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日本政府対応に異議あり―中国で相次ぐ事件:和泉田守

 中国広東省の深センで日本人学校に通う男児が中国人の男に襲われ刃物で刺され9月19日、治療の甲斐なく死亡した。幼い子供を狙った極めて卑劣な凶行に対して、中国外務省の報道官は「調査をしているところ」と繰り返し、事件の詳細を明らかにしないばかりか「この事件は個別のもので、類似の事件はどの国でも起こりうる」と木で鼻をくくったような発言をするばかりだ。
 今年6月には江蘇省の蘇州で日本人母子らが切り付けられ中国人女性が死亡する事件が起きたばかりだが、中国当局はその際も同様の不誠実な態度に終始した。しかし本欄でこの事件を「喝」として取り上げたのは、立て続けに発生している中国での深刻な事件への日本政府の対応にも問題があるのではないかとの思いからだ。

●岸田首相は相変わらずの”及び腰“発言
 岸田首相の男児殺人事件を受けての発言は以下の通りだった。「深い悲しみを禁じ得ない。心からお悔やみ申し上げる。極めて卑劣な犯行であり重大かつ深刻な事案だと受け止めている。ご家族の心痛は察してあまりある。まずは全力でご家族の支援にあたりたい」と述べる一方で、この事件に関する日中関係への影響については現時点で予断を持って言うべきではないとした上で、「中国側に対し事実関係の説明を強く求めていく。犯行からすでに一日以上が経っていることから一刻も早い説明を強く求めるよう指示した」と語ったという。
 ここで筆者が引っ掛かったのは“指示した”という語句だ。政治家は常に発する言葉の重みは極めて重要であることを自覚せねばならない。一体誰に指示したのか、官房長官なのか、外務大臣なのか・・・。少なくとも自分が前面に立ってことに当たろうとの決然とした思いが感じられない物言いと受け止めた。国民の安全を預かる日本国の総理大臣として中国の習近平指導部に対して、このような事件を2度と起こさないように強く申し入れ対応措置を要求するべきではないのか。日本側の中国に対する姿勢は、公船による領海侵犯が繰り返されさらには領空侵犯が発生しても“遺憾”の意を伝えるだけでいたずらに時を費やしているとしか見えないが、今回も心もとなく見えてしまう。

●首相官邸のHPを見る限り、『日中間には特段の懸案はなし・・・?』
 この事件を日本政府がどう受け止めているのか。それを知ろうと首相官邸のホームページを開いてみた。官邸の最新の動向を一覧で紹介する『新着情報一覧』のコーナーには深センの事件に関連するようなものは何も載っていない。首相の指示、談話、メッセージなどを紹介するスペースについても同様だ。蘇州での事件が発生した6月にさかのぼってみても、対外関係での日本の安全に関わる事柄は「岸田総理は北朝鮮からの弾道ミサイルの可能性があるもの発射事案について指示を行いました」という項目があるぐらいで、中国側の領海領空侵犯や日本人に対し相次いで発生した殺傷事件にふれたようなものは全く見つからなかった。一方、ロシアの軍用機による領空侵犯については9月23日付けで「岸田総理はロシア機による領空侵犯に関する指示を行いました」とある。
 また官房長官が日々の会見で閣議の内容を説明するコーナーを見ても、深センの事件後の閣議で首相、各大臣からこの事件に関しての何らかの発言は全くなかったことになっている。日本語が理解できるが日本の事情には詳しくない外国人が首相官邸のホームページにアクセスすると、現在のところ日本は中国との間で特段の問題がない平穏な関係にある、と思うかもしれない。
 なお岸田首相のグロッシー国際原子力機関(IAEA)事務局長との電話会談についての会見については9月20日付で掲載されている。福島第2原発の処理水の海洋放出について、IAEAの現行のモニタリングが拡充され、中国を含む3か国の専門家による採水等のサンプリングや、分析機関間比較が実施されることで一致した旨を述べた上で、「中国側は、日本産水産物の輸入規制措置の調整に着手し、基準に合致した日本産水産物の輸入を着実に回復させることとなりました。」とある。(「都合の良い話」は載せるのか・・・と思わずゲスの勘繰りをしてしまいたくなるが。中国はすぐに、日本側の説明を否定するようなコメントを出している。) こうした中で、今回の事件を重く、真剣に受け止めている姿勢に共感できる関係者の発言に行き当たった。読売新聞が報じた「『不幸な事案』で済ませてはならない」とする垂秀夫・前駐中国大使のコメント。以下はその要旨だ。
 「邦人襲撃事案は、私が大使時代に最も重視し、その発生を心から心配していた事案だ。今回の事件は心が張り裂けそうであり、怒りを禁じ得ない。
 数年前から、いつ起きてもおかしくない状況があった。中国のSNSでは、日本人学校に関する悪意と誤解に満ちた動画が何百本も氾濫している。『治外法権の中で対中工作のスパイが養成されている』などの内容だ。これらを信じて行動を起こす者もおり、これまでも各地の日本人学校への投石、盗撮は頻発していた。そういう意味では、今回の事件は起きるべくして起きてしまったとも言えよう。
 大使館では大使直轄で対応してきた。ささいな事象でも毎回、中国の外務省、公安省に厳粛に申し入れ、動画の削除も求めてきた。だが、中国当局は動画の削除に全く対応せず、無視してきた。中国側は今回の事件も『個別に発生した不幸な事案』として処理しようとするだろうが、それで済ませては決してならない。」
 垂氏は2020年から2023年まで中国大使を務め退官、現在は立命館大学教授。外務省のいわゆる”チャイナスクール“出身だが「主張すべき点ははっきりと主張していく」姿勢を中国大使時代も貫き日本の立場を堂々と物申してきたことで知られている。そうした人物の悲痛な声を、日本政府はぜひ早急に共有してほしいと切に思う。

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