目先ではない国家戦略の構築を:大澤賢
「政治改革=裏金問題」を主争点とした衆議院選挙が10月27日 投開票され、政権与党の自民・公明両党に厳しい結果となった。石破茂首相は続投できるのか首相交代か、あるいは連立の組み替えか野党への政権交代かなど、しばらくは政局に関心が集まる。庶民にとっては選挙期間中に与野党が乱発した物価高・景気対策が実現するかが注目だ。災害復旧を含めた経済対策は必要だが、人口減少と産業競争力低下、財政悪化は国力衰退を示す静かな危機だ。政権・政治家は、短期・中長期の国家戦略を早急に示してもらいたい。
●給付金・減税は本当に必要か
改めて各党の物価高・経済対策を見る。筆者の選挙区は東京30区。選挙公報を見ると自民党は「経済成長を力に変え、国民の暮らしを守ります」とし、具体策では低所得世帯への給付金支給や、基礎年金の底上げなどを掲げる。公明党は「経済再生 日本経済をもっと前へ」として、電気・都市ガス・ガソリン価格の年末までの補助を強調した。
一方、野党の立憲民主党は「分厚い中間層の復活、家計・賃上げ支援」を掲げ、人への投資と最低賃金1500円以上を明記。日本維新の会は「可処分所得を倍増させる」として所得税などの減税と労働市場の流動化を取り上げた。
日本共産党は「国民の暮らし最優先にチェンジ」とし、最低賃金1500円以上と年金アップなどを訴えた。国民民主党は「手取りを増やす」として減税、社会保険料の軽減、子供・子育て支援を明記した。
れいわ新選組は「消費税廃止と社会保険料引き下げ」、社民党は「消費税3年間ゼロ」、日本保守党は「消費税減税」、みんなでつくる党は「税制の見直し」、参政党も「積極財政と減税」をそれぞれ訴えている。野党の多くが冒頭で「政治改革・政権交代」を太い活字で訴え、続いて物価高対策として減税などを主張しているのが特徴である。
ただ、給付金や減税に充てる財源と実施時期は明記していない。深読みすれば、主財源は赤字・建設国債の増発で―となる。この手法はずっと続いていて、岸田文雄首相が23年10月に実施を指示した定額減税(支給は今年6月以降)は、「予想以上に増えた税収を国民に還元する」という触れ込みだったが、結果的には危機的財政をさらに悪化させた。
政権が動揺する政局の中で、果たして給付金や減税は実現するのか。仮に石破首相が続投し、選挙演説で表明した昨年(約13兆円)を上回る大型経済対策(補正予算)を作っても、財源や対策内容などで国会審議は難航しよう。また野党の減税要求にどう対処するのかなど、公約した物価高・景気対策の実現ハードルはかなり高いものとなろう。
物価高は低所得者や年金生活者など“生活弱者”を苦しめる。給付金や消費・所得税などの減税は、波及効果が限られているとはいえ、確かに景気にはプラスだ。とはいえ、筆者は現在の物価・景気水準で、本当に給付金や減税が必要なのか疑問だ。
●景気はすでに「バブル前夜」?
内閣府が9月18日に発表した月例経済報告では、景気の現状は「一部に足踏みが残るものの、緩やかに回復している」。また日銀が10月1日に発表した9月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業・製造業の業況判断指数(DI)は前回6月調査から横ばいのプラス13だった。要するに政府・日銀は、公式には「デフレ脱却」宣言はしないものの、「景気は良くなりつつある」で一致している。
日本経済は1990年代半ば以降、長らくデフレーション(物価の長期下落)に悩んできた。2012年暮れに政権復帰した故・安倍晋三首相は「物価上昇率2%」を達成するため、異次元の金融緩和と大胆な財政出動、成長戦略の3本柱=アベノミクスを推進した。
だが金融の超緩和は株価・地価にはプラスだったが、物価上昇率はせいぜい1%程度にとどまり、期待した経済成長は実現しなかった。逆に大幅な円安を招き、輸入物価が急上昇。これに国際エネルギー価格の上昇と人手不足が加わり、ここ数年は物価上昇が目立つようになった。その結果、実質賃金の減少が続いている(今年6、7月はプラスだったが、8月は再びマイナスに)。
直近の物価を眺めると、総務省が発表した消費者物価指数(2020年=100、前年同月比)は、生鮮食品を除いた総合指数で8月2・8%、9月2・4%の上昇となっている。消費者物価指数の上昇は2021年9月から3年以上続いており、この1年間だけでも2%台で推移している。とっくに「物価上昇率2%」は実現しているのだ。
一方、株価(東京株式市場)は今年2月にバブル期の最高値(3万8915円)を更新した後、7月11日に史上最高値の4万2224円を付けた。8月に過去最大の下げ幅(4451円)を記録したが、現在は3万8千~4万円程度で推移している。
地価(国土交通省発表)は1月の地価公示に続き、9月に発表した基準地価では全国の住宅地、商業地など全用途平均で前年比1・4%アップし、3年連続で上昇した。都内のマンション価格は1億円を超えるなど、異常な価格上昇が続いている。
最近の株価と地価の高騰は、かつての「バブル景気」(1986/12~91/2、年平均実質5・3%成長)の前夜を思い出させる。当時の政府は景気判断を誤り、バブルが始まっていた87年に総額6兆円規模の緊急経済対策を決め、バブルに拍車をかけた。今回は当時とは異なる点もあるが、大型景気対策(大型補正予算)は必要ないのではないか。
●大事なのは高めの賃上げ継続だ
今、本当に必要な物価高・景気対策は、賃金の継続的な引き上げだ。デフレを口実に日本企業の多くは賃上げを抑制してきた。さすがに国内外の優れた人材を確保するには国際水準の賃金が不可欠と気が付き、23年度春闘からは高めの賃上げが続いている。
24年度春闘ではベースアップと定期昇給を合わせた賃上げ率は、労働組合の全国組織・連合によると前年比5・10%(23年度3・58%)、大手企業が中心の経団連調査で5・58%(3・99%)、そして厚労省調べでも5・33%(3・60%)と33年ぶりの高水準となった。
最低賃金も今年10月からは全国平均で時給1055円(前年は1004円)と、高めの改定となった。ただこの水準でもオーストラリア2241円、ドイツ1943円、イギリス1893円、韓国1082円と比べるとまだ低い(2023年、労働政策研究・研修機構調べ)。
石破首相は「2020年代に全国平均1500円を目指す」と表明したが、実現は容易ではない。中小企業の価格転嫁を積極支援する施策とともに、高めの賃上げが継続できる環境を整備することが、政権・政府の重要な課題である。
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