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首都圏で相次ぐ匿流強盗事件 第2のルフィ・グループが登場? 率爾ながら、これが収益を最大化する働かせ方だよね:佃均

TOPの図は警察庁『警察白書』令和6年版から

 匿流(とくりゅう)。
 ニュースやワイドショウのおかげで、すっかり耳馴染みになりました。「匿名・流動型犯罪グループ」のことです。
 「匿流」の「匿」はネットのアカウント/ハンドルネーム(匿名)のこと、「流」は闇バイトに応募した不特定多数の実行者が移動しながら犯行を重ねて行くさまが水を想起させるのでしょうか。場当たり的で杜撰な手口のため実行犯は次々に逮捕されますが、ネットに潜む指示役や最終収益者は正体すら分かりません。

■じわじわ忍び寄る闇の不気味さ
 警察庁が「匿名・流動型犯罪グループ」と名付けたのは2023年の7月でした。定義は「SNSを通じて募集する闇バイトなど緩やかな結びつきで離合集散を繰り返す組織犯罪の類型」だそうです。2022年5月から2023年1月にかけて発生した特殊詐欺と連続強盗事件、いわゆる「ルフィ事件」がきっかけです。
 今年に入って警察庁や都道府県警に「匿名・流動型犯罪グループ対策本部」が設置され、4月から6月までの3か月間に全国で1,531人、2021年からの累計で1万人超を摘発しています。また、7月に公表された『警察白書』(令和6年版)では、冒頭に「匿流」の特集を組んでいます。
 筆者にとって一連の事件は他人事でしたが、『警察白書』掲載の図に「リフォーム」とあるのを見て、目が点になりました。

 ここ数年、作業服にヘルメットの青年がインタホンを鳴らし、
 ——お宅の屋根、スレートがめくれてますよ。
 と注意してくれることが何回かありました。梅雨や台風を控えた季節というのがミソ。
 「ありがとう。お付き合いがある工務店さんに点検してもらいます」
 と答えることにしています。仕事欲しさの売り込みか、屋根に登ったら点検のふりをして壊してしまうリフォーム詐欺と相場は決まっています。
 もっと頻繁なのは、古物・不用品買取りの電話です。古い時計はありませんか? カメラは? レコード盤は? 書籍は? 着なくなった和服でもいいんですよ、壷や掛け軸はありませんかねぇ? お宅にうかがって鑑定させていただきます。澱みなく捲し立ててきます。
 売り払うほどの物持ちではないし、資料として保管している50年前の報告書や年鑑なんか市場価値はないでしょう。まして見も知らぬ人を家に上げるなんてとんでもない。
 ——乳製品の試飲セット、無料ですがいかがですか?
 という電話もあります。
 いや、ヨーグルトは自家製しか食べないし、ミルクはスーパーで買うからけっこう。乳酸飲料は甘すぎて飲めない。いただいても無駄になるだけなので他の方に差し上げてください。
 在宅で仕事をしていると、このような電話や訪問(インタホン)が珍しくありません。ばかりでなく、拙宅の塀の隅に、青い○、赤い○がサインペンで書かれていたことがありました。「夫婦2人暮らし」の符号なのか、気がついたその場で警官を呼んで警邏を促し、「気をつけましょうね」とご近所に見てもらったのは2年前のこと。
 そういうことを仕事にしている人が、朝から晩まで、街のどこかをウロウロしているのか……と考えると、何とも落ち着きません。得体の知れない「闇」がじわじわと忍び寄る不気味さがあります。

■犯罪の組み立て方はいかにもネット風
 筆者の周辺雑記は以上で終わりにして、本題に戻ります。

 「ルフィ事件」の詳細はWikipedia「ルフィ広域強盗事件」を参照していただくとして、警察庁は「匿流」の特徴を次のように整理しています。

 (1)実行犯をSNSや求人サイトで募集(いわゆる「闇バイト」)
 (2)実行犯はほとんど面識がないか緩やかな関係
 (3)匿名性の高い通信手段を活用
 (4)メンバーは細分化された役割を担う
 (5)メンバーを入れ替え、移動しながら多様な資金獲得活動を行う

 ほとんど初対面同士でチームを編成し、終了と同時に離散する。一定の時間が経つと自動的にメッセージが消えるメールシステムを活用する。複数の指示役がいくつものハンドルネームを使い回す。犯罪の組み立て方はネット風です。
 反面、寝静まった深夜にバールで窓ガラスを割る、結束バンドや粘着テープで拘束(緊縛)して殴る蹴る、労多くして盗んだのは数万円というケースがあるなど、押し込みの手口は杜撰でアナログそのもの。
 「ルフィ事件」では、首謀者らはフィリピンのマニラ市にいました。多くのハンドルネームを複数の指示役が使い回し、使ったチャットアプリは一定時間で自動的にメッセージが消え、しかもメッセージは暗号化されている。このため、本営に近づくのは容易ではありません。
 押し込み先はリストから選んでいるようです。そのリストは複数の名簿や取引情報を名寄せ(Merge & Unification)し、いくつかの要件で絞り込んでいるはずです。「匿流」の本営はデータサイエンスを取り入れて指示を出しているのでしょう。
 特殊詐欺では「かけ子」(電話をかける)、「受け子」(カードや現金を受け取る)、「出し子」(ATMから現金を下ろす)など、役割を細分化していました。犯行のプロセスをエンジニアリング的に分析して、機能を部品化したのです。
 リモートで現場を操作する、操作はネットを駆使する、現場作業を部品化し誰でもできるようにする。これってIoT(Internet of Things)、データドリブン、モジュール・エンジニアリングなんですね。
 まさに無駄を排し、利益を最大化する“働かせ方”です。学習し知恵を絞る指示役、刹那的・自暴自棄的な闇バイト集団の落差が読み取れます。犯罪でなく、穏当で合法的に社会・経済活動に適用した結果が「失われた30年」かもしれません。

■上級国民の世襲と失われた30年の歪みか
 実行役が舎弟や従業員でないので、日常の経費はかかりません。原価は実費だけですが、特殊詐欺は関係者が増えると失敗するリスクも増えます。手間ひまかけて実入りがないのでは、利益最大化の仕掛けは砂上の楼閣になってしまいます。
 関係者の推測によると、ルフィ・グループは2022年の中ごろ、強盗路線に舵を切ったと考えられています。闇バイトで応募してきたヤツなんか後先考えないアホばかりだし、人を殴るのを何とも思わない。やり遂げたあと、まとまったカネがほしいだけ。詐欺より押し込みのほうが手っ取り早い、というわけです。
 それが京都市(2022年5月)、稲城市(同年10月)、岩国市(同11月)、東京・中野区/広島市(同12月)、川崎市/市川市/足利市/さいたま市/大網白里市/龍ヶ崎市/つくば市/狛江市(2023年1月)の連続強盗事件につながりました。広島市の質店(時計貴金属買取店)では2人が頭部重軽傷、東京・狛江市の住宅では90歳の住人女性が暴行による死亡という重大事態を起こしています。
 とりあえず「ルフィ・グループ」は壊滅したことになっています。ですが8月以後、八千代市/厚木市(8月)、鎌倉市/さいたま市/東京・練馬区/国分寺市(9月)、所沢市/船橋市/白井市/横浜市/市川市(10月)と、強盗事件が頻発しています。このうち横浜市緑区の住宅では住人男性が死亡、市川市では住人女性を拉致監禁と、荒っぽさは変っていません。
 ルフィ・グループの残党が頭をもたげたのか、背後に潜む上位の犯罪グループが再び動き出したのか、他のグループが手口を引き継いだのか、太陽光発電施設の銅線を盗むのも匿流なのか、ヨーロッパで横行している移動型組織犯罪「MOCG」(Mobile Organised Crime Groups)を派生させたりしないか等々、様ざまなことを考えてしまいます。
 社会的な背景として「非正規雇用」という名の実質的失業者が増えたこと、ドロップアウトした若者に再挑戦の機会が与えられていないこと、上級国民の世襲と失われた30年の歪みが顕在化していること等、なんとなく“そんな気がする”レベルで思いつくのですが、そのような悠長な考察は学者に任せておきましょう。今回ばかりは捜査当局に期待したいところです。

筆者注:『警察白書』令和6年版は下記URLからPDFをダウンロードできます
https://www.npa.go.jp/hakusyo/r06/index.html

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