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今年度の新聞協会賞を受賞した“OSINT”とは何か:和泉田守

 日本新聞協会に加盟するメディアを対象に、優れた報道を表彰する2024年度の新聞協会賞が、先日発表された。選ばれたのは以下の6件。
【朝日新聞社】自民党派閥の裏金問題をめぐる一連のスクープと関連報道
【中日新聞社】福祉事業会社「恵」の不正に関するスクープと一連の報道
【北國新聞社】能登半島地震「珠洲市街地に押し寄せる津波、輪島朝市通り炎上」のスクープ写真
【神戸新聞社】連載企画「里へ 人と自然のものがたり」
【日本経済新聞社】OSINT(オープンソースインテリジェンス)と3D表現技術による新たなデジタル報道手法の開拓
【京都新聞社】京都アニメーション放火殺人事件連載企画「理由」と公判報道

●新しい取材手法そのものが主な受賞理由となった日本経済新聞の報道
 6件の受賞の中で筆者が注目したのは日本経済新聞社の授賞理由にあるOSINTというキーワード。これはOpen Source Intelligenceを略したもので“オシント”と呼ばれている。衛星データやネットワークに流れる膨大な画像・文字情報、様々な公開情報を収集・分析して、明らかになってなかったり隠蔽されている事実を発掘していく手法。もともとは諜報活動の世界で用いられてきたものだ。
 新聞協会賞といえばいわゆる特ダネ・スクープ(写真を含む)や深掘りの企画・連載記事が主な対象となるが、取材の手法そのものに焦点が当たった受賞例は珍しいのではないかと思う。今回の日経の受賞について新聞協会は具体的には、2024年1月の羽田空港航空機衝突事故、2023年夏からの東京電力福島第一原発の処理水海洋放出を巡る2件のデジタル報道を対象に「衝突事故の報道ではSNS上の投稿映像や航跡データなどの公開情報をもとに3Dモデルを用いて分析し、当局の発表だけでは把握が難しい真相に迫った。処理水放出でも空撮による4千枚の写真を使い3Dモデルを制作し、海洋放出の仕組みを分かりやすく報じた」としている。
 日経新聞は今回の新聞協会賞受賞について「通常の取材にとどまらず大量の公開情報から真実を掘りおこし、自由度の高い電子版を活用しデジタル時代ならではの報道を追求、3D技術を駆使した視覚的にわかりやすいビジュアルコンテンツを作っていく」と説明。そのために従来の記者の範囲を超えた多様な人材を集めた報道体制を、編集者、記者、デザイナー、エンジニアらが机を並べる職種横断の多様な人材からなるチームをつくっているとしている。
 諜報活動や軍事・公安調査の世界で用いられている手法については従来からHUMINT(ヒューミント=人間を介した各種の諜報活動)、SIGINT(シギント=電子情報を使った諜報)などがあるが、それらが時には目的のためには手段を選ばない犯罪行為や非合法活動をも含むのに対して、OSINTは公開されている情報、つまりは合法的に入手可能な情報を活用していくのがミソと言える。サイバー空間の飛躍的な拡大やネットワークでの各種の不正・犯罪行為の増加に伴い、諜報活動や軍事関連の世界だけでなく、企業社会にも自社ネットへの侵入、攻撃に対する自己防衛のための情報収集・分析・対応措置の目的でOSINTの手法の導入・活用が広がっている。そうした新潮流がメディアの取材手法にも取り入れられてきている表れといえそうだ。
 ちなみに日経新聞では今回紹介されている2件のコンテンツのほかにOSINTを活用したどのような報道例があるのか、過去の記事データを当たってみると2022年あたりからぽつぽつとそれらしい記事が検索に引っ掛かってくる。
 例えば「ロシア石油が欧州へ裏流通 ギリシャ沖経由」(2022年9月)「北朝鮮制裁逃れ疑惑の船、日本入港3年で38回、監視に穴」(2023年4月)「中国に狙われた工作機械 核開発のサプライチェーンに抜け穴」(23年11月)などだ。最近では今年8月に船舶の航海データの分析を基にした「三陸沖に押し寄せる中国漁船 処理水放出後も活発に操業」という報道もあった。

●報道でのOSINTの手法活用はNHKが先行、2021年に新聞協会賞受賞も
 ただ日本のメディアのOSINTを活用した報道例は、日経の“専売特許”ではもちろんない。新聞については日々目を通しているのは日経だけで他紙の状況はつかんではいないが、テレビではNHKがこの手法を調査報道に意欲的に取り入れてNHKスペシャルなどの特集番組の制作に取り組んでいることがうかがえる。
 例えば2023年11月に初回放送された「調査報道・新世紀 File1 中国“経済失速”の真実」。普段のニュースなどからはなかなか見えてこない中国経済の実態に迫るために、公式統計だけではなくオープンソースの情報を徹底的に収集。SNSや衛星画像など様々なデータと組み合わせることで独自に分析、さらに国内外の研究者とも連携して、中国経済の現実の姿に迫ろうというもので、大変に充実したレベルの高い内容だったと記憶している。最近では今年9月から「追跡中国・流出文書」という特集番組のシリーズが始まっている。ネット上に流出した中国のサイバーセキュリティー企業の“内部文書”を手掛かりに、中国のサイバー空間での「暗躍」の実態に迫っていくために世界7か国・地域の専門家と文書を徹底分析しようという大掛かりなものだ。
 今回、報道でのOSINTの活用例を調べていくうちに、NHKがすでに2021年度の新聞協会賞で、「緊迫ミャンマー 市民たちのデジタル・レジスタンス」というタイトルのNHKスペシャル番組で受賞していることを知った。その時の新聞協会のニュースリリースなどでは、受賞理由にOSINTという言葉はなく「デジタル時代の新たな取材手法を駆使し、軍の情報統制をかいくぐってミャンマーの混乱を伝える優れた調査報道として高く評価されました」とあるだけだったが、受賞番組の制作を統括したNHKの責任者はOSINTの手法を取り入れた調査報道番組であることを明言。2020年に新型コロナウイルスを取り上げた番組でNHKスペシャルとして初めて本格的にOSINTに挑戦したことを受けて、今後ともOSINTを駆使した調査報道、テレビジャーナリズムを発展させていきたいと語っている。
 OSINTを巡ってひとつ注意すべきは、ネットやSNS上の動画や写真、資料などは報道する当事者が現場取材で直接確かめたり裏を取ったりという場合と異なり、その真偽が不確かな場合が多いことだ。「フェイクニュース」が溢れる中で、多角的にファクトチェックを行い真偽を検証して初めて有効な取材手法となりうることは忘れてはならない。

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