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2025年の先は崖と壁と問題ばかり MMTは「ガラパゴスの平和」を裏付ける理論かも:佃均

TOP写真「目の前に聳える壁 霧の向こうは断崖かはたまた……」

 TOPに載せたのは鹿児島の桜島、その火口付近の写真です。今年5月に訪れた際に撮影したものですが、2024年最後のコラムに使うことにしました。崖と壁、その奥の霧の向こうは?……というイメージです。
 それはそれとして、来年のIT界隈は「崖」に直面することになっています。20世紀型ITシステムが限界を迎え、そのまま放置すると12兆円の経済損失が発生する、というのです。「2025年の崖」のことですが、そればかりでなく、高齢社会2025年問題、自治体クラウド/デジガバ2025年問題(※)、AI2026年問題、ERP2027年問題、年収103万円の壁と106万円の崖……と、崖と壁と問題が続きます。さて、“ガラパゴス・ニッポン”はどう対応するのか。ジタバタせず、「なるようになるさ」と開き直るのも知恵かもしれません。

※デジガバ:デジタルガバメント。自治体システムを共通化してクラウド化する構想。

■クラウド、ロボット、IoT、AI そしてMSSとDSS
 「2025年の崖」というのは、経済産業省が2018年の9月に発表した政策指針《DXレポート〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開》のこと。20世紀型アーキテクチャと21世紀型ITのギャップがシステムダウンを誘発し、マーケットの変化をキャッチアップできなくなるという警告でした。
 ——そうなる前に手を打たないと。
 だけなら「脱レガシーの薦め」で終わったのですが、「デジタル技術で組織やビジネスを変容させましょう」と踏み込みました。IT産業の育成・振興かIT利活用の促進がメインだった経産省のIT関連施策が、社会・経済のありよう(グランドデザイン)を視野にとらえることになりました。

経済産業省の資料をもとに作成

 「デジタル技術で組織やビジネスを変容させる」がデジタル・トランスフォーメーションの本来の意味です。聞き慣れない言葉だったので、何で「DT」じゃなくて「DX」なのか、不思議に思ったものでした。そう思った人が多かったのか、あっという間に「DX」はバズワードになりました。
 産業総合技術研究所から転籍したシステム工学専門家の問題提起を受けて、ヨシやってみよう、と決断した当時の課長が、次の異動先で提唱したのが「フィジカル・インターネット」でした。物流2024年問題(トラックドライバーの残業規制と排気ガス規制)を、物流業界の構造改革:DXで解決しようという試みです。
 物流業務の改革になぜ「インターネット」かというと、データ通信技術からの連想です。データ通信の基礎単位「パケット」を積荷に見立て、パケットを連結して小刻みに受け渡し、効率よく送り届けるイメージです。1台のトラックによる共同配送、ロボットとセンサーを駆使した自動倉庫、QRコードによる生産・出荷・納品の一貫管理などが実用化されています。
 岸田内閣が提唱した「地域創成」でも、無人運転トラックによる物流拠点整備、河川と高圧電線上空を利用したドローン航路、行政・医療・介護・学童保護などを融合するコミュニティセンター2.0など、DXの社会実装が始まっています。共通しているのはクラウド、ロボット、IoT(Internet of Things)、AI、そしてデータ・ドリブンなMSS(Matching Support System:照合支援システム)とDSS(Decision Support System:意思決定支援システム)を組み合わせていることです。

■「なんちゃってDX」の飛んでもハップン
そのような事例の一方、「なんちゃってDX」も少なくありません。

 典型的なのがマイナンバー/マイナンバーカード/マイナ保険証です。すべての国民に番号を割り当てて、個人にかかる年金・医療・災害の情報をデジタルで把握・管理するというコンセプトはヨシ(致し方ない)としても、グランドデザインが見えてきません。
 デジタルですから0か1しかないはずです。それなのにマイナ保険証と資格確認書が併存し、資格確認書にも高齢者向けとマイナ保険証非登録者向けを設定するのは、オジさん言葉で言うと「飛んでもハップン」です。断固としてマイナ保険証一本で貫くより他にない、というのがIT/デジタルの理屈です。
 運転免許証を更新するときマイナ機能を埋め込んじゃえ、成人式の記念品としてカードを配っちゃえ等々、冗談めかして提言してきたように、カードの発行枚数が目的化したのは本末転倒、「カードの取得は任意」を「ナンバーの利用は任意」に修正しておくべきでした。
 国が発行するICカード型の個人証なら、マイナンバーを意識せず個人認証に使えるようにする手があったでしょう。さらにいえば、それより前に外字問題、個人情報保護2000個問題、地名・人名の読み仮名問題を解決しておくべきでした。
 DXは事務機やソフト製品、サービスではないので、「導入」「開発」「構築」といった用語はマッチしません。事務企画部や情報システム部では何ともならないのに「DX」といえば予算が付くので、システム改造もDX、WebサービスもDXということになっています。
 経産省の外郭団体である情報処理推進機構(IPA)によると、従業員1001人以上の企業(有効回答266社)の64.3%が「全社戦略に基づく全社的DXに取り組んでいる」そうなので、社会・経済全体の「2025年の崖」はクリアできるかもしれません。「デジタル技術で組織やビジネスを変容」する企業が6割超となれば、この国の国際競争力は弥栄に上り調子、未来は明るい限りです。
 ですが、AI2026年問題(機械学習用データの枯渇)、ERP2027(SAP ERP6.0サポート終了)、メインフレーム2030年問題(富士通製メインフレームのサポート終了)が控えています。全銀システムや江崎グリコのような個別事案は発生するでしょうし、ランサムウェア被害やクラウド障害、AI誤動作のような“他力本願型底なし沼”が登場するに違いありません。

■成るようにしか成らないけれど成るようにしなきゃね
 今回の総選挙で国民民主党が掲げた「年収103万円の壁」の撤去に続いて、「106万円の崖」「130万円の壁」が話題になっています。103万円は扶養控除、106万円と130万円は社会保険料の問題で、IT/デジタル界隈の壁や崖とは縁がありません。ですが“失われた30年”の澱が撹拌されて、五里霧中に陥っている点でよく似ています。
 扶養控除額は1995年から一度も見直されてこなかったとそうですから、まさに30年です。補正予算を人質に178万円を主張する国民民主党に対して、税収減を案じる自由民主党は「物価上昇率で」と対応、どのラインに決着するか注目ではあります。
 不思議なのは、最低賃金の全国加重平均1,055円/時を基準にしたら非課税限度額は222万8,160円だよね、という声が聞こえてこないことです。日本国憲法の第25条が保障する「国民の生存権:健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」なら、扶養控除額は最低賃金に準拠すべきでは? 最低賃金の「最低」っていったい何なのさ、です。
 政治資金規正法も同様です。政党の活動を税金で助成するようにしたのは、企業・労働組合・団体などからの政治献金を禁止する代償だったはずです。これも1995年から30年間、一度も実施されていません。国政政党が法律を守らず、議員が裏金作りに走って国民庶民に「もっと働け」は本末転倒。それこそIT/デジタルでDXすべしです。
 日本貿易推進機構(JETRO)によると、世界の主要67か国を対象にした世界競争力ランキング2024(実施機関はスイス国際経営開発研究所:IMD)で日本は38位(2023年35位)、デジタル競争力は31位(同32位)でした。ビジネス効率性5位、経済パフォーマンス12位に対して生活コスト61位、企業経営慣行65位というのは、「ガラパゴスの平和」を意味しています。
 ビジネスの効率がいいのは就労者の賃金が低く、古い商慣習のために海外を含む新規参入が難しいことを示しています。壁と崖に囲まれ、深い霧に覆われた島。その中だけで通じるルールがすべて。しかし自前の通貨を発行している国の借金が国民の総資産を超えない限り破綻することはないという仮説(MMT:Modern Monetary Theory)があります。
 財政規律・緊縮財政と言いながら続けてきたバラマキ助成金がデフレと生産性の向上を阻み、何かあったらどうすんだ・任期中は事勿れサラリーマン社長の安全運転第一主義が国際競争力の低下を招来したと言えないこともありません。積極的に与するものではないにしても、MMTは「ガラパゴスの平和」を裏付ける理論のように思えてきます。
 徳川政権が丁髷と雪駄草履、米石経済と武士の様式を堅持しつつ、それでも芭蕉、近松、西鶴、北斎、源内を生み、寺子屋と算額が庶民の向学心を高めたのは世界史上、稀な事例です。こうなったら来年はジタバタせず、成るようにしか成らないし成るようにしなきゃ、と開き直る。それもガラパゴスの知恵かもしれません。

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