が聞こえてくるのだ。鳥居から社殿へと向かう参道には両脇に高木が並んでいるが、その下に小さな小川が流れていた。どうしてこんな流れがあるのだろうか。近くの説明板には、かつてこの地を流れていた川に思いを馳せて作ったということが書かれていた。禰宜の本橋宣彦さんにお話をうかがった。
神社は水源や川沿いに立てられていることが多いが、馬橋稲荷神社も杉並区内に水源をもつ桃園川という小さな川のほとりに建てられている。かつて田畑を潤していた桃園川は、関東大震災以降の宅地化と下水道の未整備のためにやがて「どぶ川」と呼ばれるようになった。そして「くさいものにふた」をするように暗渠にされて見えなくなった、という。本橋さんがこのせせらぎを作ったのは、失われた桃園川の流れを感じてほしいと思ったためだ。

馬橋稲荷神社。参道脇の両側に小川が流れている

この思いを抱きながら過ごしていた時、たまたま参道の工事で石がたくさん出たことや防水用の深井戸を掘ったことでせせらぎが実現したそうだ。驚
いたことに、この流れは神職の人たちが自分たちで穴を掘り、コンクリートを使って作り上げたものだという。3、4か月かかってやっと出来上がり、水を通した日は折しも12月31日だった。神社が1年で最も忙しくなる時だ。失敗した時のことを考えさすがに「本当に今日水を流していいのか」と心配したそうだ。無事、1月1日にはせせらぎの水音のある初詣となったわけである。
「水の音がしていい」という声を多く聞くそうだ。風が吹き、木の香りがして水音がするだけで心が和むのだと本橋さんは言う。カワニナなどの生きものも放していて命をはぐくむ流れにしたいそうだ。その思いは境内に書かれていた「桃園川は馬橋の郷にとって幾代にわたり、大切な命の川でありました」という言葉に現れていた。
鎮守の森は幾代かの土地の履歴を物語る場所でもある。そのことが感じられるように作られた流れだったのだ。
別の側面から補足すると、鎮守の森など都市の緑は一人一人にウェルネスな生活をもたらすものとしても科学的に証明されているようだ。千葉大学の自然セラピー研究室のウェブサイトによると、「都市森林浴」の研究で、山の森林のような大きな森林だけでなく、都市の公園のような限られた緑でも、ストレス軽減の効果があり、神経活動が変化したり、心拍数が適正に近づいたりするということを実験で証明している。町中の緑程度の規模でも予防医学に効果があるということだ。
科学的にも心が和む効果が証明されていることになる。

気象変化で高まるリスクに立ち向かう

しかし、木は生きているものなので癒しの側面ばかりではない。
平成22年の3月21日東京地方は明け方春の嵐が吹き荒れ、最大瞬間風速は30メートル近くになった。杉並区にある天沼八幡神社の鶴岡千佳子さんは暗いうちにドーンという鈍い音を聞いた。遠い音のように思えたそうだ。朝、境内にあるシラカシが幹の途中で折れて、お社の屋根に倒れ掛かっていて愕然とした。よく葉が茂り、弱っている気配のない木だった。社殿の屋根は一部損壊したものの、外側に倒れて道路をふさぐなどの被害が出なかったことを思うと、不幸中の幸いと感じたという。神様が受け止めてくださったと思ったそうだ。
今後同じようなことが起こるのをどのように防げるか、宮司の鶴岡隆志さんは、杉並区のみどり公園課の職員に相談した。親身になってくれたそうだ。アドバイスを受けて樹木医に調査を依頼する。低木を除いた境内の84本の高木の一本一本を専門家の目で健康診断していく。目視だけでなく打音や地中部の弱り具合まで点検した。健全な樹木が多かったが、中には要処置や要経過観察のものがあり、それらの木々については個々に今後の方針が立てられた。人間ドックならぬ樹木ドックである。その結果をもとに、造園の専門家とともに定期管理を続けている。調査費用は100万円近かったそうだが、それでも樹木医に見てもらって方針が立てられたことはとてもよかったそうだ。
この樹木医のアドバイスによって、もっとも大きな決断を迫られたのは境内の中心的存在ともいえる3本のクロマツの高さを低くしたことだ。
これは大正12年。関東大震災前の天沼八幡神社の写真である。

大正12年の天沼八幡神社

このときからすでに高い松の木がある。これらの木はその後も手を入れられることなく、樹木調査では25メートルの高さで記録された。推定樹齢200年から300年のこの松はほぼ健全な状態。しかし、これ以上荷重が増すと危険な状態になるというアドバイスがあり、低くすることを決断した。年々肌で感じる風が強さを増すことや、もう高所作業車の限界の高さとなっていることもあり、迷いの末の決断であった。1週間をかけて15メート分を低くした。この作業には300万円近く必要であったという。
背が低くなった当初は、中途で切られた幹が目立っていたが、7年経った今はしっかりと成長し、松らしい樹形を取り戻していてあまり違和感はない。

天沼八幡神社 宮司の鶴岡隆志さん・千佳子さん

今回取材した他の2つの神社でも、それぞれの方法で樹木のリスクに立ち向かっていた。
馬橋稲荷神社は、住宅と接する境界が多いため、樹木管理には気を使っていて年間予算200万円をかけて剪定している、とのことだった。木の負担を少しでも軽くして弱らないように上部の枝下しを行っている。また、人家と接する部分は枝を間引くなど工夫をしているとのことだった。「お金をかけてでも維持のために木の健康を保ちたい」、という言葉が印象的だった。
 一方、神田川沿いにある下高井戸八幡神社は境内が広めでまとまった樹林からの風がさわやかな気持ちの良い神社だ。周辺にも緑地が多く、都会の快適さと緑が調和する住環境となっている。樹木数は多く、高木だけで200本を確実に超えている。宮司の齋藤剛さんによるとこまめに点検することに気を付けているということだ。落枝が近隣人家に落ちることがないか、台風や強風の際にはとても気になるそうだ。今まで大きな落枝は境内の中だけで済んでいる。しかし、人家に近い樹木は間引くことも考えているそうだ。剪定など樹木管理の作業は毎回2〜300万円かかるが、毎年とは行かず、不定期にならざるを得ないとのことだった。

下高井戸八幡神社 宮司の齋藤剛さん

3つの神社とも樹木の管理に注意を払い、自然災害に備えている。ときには天沼八幡神社のように大きな決断をしなくてはならない場合もある。専門家の適切なアドバイスがないととても難しい事だろう。
鎮守の森の樹木は、古くからその土地にあるランドマークとなっている場合もあり地域の財産とも言えるものだ。神社が樹木管理の中心となるのはもちろんだが、自己責任のような言葉で片付けてはいけないことだと感じた。

近隣の住民との調和 落ち葉問題

多くの神社の悩みのたねはもう一つある。
 それは落ち葉が庭に落ちるのでなんとかしてほしい、という近隣からの声である。鎮守の森に限らず、落ち葉のトラブルというものは最近よく耳にする。樹木の意識調査のアンケートで落ち葉について次のように尋ねてみた。「自宅近くの樹木からたくさんの落ち葉が自宅内や自宅周辺に落ちてきたら、どう思いますか。」その結果は図2のようなものであった。

この結果から、約6割と多数の人が落ち葉をむしろ好んだり気にしなかったり、気になってもがまんできる、と好意的である。しかし約4割の人は落ち葉問題になんらかの対応を求めていることがわかる。このアンケートは樹木の場所を特定せずに問いかけたもので、公園や寺社林の木と限定すれば、公共性の高さや樹齢によっても受け止め方が異なってくる可能性がある。それでも、一般論としてはこれだけの人が落ち葉に厄介さを感じているようだ。
直接お宮に寄せられる苦情としては、「落ち葉が自宅庭に落ちてくる」「落ち葉が雨樋につまるので掃除してほしい」「木に来るセミ・鳥の声がうるさい」などだそうである。
昔はそうした声はあまり聞かれなかったという。「都会の生活は天然自然を相手にしなくなり、自然のサイクルが身近でなくなって迷惑と感じるようになっているのだろう」と本橋さん。確かに全体的にはそうした時代の流れがあるのだろう。
各神社で具体的な話を聞くと、いろいろなケースがあり、新しく引っ越して来た人の場合もあれば、何十年も何事もなかったのに急に要望を聞くこともある、という。その家々で様々な状況があると思われ悩ましい問題である。ケースバイケースで解決するほかないようであった。
地域のコミュニティが落ち葉清掃などで支えることも多いようだ。こうした活動は心強いことだろう。

鎮守の森に託すもの

私が今回取材した3ヶ所の神職の方々は、安全や管理のために間引いたりすることはあっても、全体的にはなんとか樹木を維持していきたいと考え、管理を実行している方々だった。
しかし、全国的な資料で見ると平均的には神社の経営というのはかなり厳しいところが多いようだ。2016年の資料(注1)によると「過疎地ではない」地域でも、収入300万円未満が5割、300万円以上1000万円未満が2割である。樹木の維持管理も簡単なことではないだろう。鎮守の森の一部をマンションにする計画がニュースになることもある。地域で支えていくような雰囲気や仕組みがあれば少しは助けになるのかもしれない。

下高井戸八幡神社 社殿横の松林

下高井戸八幡神社の齋藤さんは「(インターネットなどで)調べる手立てを持った若い人たちの神社との接し方が、明らかに変わってきている」とのことだった。昔ながらの信仰だけでない流れを強く感じるそうだ。御朱印を求めて遠方から訪ねてくる方も多いそうだ。
私はいわゆる神社ブームについて考察できる知見は持っていないが、ブームというには長いように思う。齋藤さんの感じる流れが新しい価値観につながっているとしたら、今後の神社を支えていくことになるのではないだろうか。
馬橋稲荷神社の本橋さんに行政に希望することを聞くと、ただ緑を増やすということではなく、子供たちの心を育ててほしいという思いを語られた。木や花が植えたくなるようなそういう心を育ててほしいとの願いだった。
天沼八幡神社の鶴岡さんご夫妻に鎮守の森のこれからについて尋ねた。子供たちに、都会の生活でできなくなった体験をしてほしいとのことだった。たとえばお正月にお焚き上げをすると子供たちは焚火を見たことがなく、とても興味を持つそうだ。そうした昔ながらの経験を大事にしたいと語った。

鎮守の森から都市の緑を見る

 

下高井戸八幡神社 松林の下のタチツボスミレ


今回は杉並区の神社を取り上げたが、小さな鎮守の森というのは広く杉並の緑や東京、世界の緑の中でどのような位置づけになるのだろうか。簡単に見て行きたい。杉並区は東京23区の西端に位置し、北には練馬区、南には世田谷区がある。この3区は関東大震災または第二次世界大戦前まで農地や雑木林が多かった地域で、東京23区の中では比較的緑が多い方だ。令和3年度では練馬区が3位、世田谷区が4位、杉並区が5位となっている(注2)。緑被率というどのくらい緑で覆われているかという指標で見ると区の22パーセントくらいである。この緑の所有者は杉並区の場合7割が屋敷林や社寺林、農地など民有地で、3割が公園など公共地だ(注3)。この傾向は練馬、世田谷でも同じで、つまり東京の緑を保っているのは民間に負うところが大きい。
一方世界に目を転じると、この2割ちょっとの緑地というのは世界の主要国の首都のなかでは、格段に少ない割合である。OECDの統計では37か国の首都のうち下から3番目の低さである。(図3)この37か国の平均は5割弱だ。

(OECDライブラリーの表データを元に作成した)


東京の緑は民有地に支えられているが、屋敷林、社寺林、農地など歴史ある緑は減少の一途をたどっている。
では、行政は、民間の大木や林をどう支えているのだろうか。
多くの自治体では保護樹木・樹林の助成制度を設けている。そこで23区の制度を調べてみた(注4)。民有地が少ない千代田区を除く22区では保護樹木・樹林に対して何らかの助成制度を持っていた。保護樹木は直径や高さで条件が決まっている。助成の額は区によってかなりの開きがあると知った。
品川区や世田谷区は3年に1度、保護樹木の剪定などを区が行うとしている。また、1本10万円までなどの限度額を設けて剪定費用を助成するところも複数ある。しかし、3分の1くらいの区は1本あたり3000円から1万円ほどの助成額で割と予算を抑えていた。杉並区は「個人」と「法人」の助成額を区別しているところが特徴的で、神社など「法人」への助成はかなりの低額となっている。「個人」が所有する屋敷林のピンチを救うため予算を振り分けていると思われた。
杉並区のみどり公園課に尋ねてみたところ、昭和期に決められた制度をそのまま使用しているため、今見直しの最中だそうだ。「みどりの基本計画」も令和6年度(予定)に向けて見直されているので、助成制度の改善も期待できるだろう。
昨今の気象変化について聞くと、台風でなくとも強烈な風が吹く、など気象が変わってきているので、持ち主さんの不安はよくわかる、とのことだった。
 各区の制度を見ていると、持ち主に寄り添い、共にこの問題を解決しようという姿勢が感じられる区がいくつもあった。たとえば世田谷区ではウェブサイトの「保存樹木制度のご案内」で「持ち主の責任」「行政で手伝えること」を明確に示しており、木のリスクについても相談できる仕組みがわかりやすく書かれていた。杉並区の新しい『みどりの基本計画』については現在作成中の計画をウェブ上で見ることができるが、今までのものより具体的で、樹木のリスクについても触れている。行政のそうした姿勢で頑張れる樹木の持ち主も多い事だろう。
 都市緑地計画の専門家である糸谷正俊氏は社叢(鎮守の森のこと)の課題の一つとして「地域との連携が見られるものの市民団体の参加は少ない」と述べている。また「政教分離ではなく歴史的緑地としての行政との連携」も課題であるとしている。神聖な場であることへの敬意を失わずに、歴史的緑地として地域を見直す視点が鍵となるに違いない(注5)。 

静かに立つ樹木に寄り添い、まず一人一人が知ることから始めることが大切なのだと感じた。

 

 (注1)『神社・神職に関する実態調査』報告書 神社本庁総合研究所研究祭務課 2016年
(注2)「令和3年度練馬区みどりの実態調査報告書」https://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/tokei/kankyo/midori_tyousa.files/r3_all_midorinojittaichousa.pdf
(注3)「杉並区みどりの基本計画」 平成22年https://www.city.suginami.tokyo.jp/kusei/seisaku/gyousei/bumon4/1013519.html
(注4)東京都「東京の緑 緑を保全・創出するための助成制度」https://www.tokyogreenery.metro.tokyo.lg.jp/green-system/system.html
(注5)「都市における歴史的緑地としての社叢」糸谷正俊『鎮守の森の過去・現在・未来 そこが知りたい社叢学』NPO法人社叢学会 2023年

あとがき

この文章は筆者が「宣伝会議 第48期 編集・ライター養成講座総合コース」の卒業制作で作成したものを修正・加筆したものです。
都会の緑地問題を素人ながらこれからも考えていきたいと思っています。


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