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孫・トランプ会談とシンギュラリティ/巨額投資を約束したワケ:山下郁雄
8年前、英国新首相テリーザ・メイ、米国新大統領ドナルド・トランプ、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンと矢継ぎ早に会談した日本人は誰?―うーむ、8年前といったら第2次安倍政権の時だから当時の安倍首相では―の答えは残念ながらブー。正解は孫正義ソフトバンク社長。世界の要人たちと、ここぞという時、いつでも誰とも会える人脈の広さ・太さを誇る孫氏は、今回もその強みを遺憾なく発揮。12月16日、トランプ米次期大統領と電撃共同会見を開き世界をあっと言わせた。
8年前の孫・トランプ会談で、孫社長は米国に500億ドル(約5.5兆円)を投資すると新大統領に約束し実践した。今回は両者会談を踏まえ、向こう4年間で1000億ドル(約15兆円)の投資を会見の場で表明したところ、トランプ氏から倍の2000億ドル(30兆円)の投資を求められたので「貴方のサポートが必要だ」と返し、条件付き(トランプ政権の支援のもと)での2000億ドル投資を約束した。今後、世界最大級の投資ファンド「ビジョン・ファンド」(ソフトバンクがサウジアラビア王族らと組成)の資金が、米国企業とくに生成AI「チャットGPT」のオープンAIをはじめとする米国AI関連企業に集中的に投入されることが見込まれる。
■人類史上最大のパラダイムシフト
「人類史上最大のパラダイムシフトが起きている」―かねてより孫社長は、今がどんなにすごい時代であるかを、ことあるごとに語っている。「AGI(汎用人工知能)がすべての産業を画期的に変える」「人間とは、仕事とは、会社とは何なのか。社会はどうなるか。ありとあらゆるものが根底から問い直される」「AGIの1万倍の知能、知性を持つASI(人工超知能)が10年以内に実現する」(昨年10月と今年10月のソフトバンクワールドでの講演より)。こうしたAI→AGI→ASIの進化が巨大パラダイムシフトを起こすとの認識が、1000億or2000億ドルの巨額投資と直結する。
ASIというワードが広く使われるようになったのは、ここ数年のこと。それまではAGIがAI進化の「究極のゴール」と捉えられていた。いずれにしろ、AGI・ASIの実現は、紀元前紀元後より遥かに大きく高い分水嶺への到達を意味し、AIの世界では、その分水嶺をシンギュラリティ(技術的特異点)と呼んでいる。では、シンギュラリティ後の世界は何がどうなるのか…。その答えを探したら「人間はAIと融合して、人間が本来もつ力の数百万倍の計算能力を有するようになる。これによって、人間の知能と意識は想像もつかないほど大きく拡張される。これが“シンギュラリティ”によって起こることだ」との解説に出くわした。
■20年ぶりの続編
上記の御託宣は11月下旬刊行の『シンギュラリティはより近く―人類がAIと融合するとき』(レイ・カーツワイル著、NHK出版)の序文から引用した。発明家&未来学者のカーツワイル氏は2005年に『シンギュラリティは近い』を出版。そのなかで、2045年頃にシンギュラリティが起こると予測し注目を浴びた、シンギュラリティの言い出しっぺのような人物。およそ20年ぶりに著した続編では「ここから先は歴史上もっとも興奮し、もっとも重要な年月になるだろう。
シンギュラリティ後の人々の生活がどのようなものになるか確言することはできない。それでもシンギュラリティにつながる変化を理解し予測することは、そこへ向かう人類の最後のアプローチを安全で確実なものにすることに役立つのだ」と説いている。
孫社長が言う「人類史上最大のパラダイムシフト」と、カーツワイルが説く「歴史上もっとも興奮し、もっとも重要な年月」は、100%重なる。孫社長は、カーツワイルが唱える“シンギュラリティ教”の信者と見ることもできよう。その教祖の興味深く、かつ衝撃的なインタビュー記事が11月23日付の日経新聞文化面に載っていた。
教祖いわく「29年にはAIが人間より高い知能を持つ」「人類は最終的にはAIに意識があると信じるようになる」「32年ごろにはAIの活用によって医療技術の進歩が加速し、1年ごとに寿命を1年延ばせるようになる」(暦が一年過ぎるごとに、余命は逆に一年以上延びていき、人類は500歳まで生きるようになる)…。