プペル

「芸人・絵本作家 西野亮廣氏の絵本から考える次世代の体験広告」

日本広告業協会 第47回 懸賞論文(2017年度分)
私の言いたいこと 新人部門

第1章 はじめに
 これからの広告は「体験」だ。広告業界にいるとよく耳にする言葉だ。ただ、体験と言っても、その幅は広く、現在ではインタラクティブ型広告や参加型広告が体験広告の代表とされている。そんな中、それらと違った体験の構造を持つ「次世代の体験広告」を見つけた。お笑い芸人・絵本作家のキングコング西野亮廣氏の描かれた絵本「えんとつ町のプペル」の事例に、次世代の体験広告を見ることができる。次世代の体験広告とは「広告コミュニケーションを体験するのではなく、その前のマーケティング領域(商品開発など)を体験する広告」である。今回便宜上、次世代の体験広告と呼んでいるが、その範囲は、広告を超えている。絵本の事例にインタラクティブ型広告・参加型広告の事例を交えながら、次世代の体験広告について論じていきたい。
※本論文において、企業と言う言葉には、商品と言う意味も含む

第2章 西野亮廣氏の事例
1.西野氏とは
 西野氏は、芸人や絵本作家だけでなくとしてだけでなく、アーティストやTOKYO DESIGN WEEKの理事など幅広く活躍されている。NYでの絵本の個展、SHIBUYA Halloween Ghostbusters & TRASH ART、おとぎ町の取り組み、などが代表的な活動だろう。SHIBYA Halloween Ghostbusters & TRASH ARTは、第3回広告業界の若手が選ぶ、コミュニケーション大賞(JAAA)」にも選ばれていることから、広告的センスのある方だと考えている。
2.絵本「えんとつ町プペル」について
 絵本の内容は、ゴミ人間のプペルと少年ルビッチの友情を描き、彼らが周囲から批判を浴びながらも夢を追い続ける物語だ。内容はもちろんのこと、絵本の成り立ちが興味深い。「映画、ドラマ、漫画、会社やライブ、その他たくさんのエンターテイメントが分業制で進められているのに、なぜ、絵本だけは一人で作ることになっているのだろう?」という西野氏の疑問から絵本制作は始まった。そんな中、絵本は小さな市場なので、予算をかけると制作費を回収できないから、分業にできないと結論を出したいそうだ。最終的に、クラウドファウンディングによって、その課題を解決し絵本制作された。次世代の体験広告を作ると言う動機で、クラウドファンディングを用いたのではないだろが、それは、次世代の広告体験を作ることに大きく貢献している。クラウドファンディングはあくまで、次世代の体験広告を作る手段であり、それを作る絶対条件ではないことは、強調したい。
3.西野氏の提供した体験
 大きく分けると、①クラウドファンディング、②絵本の制作途中報告会、③SNS、④絵本の展示会、が西野氏の提供した体験だ。①〜④を見てみると生活者が作り手にまわっている。西野氏もここは、生活者を作り手にすることは、意識しているようだ。ここがマーケティング領域(商品開発など)に参加する次世代の体験広告のポイントだ。
 ①は、お金を支援する行為が作り手に回る働きとして機能している。
 ②、③では、西野氏に、感想や意見を伝える機能を果たしており、絵本作りに直接参加している感覚を味わえる。②に参加した時の体験が私にとって非常に重要であった。今回のテーマで論文を書くに至った動機にもなっている。西野氏が、参加者に絵本についての感想をその場で聞いて、結果を絵本に反映するというのがとても印象的だった。実際、参加者が感想で「このシーンの色をもっと明るくした方が印象的なのでは?」「物語の構成はこうした方がわかりやすいのでは?」と西野氏に伝えていた。実際参加してみて、絵本作家(企業)と生活者の間が、近づけば近づくほど、絵本(商品)に対して、自分ごと化が起きやすいと感じた。③ではFacebookで、絵本のタイトルロゴの意見を募集していたのが印象的であった。SNSを使っての生活者との密なコミュニケーションも重要事項だろう。
 ④では、西野氏が、絵本を売るために、絵本の展示会をやりたいと、クラウドファンディングで資金を募った。そうすると全国の絵本のファン(生活者)が、自分の住む地域でも、絵本の展示会を開催したいとクラウドファンディングを立ち上げていた。生活者が、進んでプロモーション活動に参加する構造は、とても興味深かった。

第3章 自分ごと化の2つのポイント
1.近づく企業と生活者

 西野氏と生活者が共創することで、自分ごと化が発生したと考えている。絵本の事例では、生活者が作り手になることによって、西野氏との距離が近づいていたということができる。西野氏を企業と捉えて考えていると、企業と生活者が近づいた状態にあると言えるだろう。マーケティングの観点から言っても、西野氏の事例は成功だと言えそうだ。コトラーは、マーケティングを、生産主導のマーケティング(1.0)→顧客中心のマーケティング(2.0)→人間中心マーケティング(3.0)→自己実現マーケティング(4.0)と発展させている。企業主導の時代から、生活者主導のマーケティングへの移り変わりを見ると、企業と生活者の距離を近づいていると言うこともできるだろう。自分が参加して、作ったものは、欲しくなるし、企業と生活者が近づくことで、ますますこの動きは、加速するだろう。
2.自己実現欲求(創造インサイト)からの自分ごと化
 ここでは、作り手がどのような過程を経て、自分ごと化にたどり着いたかをもう少し詳しく見ていく。自分ごと化への過程をマズローの欲求5段階説を用いて考えたい、マズローは、欲求を欲求5段階説(生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳欲求、自己実現欲求)に分けて考えた。絵本の事例では、自己実現欲求の中の「自分の能力を引き出し創造的な活動がしたい」と言う欲求をうまく刺激していたと分析している。この欲求を「創造インサイト」と呼ぶことにする。つまり、今回の自分ごと化プロセスは、「作ることへの参加(企業と生活者が近づく)→自己実現欲求(創造インサイト)→自分ごと化」が起こったと言えるのではないか。

第4章 芸人・絵本作家西野氏と広告業界の違いと共通点
 広告業界で絵本の事例のような次世代の体験広告を作ることは可能だと考えているが、西野氏と広告業界では、コンディションがまったく同じではない。以下、違いと共通点について考えてきたい。
違いは、広告業界の広告マンは、広告の専門家として活動している。一方、西野氏は、広告の専門家でない。その違いは、広告分野において、結果を出さなければならないか、そうでないかの違いである。広告業界が次世代の体験広告で結果を出すためには、ビジネススキームを確立する必要があるだろう。次に共通点を見て行きたい。芸人・絵本作家は、ある情報を人に提供し、心になにかしらの反応を生み出すプロだ。広告業界も同じことが言える。
 このように、立場が違うので、絵本の事例を参考に次世代の体験広告がすぐに実施可能かと言われると、簡単ではない。ただ、ビジネススキームを確立することで、クライアントに提案できるものになるだろう。

第5章 広告業界から考える現在の体験広告と次世代の体験広告の違い
1.3つの視点で広告をとらえる
 下記チャート(※図1)では、①一方通行の広告、②インタラクティブ・参加型の広告、③次世代の体験広告と3つの視点で広告を捉えた。この章では、チャートを用いながら、②③の違いを明確にしていきたい。
 ①一方向の広告とは、従来からあるテレビCMなどのマス広告をさす。
 ②インタラクティブ型と参加型広告とは、一方向の広告に体験が加わったもので、現在、これが体験広告と呼ばれている。②インタラクティブ広告の事例は、HONDAのシビックTYPE Rの動画広告だろう。昼と夜で2つの物語がパラレルに進行するYouTube動画である。再生中に「R」キーを押すと物語が瞬時に切り替わり、昼はよき父の顔を持つ男が、夜には違う顔を持っていると言うストーリーだ。②参加型広告の事例は、江崎グリコ(ポッキー)の「PROJECT:シェアハピ」の施策だ。施策の一環として、「シェアハピダンスを生活者にもマネしてもらい、完成度や創作性を競う「ポッキーシェアハピダンスコンテスト」が行われた。グランプリを受賞した動画は、街頭ビジョも上映された。もう1つは、ロッテ「つぶやきCMグランプリ」だ。一般の人が考えたCMのアイデアをHKT48や欅坂46というトップアイドルの出演で実現する企画である。特設サイトにアップされた「CMのお題」から好きなものを選択し、アイドルメンバーが出演するCMのアイデアをTwitterで投稿すると、審査を通過した案がプロの手で映像化される。さらに、その中からグランプリに選ばれたCMは地上波でも流されると言うものであった。考える過程に参加してもらうアイデアは、次世代の体験広告に近い。ただ、マーケティング領域(商品開発など)には参加していない。
 ③次世代の体験広告とは、上記で説明した絵本の事例だろう。次世代の体験広告とは「広告コミュニケーションを体験するのではなく、その前のマーケティング領域(商品開発など)を体験する広告」を特徴とする。それも影響して、企業と生活者の間は、海岸線のようにあいまになる。(※図1)
2.次世代の体験広告におけるディレクション
ディレクションは、今までと少し様子が違っていると考えている。明確なゴールを持ちつつも、縛りの強いディレクションをし過ぎないことが重要だと考える。寄り道をしながらゴールに向かうイメージだ。なぜそう考えるか。次世代の体験広告は、企業と生活者が近づくために、今まで以上に生活者が、作り手として参加してくると予想するからだ。この潮流は、現在でもインスタグラマーやYoutuberなどのインフルエンサーなどの動向からも読み取ることができる。今後、全員クリエイター時代がくることが予想しているが、彼らは広告業界に多大な影響を与えるだろう。彼らを完全にディレクションすることは、難しいし、生活者主導の時代にそれをするべきではない。

※図1

※注意 ③のみが重要と言う話でなく①②も同じぐらい重要なコミュニケーション方法だ。現に西野さんは新聞広告などもうまく活用しているす、SNS上で生活者とのコミュニケーション際は②を活用していると言える。

第六章 まとめ
 次世代の体験広告とは、「広告コミュニケーションを体験するのではなく、それに入る前のマーケティング領域(商品開発など)から体験する広告」である。絵本の事例では、作り手になることで、西野氏と生活者が近づき、共創することによって、自己実現欲求(創造インサイト)が満たされ、結果、自分ごと化に繋がった。
 今後の課題として、これをいかにビジネススキームに落としていくかだろう。企業と生活者が近づくことは、マーケティングの潮流からも比較的イメージしやすい。ただ、商品開発を前提としたグループインタビュー調査などに留めるべきでない。自分ごと化のプロセスにつながる体験が必要だ。西野氏の事例では、自分ごと化を促すことに、自己実現欲求(創造インサイト)の刺激が効果的だった。これは、広告業界で適応できるかの検証は必要だ。創造インサイトのレイヤーを自己実現欲求まで上げて、再構築する必要があるかもしれない。日々の業務で、次世代の体験広告が作れるように、実験を重ね、それを実現できるように、精進していきたい。

■参考文献
西野亮廣(2016),『魔法のコンパス』(主婦の友社)
フィリップ・コトラー(2003),『コトラーのマーケティング・コンセプト』(東洋経済新報社)
フィリップ・コトラー(2017),『コトラーのマーケティング4.0』(朝日新聞出版)
「インタラクションデザイン」(ビー・エヌ・エヌ社, 2015)
Lineblog,「キングコング西野 オフィシャルダイヤリー」,
(https://lineblog.me/nishino/),2017.7.01
Adgang,「YouTube150万再生突破!英ホンダ「Civic Type R」のプロモ映像『同時に進行するふたつのストーリー』」(2014.11.10)
(http://adgang.jp/2014/11/79376.html),2015.4.01
宣伝会議デジタルマガジン,「2015年カンヌ広告選(6)John Lewis Partnership[Monty's Christmas/Honda Motor Europe「The Other Side」」,
(https://mag.sendenkaigi.com/brain/201509/cannes-lions-2015/005998.php)2017.6.1
宣伝会議デジタルマガジン,「「すぐマネしたい」がカギ、江崎グリコ「PRPJECT:シェアハピ」
(https://mag.sendenkaigi.com/hansoku/201604/promotion-analysis/007583.php)2017.6.1

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