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NHK ネット配信でも受信料徴収へ、今秋の概要発表に注目:和泉田守

トップの図は「テレビを持たない若者へのネット配信実験の仕組み」(NHK公式サイトから)

 当欄のブログ「経済記者シニアの眼」を筆者が書き始めて8年以上を経過した。当初は、当欄の主要読者を企業の広報担当者に置いていたこと、また筆者が長らく新聞社で経済記者として活動したこともあって、テーマとしてメディア、とりわけ新聞を巡る話題を取り上げることが多く、テレビ放送についてもたまに取り上げてきたように思う。
 改めて振り返ると長らくメディアの中心的な存在であった新聞の部数減少・凋落ぶりは予想を超えるテンポで進んでいる。7月17日には全国47都道府県に配送網を保ってきた毎日新聞が富山県での新聞の配送を9月末で休止すると発表。厳しい環境がまた一歩新局面に入ったように感ずる。そして新聞と並ぶ主要メディアである放送についてもインターネット、SNSの隆盛の前に、視聴率の頭打ち・低落トレンドとテレビ広告費の趨勢的な減少という厳しい環境変化が徐々に露わになっている。
 そんな中で今、大きな注目を集めているのが、NHKが放送と同様にネット配信についても受信料を徴収できる道をひらく法律改正が実現したことだ。

●放送法改正でネット配信も放送と同一の「必須業務」に
 今年5月、NHKに対してインターネットを通じた地上波番組などの提供を“必須業務”として義務付ける放送法の改正案が、参議院・本会議で与党などの賛成多数で可決・成立となった。これまではネット業務は放送法では放送を補完する「任意業務」とされていた。それが「必須業務」と変わることで放送と同様にネット配信からも受信料を徴収できることになる。
 ちなみにNHKによると、受信料について、放送法第64条第1項に『NHKの放送を受信できる受信設備を設置した者は、NHKと受信契約を締結しなければならない』旨の規定があり、放送法に基づき総務大臣の認可を得て定められた日本放送協会放送受信規約で『放送受信料を支払わなければならない』と義務づけられている、と説明する。
 放送法の改正が成立したことについてNHKの稲葉延雄会長は会見で「NHKにとって歴史的な転換点を迎える」として受信料徴収の対象になる新しいネット配信について2025年度後半からスタートすべく準備を進めている」と語っている。

●ネット配信視聴、テレビの受信料を払っている場合は追加負担なし
 現在のところは改正放送法に基づく新しいネット配信の建てつけについては各種の報道やNHKなどによると以下の通りだ。
 まず受信契約の条件については①アプリなどでネット配信を見る人は受信契約の義務が発生する②ただしすでにテレビの受信料を払っている世帯には追加の受信料負担はない③スマホやパソコンを保有しているだけでは受信契約の義務はない――。
 また提供すべきネット業務の範囲は①同時配信②見逃し配信③番組関連情報――となっている。番組関連情報というのは新しく設けられたもので「放送番組と密接な関連を有する情報」であり「編集上必要な資料によるもの」。言い換えると放送番組とは無関係なコンテンツ類は原則としてネット配信はしないとのことである。

●ターゲットはテレビをみない若者層、受信契約につながるかは未知数
 新しいネット配信業務がどういう内容になるかはまだわからないが、おそらくは現在すでに行われている「NHKプラス」をベースに設計されるのではないかと思われる。「NHKプラス」はNHKの地上波の総合・Eテレの番組の常時同時配信・見逃し番組配信サービスであり、すでにNHKの受信料を支払っていれば利用できる。
 さてNHKがネット配信でも受信料を徴収できるようにしたいと考えているのは、現行のテレビの受信料だけではもはや収入増を見込めない状況になっているためであることは改めて言うまでもない。この6月末に発表されたNHKの2023年度決算によると、受信料収入は22年度に比べて6%減の6328億円で5年連続の減収となった。減少額は比較可能な12年度以降で最大となった。減収の要因は23年10月の受信料引き下げに加えて契約件数が37万件減った影響もあった。またいわゆる受信料の「未払い」に当たる未収は25万件の増加だったという。
 もはやテレビを見ない若者などからの新たな収入の道になれば、というのがNHKの思惑だろうが、はたして期待通りとなるのかどうか。これまでのところ各種の報道や専門家らのコメントなどを見たところでは懐疑的な反応が多いようだ。筆者も現在のところ同様の意見だ。

●ネット空間で既存の有料動画配信サービスに割り込めるか、“割高”感も
 まずネット配信の受信料だが、「放送とネットの受信契約は公平」という放送法改正の趣旨からいって現行の地上波の月額受信料1100円を基本に考慮された額になるのではないかと推察できる。しかも新しいネット受信料徴収の主なターゲットは“テレビを見て受信料を支払っている親世帯などからは独立していて、テレビは見ずニュースその他の情報はもっぱら主にスマホに頼っている単身の若者層”であろう。
 こういう人たちにとっては、すでにあまた存在する有料動画配信サービスにまたひとつNHKが増えた程度の受け止め方なのではないかと思う。「任意業務」から「必須業務」へ、とか放送と同等の位置づけでの受信料徴収、といった論法はNHKサイドの“内輪の理屈”に過ぎず、NHKのネット配信が事実上、新しい有料動画配信サービスとみなされると考えた方が自然に思える。
 ちなみに現在の主な動画配信サービスの月額料金(原則、税込みの基本的なプラン)を見てみると、ネットフリックス990円、アマゾンプライム600円、ディズニープラス990円、Hulu1026円など、3桁が多い。これらと比較して“高額”と受け止められるだけでなく、ネット配信を機に、法律により定められ強制的な側面も有する受信料の”税金・社会保険料“的な性格を自らが改変してしまうきっかけともなりかねないのではなかろうか。
 またコンテンツ面で考えても、放送と通信の著作権上の壁によって通信では流すことがNGの映像をどう取り扱うのか、衛星放送番組はどうするのかなど、本番までにクリアすべきことは多い。まずは今秋に発表されるというネット配信サービズの概要に大注目だ。

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