国民の負託に応えられなかった岸田政権:大澤賢
写真はホームページ「首相官邸」から
岸田文雄首相は8月14日、任期切れに伴う自民党総裁選挙(9月27日)に出馬しないことを表明した。
昨年暮れ、自民党主要派閥の政治資金パーティーで多数の議員がかかわる裏金事件(政治資金規正法違反)が発覚。その「最終的なけじめをつける」ことが退陣の理由だ。しかし国民が望む事件の全容解明と岸田首相はじめ党幹部の責任追及・処分は不十分、連座制導入などが求められた政治資金規正法の抜本改正も見送られた。
その結果、岸田内閣と自民党支持率は低迷。党内では「次の国政選挙で戦えない」との危機感が強まり、その圧力に押されて退場させられたのが実態だ。自民党主導政治は今、厳しい局面にある。
●裏金事件は“政治とカネ”の象徴
ここ数年、自民党では公職選挙法違反や政治資金規正法違反などで逮捕・起訴される議員が後を絶たない。
2019年12月、収賄容疑などで逮捕・起訴された秋元司・元内閣府副大臣はじめ、20年6月の河井克行・元法相、21年6月の菅原一秀・元経済産業相、22年12月の薗浦健太郎・元外務副大臣、23年9月の秋本真利・元外務政務官、同年12月には柿沢未途・元法務副大臣が公選法違反容疑で逮捕された。
今年7月、堀井学衆院議員が公選法違反容疑で家宅捜索を受け、8月には広瀬めぐみ参院議員が秘書給与の搾取容疑で家宅捜索を受け、同議員は議員辞職に追い込まれている。
今回の裏金事件は昨年暮れに表面化、今年1月東京地検特捜部が安倍派議員3人や派閥会計責任者ら8人を起訴した。地検の調べでは、安倍派と二階派、岸田派の3派閥だけで2018~22年5年間の収支報告書への不記載額は約17億6千万円に達する。
改正政治資金規正法は、6月に成立した。だが中身はパーティー券購入者の公開基準を5万円超に引き下げた程度。抜け穴が多く、政治資金の透明化は先送りされた。岸田内閣の支持率は20%を割り込み、自民党支持率も低下。国民の政治への信頼は地に堕ちた。
●中途半端な経済政策と強権的政治
退陣する岸田首相は、3年間の任期中に何をしたかったのか。
岸田首相は21年10月、臨時国会で第100代首相に指名された。当時64歳。新聞は、自民党良識派とされる「宏池会」出身でソフトなイメージ、「聞く耳」を持つ新首相などと、期待感が高いことを報じている。
経済政策では「新しい資本主義」を掲げた。株主・投資家重視ではなく、国民の暮らし向上を第一にする。コロナ禍で傷ついた経済を活発化させ、“アベノミクス”による格差是正に取り組むと思われた。
だが、景気回復の足取りは重かった、ロシアのウクライナへの侵攻(22年2月)で世界的に物価が上昇、加えて円相場は1ドル160円台を付ける円安もあり、国内物価は大幅に上昇した。
岸田内閣は財政出動を含む経済対策や、ガソリン・電気・ガス料金への補助金給付、さらには定額減税(24年6月実施)などを打ち出した。だがバラマキの効果は限定的で、実質賃金は今年5月まで26か月連続で前年同月比マイナス(6月はプラス)。物価を上回る賃上げを意味する「成長と分配の好循環」は定着していない。
ただ、エコノミストの間では23年3.60%、24年5.33%の高い賃上げ率を評価する声もある(数字は厚労省まとめ)。
政治手法は、強権的な「安倍・菅路線」を継承した。「森友・加計・桜を観る会」問題の解明には消極的。裏金問題が表面化すると、大臣や副大臣らを更迭して世論の批判をかわそうとした。
安倍首相がやり残した集団的自衛権の行使容認と、敵基地攻撃能力保有などを明記した安保関連3文書の改定(22年12月)や、23~27年度の防衛費総額を従来の1.6倍総額43兆円に引き上げた(同)。さらに武器輸出を事実上解禁する「次期戦闘機の第三国輸出」(23年)も、国会での徹底議論を踏まず閣議決定で済ませた。
岸田首相は退陣表明する直前、党内での憲法改正に向けた議論を盛り上げるよう指示していた。「平和国家」という日本国の姿を変える憲法改正や外交・安全保障政策について、身内だけで済ませてよいのか。岸田首相は日本をどんな国にしようとしていたのか、何をしたかったのか、多くの人は戸惑っているのではないか。
●宏池会の伝統も壊した
「宏池会」は専門外だが、かつて大平正芳蔵相(三木内閣、その後1978年12月~80年6月首相=現職死去70 歳)を取材し、宮澤喜一首相(91年10月~93年7月)の経済政策を見てきたシニア記者の眼には、同会(1/18解散表明)出身の岸田首相の“罪”は重く映る。
田中角栄首相時代、外相として日中国交回復を実現し、首相就任後は豊かな文化国家を目指す田園都市構想を掲げた大平氏。幅広い人脈と豊かな見識を備えた政治家は、「政治は、権力に気軽に頼る政治ではいけない」と抑制的な姿勢を心掛けた。そして「財政再建」を当面の最優先課題としていた。
また、バブル崩壊後の金融危機に取り組んだ宮沢氏。敗戦から現在(首相就任は72歳)までの日本を知る同氏は、「決して軍事大国にならないこと。そして経済援助を大事にする」を基本とした。
世界と日本界を良く知る2人の先輩首相は、日本の本当の立ち位置を理解していたと思う。現在、世界情勢が緊迫化しているとはいえ、日米両軍の指揮統制(統帥)の一元化や武器輸出解禁などの方針を知れば、「戦前日本への回帰」と憤るだろう。自民党の新しい総裁はじめ若手政治家は、ぜひとも歴代首相の政治家としての基本姿勢と、政治・経済政策を学んでほしい。
これは、ほぼ同時に進行している立憲民主党の代表選挙(9月23日)に立候補している幹部議員たちにも、求めたいところだ。過去の政権運営の失敗にも学び、次に備えるべきである。
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