豊かで夢のあるモビリティ社会とは?:千葉利宏
TOP写真「日本モーターショー」から衣替えして2023年10月に
東京ビッグサイトで開催された第1回の「ジャパンモビリティ―ショー」
―2024年は千葉・幕張メッセで開催される
この記事は10月14日に掲載されたコラムの再掲です
今週10月15日~18日に千葉・幕張メッセで「JAPAN MOBILITY SHOW BIZWEEK 2024」が開催される。今回からデジタル家電・機器の展示会「CEATEC2024」との併催となり、さまざまな産業との連携を強化して新たな事業共創のための「ビジネスイベント」となる。
「ジャパンモビリティショー」は、2023年に「日本モーターショー」から名称を変更し、一般消費者向けの「ショーケース」と事業者向けの「ビズウイーク」を交互に開催する展示会へと衣替えした。モーターカー(自動車)産業からモビリティ(移動性)産業への変革を進め、「豊かで夢のあるモビリティ社会」をめざす共創プラットフォームとして開催する。
では「豊かで夢のあるモビリティ社会」とは、どのような社会なのだろうか。運転免許を保持していない筆者としては、スマホで予約すれば30分以内に自動運転車が指定の場所に配車されて簡単に移動できる社会になると有難い。自動運転車を効率的に運用することでクルマの数を大幅に減らして「ウォーカブルシティ=歩行者にとって歩きやすい街」が実現できたら良いと思っている。
しかし、世の中には“クルマ好き”という人たちは多い。そうした人たちが考えるモビリティ社会のイメージは筆者とは大きく違っているかもしれない。日本自動車工業会主催の展示会では、どのようなモビリティ社会が描かれていくのだろうか。
■自動運転車の国際競争に日本は出遅れていないのか?
ソフトバンクが10月3日に開催した法人向けイベント「SoftBank World 2024」で、宮川潤一社長は基調講演「AI共存社会に向けて―AIは仕事を奪うのか、創りだすのか」の冒頭、自動車の歴史に関するエピソードを紹介した。
産業革命の発祥の地である英国では、1800年代に蒸気自動車が発明され、徐々に普及し始めていた。それ以前は馬車が交通の主役だったが、乗合自動車に乗客を奪われた馬車業者の圧力や市街地での騒音・煤煙など公害問題などで1865年に「赤旗法」を制定。蒸気自動車の50m先を、赤旗を持った歩行者が先導して市内では蒸気自動車の速度を人間が歩く程度に制限した。それに対して、フランスなどの他国は自由に走れるようにしたので自動車産業は進歩した。
赤旗法は1896年に廃止されるが、30年もの間、英国での自動車の技術進歩を阻害することになる。その間、1886年にドイツでガソリン車が開発され、1908年に米国でフォードが量産化を開始してガソリン車時代が到来。その結果、英国の自動車産業は世界のトップランナーになることはなかった。
宮川氏がこのエピソードを引き合いに出したのは、自動運転車に対する日本の取り組みが米国や中国に比べて出遅れていることを指摘するためだった。すでに米国では、2017年からグーグルがロボタクシー(完全自動運転車)を3都市で1600台を走らせており、米国では30州で自動運転車が許可されている。
それに対して日本では、4か所、10㎞の区間で実証実験が行われているだけ。2027年には日本全国で100か所以上に拡大するとしているが、そのようなスピード感でAI(人工知能)によってテクノロジーが進化する自動運転車の国際競争に日本が出遅れないのかと懸念を示した。
■EVとガソリン車では何が違うのか?
筆者は新聞社時代の1993年7月から3年間、自動車産業を担当した。当時は運転免許を保持していたが、クルマそのものに興味が薄く、クルマの外観を見ても車名が分からないような記者だった。モータージャーナリストと言われる人たちは基本的に“クルマ好き”だと思うが、筆者は数多くのクルマに試乗しても残念ながら“クルマ好き”になることはなかった。
そんなわけで「自工会記者クラブ版カー・オブ・ザ・イヤー」を開催するという“クルマ好き”の感情を逆なでするような催しを行ったこともある。その顛末は、10年前に東洋経済オンラインで記事にしたので、お時間のある時に、どうぞ。
●知られざる、もう一つのカー・オブ・ザ・イヤー―自動車業界も注目した「あの日」を回顧(2014/12/27)
●日産「セフィーロ」が獲った“幻”の特賞―20年前に起きた「事件」の真相を明かそう(2014/12/29)
●その日、三菱自動車の社長は来なかった―「抜擢人事」の後に起きた裏面史を綴る(2014/12/31)
2009年に国産初の量産EV(電気自動車)となる三菱自動車の「i-MiEV」が登場した時、「ガソリン車とは別次元の乗り物と考えた方が良いのではないか」という印象を持った。EVは、駆動装置がガソリンエンジンから電気モーターとバッテリーに変わったが、19世紀末に「馬車」から、「馬なし馬車」と言われた蒸気自動車、ガソリン車へ移行したときのような見た目の変化はない。
ソフトバンクの宮川氏は、19世紀後半のロンドンには5万頭の馬がいて1日当たり1000トンの排出物を出していたと試算していたが、それらが無くなっただけでも都市に大きな変化をもたらしただろう。ガソリン車からEVへの移行も、CO2排出量を大幅に削減するという意味では大きな変化をもたらすが、一般消費者への普及はなかなか進んでいないのが実情だ。
EVは、ガソリン車と比較して「航続距離の短い」「車両価格が高額」「充電に時間がかかる」「充電インフラが不足」「車種が少ない」など数多くのデメリットが指摘される。確かにガソリン車と同じ使い方でクルマを購入しようという人にとって、現時点ではEVを選びにくいのは仕方がないように思える。
誰もが移動しやすいモビリティ社会の実現を望んでいる筆者としては、無理にガソリン車に対抗するよりも、EVの特性を活かした利用環境を整備する方を良いのではないかと考えている。自動車業界では「CASE」というキーワードを聞くようになったが、2016年にメルセデス・ベンツが最初に提唱した考え方だ。Connected(コネクティッド)、Autonomous(自動運転)、Shared&Services(シェアリングとサービス)、Electric(電動化)の4つの頭文字をとった言葉で、このCASEを活用したモビリティサービスがEVの本格普及のカギを握っているのではないだろう。
■モビリティ社会の実現のために打つべき次の一手は?
自動車担当記者だった30年前に、本田技研工業の研究所が作成した未来のクルマ社会のポンチ絵を見たことがある。住宅街を自動運転の小型車が走り回っていて、誰もが自由に乗って最寄りの駅やショッピングセンター、病院などに行くことができる。お年寄りや身体が不自由な方でも利用できて便利だと思ったことを覚えている。
都市における移動の利便性を高めるために10年ほど前から日本でもシェアサイクルやシェアキックボードなどのサービスが普及してきたが、30年前に描かれていたような小型自動車を簡単に利用できるサービスは登場していない。この先、高齢化が急速に進み、地方では人口減少が深刻化するなかで、ライドシェアサービスや自動運転バスなどで移動手段をいかに確保するかはますます重要になる。
では、CASEやMaaS(Mobility as a Services)化は、国内自動車市場にどのような影響を及ぼすだろうか。日本の自動車保有台数は、2024年3月末に8256万台、うち乗用車(軽自動車含む)は6197万台。日本の総人口は2008年をピークに減り始めているが、これまで保有台数は増え続けてきた。住宅市場では空き家」が深刻な社会問題になってきているが、いずれは「空き自動車」も増えて保有台数は減少に向かうことが予想される。
日本経済新聞の10月12日付けの紙面に、米ステラが完全自動運転を想定したEVの無人タクシーの試作車を公開し、2026年の生産開始をめざすという記事が出ていた。「競争の軸がEVから自動運転に移ってきた」と日経の記事は論評していたが、同じ日に「トヨタ、F1(フォーミュラー・ワン)チームと提携―人材育成や車両開発」との記事も掲載されていた。
トヨタは2009年を最後にF1から撤退していたが、記者会見には「ドライバーのモリゾウ」こと豊田章男会長も出席し、モータースポーツにかける熱い思いを語った。今年1月の新年あいさつでは「“普通のクルマ好きのおじさん”に戻った」と宣言したようだが、「普通のクルマ好きのおじさん」は「豊かで夢のあるモビリティ社会」をどう描いているのだろうか。
今年に入って、世界の自動車市場ではEV販売が失速しているとのニュースが散見されるようになったが、次の一手をどう打つべきなのか――。一方は「自動運転EVの量産化」、もう一方は「FI復帰」。さて、どちらの一手が勝負を分けるだろうか。